36.暗殺者
「シルヴィアお嬢様後ろ!」
私の首筋目掛けて振るわれた短剣に、アンナが叫び、私を庇おうと動き出す。
だが、その時にはすでに終わっていた。短剣を掴んだ腕は風の刃が切り落とし、敵の首は無造作に放った私の裏拳にへし折られていたのだ。
気配察知の特訓、早速役に立ったわね。
場違いな高揚感を覚えながらも、私は冷静に自分が殺した相手を見下ろす。黒いマスクに黒いフード。私が倒した男は間違いなく暗殺者だった。
「お嬢様、ご無事ですか? お怪我はありませんか?」
「ええ、無傷よ。それより、まだこの男の仲間が屋敷内にいるかもしれないわ。中庭に洗濯しに行っているノアと、中庭で訓練をしている私兵たちと合流しましょう」
「でも、その……敵がどこにいるかわからないんですよね? 今は動かないで助けを待った方が──」
「待ちはつまらないわよ。最近訓練ばかりで実践はあまりしていなかったし、ちょうどいいわ」
個人的な感情でアンナの正論を食い気味に否定した私は、アンナにアエラスウィンド──前にゼルと模擬戦をした時にユークがかけてくれた、一度だけの絶対防護魔法をかけた。もちろん、自分にはかけないが。
「な、なんですかこの光?!」
「それで一度だけは何があっても死なないわ。だから、さっさと行きましょう」
私はそう言ってアンナの手を取る。
「へっ? ひゃぁぁあぁぁっ!」
そしてもう片方の手に剣を持ち、ステータスに任せて急加速! 扉に体当たりして廊下に飛び出した私は、目を回すアンナをお姫様抱っこして廊下を駆け出した。
***
「シルヴィアお嬢様、どうなさいましたか?」
「おいおいシルヴィア、そんなに慌ててどうしたってんだ?」
道中何人かの暗殺者が襲ってきたが、例外なく氷柱の魔法で急所を貫き、アンナを抱えた私はノアと私兵たちのいる中庭に辿り着いた。
廊下を駆けてきた私に、ノアは洗濯物を擦る手を止めて首を傾げ、ゲインや私兵たちも視線を向ける。
「さっき私の部屋で暗殺者に襲われたのよ。ここにくる途中にも何回か──」
「暗殺者だとっ?! おまえら話は聞いたな? 直ちに屋敷内をくまなく捜索し、暗殺者どもを掃討せよ!」
「「「はっ!」」」
訓練していた私兵たちは、私兵長であるゲインの指示で屋敷中に散っていく。
「必要ないかもしれねぇが、シルヴィアには俺が護衛として付く。少しくらいは仕事させてくれよ?」
「それはゲイン次第よ。私も実践経験を積みたいもの。それに──」
オルカスくらいは助けてあげたいしね。
私はアンナをお姫様抱っこしたまま駆け出す。
「ノア、ゲイン。ついてきたいならついてきなさい」
「無論です。シルヴィアお嬢様」
「おいおい、じっとしててくれよ!」
「ま、またですかぁー……!」
オルカスはこの時間、ユーミーお義母様の部屋にいるはず。
一切の迷いなく私の後を追ってくるノアと、愚痴を吐き捨てボサボサの赤髪をかきながらついてくるゲイン。二人を尻目に、私はオルカスの元へと急いだ。
***
ズドズドッ!
ユーミーの部屋の前に潜んでいた二人の暗殺者を氷柱で処理した私は、ユーミーの部屋の扉を僅かに開き、中の様子を伺う。
「どうだシルヴィア、中はどうなってる?」
追いついてきたゲインとノアを一瞥し、私は室内に目を向けた。
「暗殺者が五人、オルカスとユーミーお義母様は暖炉の前で縛られているわ」
私の視線の先では、二人は猿轡を入れられ、手足を縛られていた。十一歳のオルカスが打開策を模索するように、冷や汗を流しながらも室内を見まわしているにも関わらず、ユーミーは
「なぜわたくしがこんな目に遭わなくてはならないの? 私兵たちは何をやっていたのよ!」
とでも言いたげに顔を赤くしていた。
「面倒なことになってんな。どうしたもんか……」
「私の魔法で全員刺して終わりよ」
私はつまらなさとオルカスを助けられるという安心のこもった声──まあ前者の方が大きいが──を発する。だがその言葉に、腕の中でアンナが首を横に振った。
「あ、あの……シルヴィアお嬢様。奥様の部屋には魔法阻害の魔道具が、あったと思います……」
自信なさげにだんだん声を小さくしていくアンナの言葉を受け、私は指先から極小のウィンドカッターを飛ばしてみる。
シュン……。
「本当に消えた……」
ユーミーの部屋に入った途端に掻き消えた風の刃を見て、アンナの言う通り魔法が使えないことを確認した。
アンナを床に下ろす私に、ノアは無表情のまま言葉を投げかけた。
「どうするのですか?」
感情のこもらない黒曜石の瞳には、自分はシルヴィア様の命令に従うだけだという私への盲信が映っていた。
私はそれに応えるように頷き方針を示す。
「人質の二人と、二人に一番近い人との間は少しだけ空いてるわ。具体的には、暗殺者の持つ短剣が二人に届くには暗殺者が二歩、二人に向かって踏み込む必要がある程度」
「なら、少し危険だが、俺が部屋に飛び込んで奥様方と暗殺者の間に入り、庇いながら暗殺者を殲滅するってのはどうだ?」
「却下! 私も部屋に突入するわ」
「シルヴィアはそう言うと思ったぜ。シルヴィアも護衛対象なんだ。本当は大人しくしてて欲しいんだがな」
やれやれと首を振るゲインは、最初から二人で突入することがわかっていたように剣に手を掛ける。だが、そんなゲインの予想を裏切るように私はノアに指示を出す。
「ノア、あなたは二人に一番近い暗殺者をやりなさい」
私が無造作に投げた、ブラックダイヤモンドが埋め込まれた──ラドスでノアが使っていたナイフを受け取り、ノアは頷いた。
「承知いたしました」
「おいおいマジで言ってんのか? そのノアって嬢ちゃん、とても戦えるようには見えねぇぞ」
「大丈夫です。少なくとも、ノアはあの暗殺者たちよりも強いと私が保証するわ」
「そうか……シルヴィアがそう言うんなら大丈夫だな」
最初困惑していたゲインも、剣の教え子である私の実力を見抜く目を信頼し、ノアの参戦に納得してくれた。
「よし、じゃあ俺の合図で一斉に行くぞ……三、二、一……行くぞ!」
バタンッ!
ゲインによって勢いよく扉が蹴り飛ばされる。
私はその瞬間、地面を踏み抜く勢いで蹴りつけ抜刀。蹴り飛ばされた扉が地面に落下するよりも早く、一太刀で二人の暗殺者を切り裂く。
「なっ……?」
驚く暗殺者が、人質にナイフを突きつけようと足を動かしたが、すでに二人の前にはノアが立ち塞がっていた。
「どけっ! メイドごときが俺を──」
ピッ……。
低い声で吠える暗殺者の頸動脈をノアの正確な太刀筋が捉えた。
あまりに一瞬の出来事。目まぐるしく死んでいく仲間を見て呆然としていた残りの暗殺者二人が、同時に私に飛び掛かる。
「この、化け物どもがっ!」
これで終わりね。
振り向きざま、瞬きの間に剣を振り上げ、振り下ろす。たったそれだけで、二人の暗殺者は動かなくなった。
「おいおい、俺の仕事なんにも残ってねぇじゃねぇか……」
頭をボリボリとかきながら、ゲインは呆れた目で室内を見まわした。その間、ノアがオルカスとユーミーを縛っていた縄を切った。次の瞬間、
ブンッ!
顔だけが取り柄のようなユーミーが、その顔を真っ赤に染め上げ、さらには眉間に皺まで寄せて私に平手打ちを放った。
パシッ!
私はユーミーの手を頬に当たる手前で受け止め、ユーミーの怒り狂った目を見返す。
ちょうどその時、遠くからお父様の帰りを知らせるベルの音が聞こえた。
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明日は二十時頃に投稿します
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