34.ユーミーとオルカス
「どうしてあの子は毒を盛っても平気な顔してるのよ? ホント厄介で目障り……前妻の子なんて、さっさとわたくしの前から消えなさいよ!」
オルカスを連れ、廊下を歩いていたユーミーが金切り声を上げて扇子を地面に叩きつける。そして、無言無表情でその様子を見ていたオルカスを見てハッとする。
「オ、オルカス……わたくしとしたことが少々取り乱しましたわ。オルカス、あなたはもう部屋に戻りなさい」
扇子の代わりに手で口元を覆ってホホホと笑うユーミー。彼女はオルカスの灰色に近い銀髪の中に生える一房の金髪を愛おしそうに触る。自分の髪色と同じ金髪を。
しばらくの間髪を触られたオルカスは無言で頷き、自身の部屋の扉を開けた。
「おやすみなさいお母様」
「ええ、おやすみなさい」
それだけ言うと、オルカスは部屋の中へと入っていった。
「どうして前妻の子が、あのような貴族令嬢としてふさわしくない子がメイガスト様のご寵愛を独占してるのよ! ……メイガスト様は何故、伯爵令嬢だったわたくしよりも、子供を産んですぐ死ぬような役立たずで卑しい男爵令嬢を最初の妻に迎え入れたの……」
シルヴィアの容姿は、年々前妻──絶世の美人と言われたシルヴィアの産みの親の面影が濃くなってきている。そのことが、ユーミーの心を逆撫でしていた。
「母親譲りの顔も流れるような銀髪も、全部むかつくのよ! シルヴィア……明日こそはあの目障りな顔をぐちゃぐちゃにしてあげるわ」
ユーミーは憎しみに歪んだ醜い顔で、高らかに笑い声を上げた。
***
「シルヴィア姉さん!」
私の部屋の扉を破らんばかりの勢いで開けたのはオルカス。世渡り上手な彼は普段、ユーミーの機嫌を損ねないように私に冷たい態度をとっているが、本当は甘えん坊で、よく私の部屋に来ては甘えてくるのだ。
「どうしたのオルカス? 慌てているようだけど……」
「どうしたのじゃないよ姉さん。毒盛られたんだよ毒! 大丈夫だった?」
ベットに座っていた私に詰め寄り、水色の瞳で私の顔をじっと見るオルカスに気圧される。
「ええ、全て食べるふりして収納魔法に入れていただけだから大丈夫よ」
「そうかよかった……さすがは姉さんだ」
オルカスがほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。彼は私の横に腰掛け、すぐさま真剣な表情になる。
「だけど気をつけて。最近のお母様、どこか様子が変なんだ。僕の前でも構わずに姉さんへの暴言を吐くようになってきて……とにかく、今まで以上の嫌がらせをしてくるかもしれないから、気を付けた方がいい」
「そうね。気をつけるわ」
私が隣に座るオルカスの、銀に近い薄灰色の髪を撫でると、オルカスはしっかり者の顔を破顔させて気さくな笑みを浮かべた。
***
翌日。オルカスの推測通り、ユーミーの嫌がらせは度を越して激化した。朝昼夕の食事には昨日よりも数段危険な──数滴で人間を死に至らしめる猛毒が盛られた。
さらに昼間、剣の訓練中に中庭の端で休憩していたところに、ユーミーは花瓶を落としてきた。
「ノア!」
二階から落とされた花瓶は狙いが逸れ、ノアの頭目掛けて落下する。一秒にも満たない猶予の中、私は咄嗟にノアを突き飛ばした。
ガシャンッ!
突き飛ばしたノアが尻もちを付くのとほぼ同時。花瓶が地面に激突して割れる。間一髪で花瓶を避けた私たちに、頭上からユーミーのねっとりとした声が降り注いだ。
「あらぁ、ごめんあそばせ。手が滑ってしまったわ」
わざとらしい……。もう殺意を隠すつもりも無さそうね。
ユーミーに呆れた私は、肩を落としてため息をついた。
***
極め付けは夜。私が眠りについた後、一人の気弱そうで、茶色の髪をおさげにしたメイドが静かに私の部屋に侵入してきた。気配察知の訓練を積んだおかげで、メイドの気配にいち早く気づき、私は自然と眠りから覚めた。
はぁ……、今度は何をするつもりなのかしら? 睡眠くらい好きにとらせて欲しいものね。
布団にくるまり、寝たふりをしながらメイドの様子を伺っていると、メイドは足跡を消そうと健気に努力しながらベットに横たわる私ににじり寄ってきていた。
そうしてベットに手を付き、メイドが私のすぐ側まで近づいた時、メイドの手の中で何かが月明かりを反射した。
果物ナイフ?! もうそんな直接的な手段を選んだの? ユーミーお義母様は堪え性がないのね。
メイドはベットの上で膝立ちになり、震える手で私の心臓に狙いをつける。両手に握った果物ナイフがカタカタと音を鳴らす中、メイドは大きく息を吸い、目を閉じた。
「……シルヴィア様、ごめんなさい!」
「それは、私のセリフになりそうね」
「……へっ?」
振り下ろされたメイドの手に、すでに果物ナイフは無く、振り下ろした手は私に当たることなくベットを叩いた。
私は瞬時にベットから降りてメイドの背後をとった。そうしてメイドは動揺し、私に手首を触られた瞬間ビクリと肩を跳ね上げた。
それと同時に、私はメイドから奪った果物ナイフを逆手に握り直す。それを見た彼女は目に涙を浮かべ、ぎゅっと目を瞑った。
パサッ……。
「あ……れ? わたし、生きてる」
私が振り抜いたナイフは、性格にメイドのおさげだけを切り落とした。
私は町や国を破壊したいとは思うし、人を殺すことに躊躇いもないけれど、人を殺したいと思うことはそんなにない。だから、
「そんなに怖がらなくても、殺しはしないわよ」
ふにゃふにゃとベットの上にへたり込むメイド。私は切り落とした彼女のおさげを手に取り、私よりも年下──まだ十歳にも満たないであろうメイドを見下ろした。
「どうせユーミーお義母様に命令されたんでしょう? これであなたを死んだことにしてあげるから、すぐにこの屋敷から出て、後は好きにしなさい」
茶髪のおさげを示してそう言うが、メイドの女の子はベットに座り込んだまま動こうとしない。
眠い……早く寝たいのに邪魔……。
だが私の願いとは裏腹に、メイドは全然動こうとしなかった。眠いのに長時間待たされたことで痺れを切らした私は、突き放すような凍てついた声をぶつけた。
「いつまでそうしているつもり? 出て行かないなら殺すわよ」
私は眠気で視界がぼやける中、ナイフに月明かりを反射させ、切先をメイドに向ける。
これで出て行かないなら、転移魔法でどこか適当なところに放り出そう。うん、そうしよう。
私が軽く脅すと、メイドの女の子はスカートの裾を握りしめ、必死に体の震えを堪えながら真っ直ぐに私の冷たい深青色の瞳を見た。
「シルヴィアお嬢様。わたし、お嬢様にナイフを向けたのにこんなことを頼むなんて我儘だってわかってます。だけどお願いします。わたしとわたしの家族を助けてください……」
震えた声で、けれど切実に。メイドの女の子は澄んだ桃色の瞳から大粒の涙を流しながら、彼女からしたら恐怖の対象でしかない私に頭を下げた。
私は彼女に歩み寄り、彼女の肩に触れた。
「願いを……聞いてくれるんですか?」
希望の光を灯した桃色の瞳と目が合う。
対して私は首を傾げ、転移魔術の行使を始めた。
「なぜ私が、そんな面倒くさそうなことしなくちゃならないの?」
「……そう、ですよね……」
メイドの女の子が消え入りそうな声を絞り出した。その直後──私が転移魔法を発動しようとしたその時、
「お待ちくださいシルヴィアお嬢様!」
厳格なメイド長であるマーザがノックもせずに扉を叩き開ける。そんな彼女らしくない必死な声に、私は転移魔法の行使を中止した。
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明日は二十時過ぎに投稿する予定です。
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