33.義理の母と義理の弟
ガキイィィン!
私は背後から放たれた突きを完璧なタイミングで弾き、相手の首に切先を押しつけた。
「ま、参りました」
中庭の訓練場、私の相手をしてくれている十数人の私兵を全て倒したことを確認し、私は剣を鞘に収める。
「さすがだなシルヴィア! やっぱおまえ、覚えるのがはえぇわ!」
「そう……ありがとう」
「シルヴィアが真剣に鍛錬しているからこそ身につくんだろうな……最初は貴族様のお遊びかって、おまえを舐めてた俺が恥ずかしいくらいだ」
以前の稽古では堅苦しい話し方しかしてくれなかった私兵長──ゲインもいまや気さくなおじさんという素顔を見せてくれるようになった。
「まあこれで、一通り気配──特に殺気に対する反応は問題ないだろう。次は何をしたい?」
「そうね……また明日からは剣術の訓練に戻ってもいいかしら? もう少し、剣の腕を磨いておきたいの」
「おう! もちろんだ!」
ノアが専属メイドになってから二週間近く、私は昼にゲインたち私兵に、不意を突かれないための気配察知訓練の相手をしてもらい、夜はノアに短剣での戦闘を教えていた。
最初はノアも私兵たちと訓練させようと思ったのだが、
「メイドのあたしが戦闘技術を磨くなど、周囲の者たちから勘繰られますよ」
と言われて私がこっそり教えることにしたのだ。ノアもまた飲み込みが早く、二週間でAランク冒険者相当の強化ゾンビとも戦えるようになっていた。
「ノア、部屋に戻るわよ」
私はゲインたちに頭を下げてから、中庭を出ようと廊下に足を踏み入れた。その時、
「あら? シルヴィア、あなたまた剣なんて野蛮なもので遊んでいたの」
廊下の先から嘲るような声が飛んできた。声の主は扇子で口を覆い、汚物でも見るような目を私に向けた義母──ユーミー・レイネルだった。煌びやかに着飾った彼女の側には、十一歳の彼女の息子──つまりは二つ年下の義理の弟であるオルカスの姿もあった。
はぁ……面倒くさい人に絡まれた……。
「ご機嫌よう。お義母様、オルカス」
私は社交辞令を述べ、訓練用の質素なワンピースの裾を摘み頭を下げた。廊下と中庭を繋ぐ出入り口でお辞儀することで、二人に進路を譲った。だが、ユーミーはわざわざ私のそばを歩き、私を中庭へと突き飛ばした。
「勉学にもダンスにもお裁縫にも励まずにそんな見窄らしい格好をして、あなたには栄光あるレイネル公爵家の娘としての自覚がないの? 恥を知りなさい!」
罵声を浴びせるだけ浴びせて立ち去るユーミーを追いかけるオルカス。彼は私や父と同じ青色の瞳で、地面に転がったままの私を一瞥していった。
「シルヴィアお嬢様。ご命令していただければ、あたしがあの二人を──」
起き上がろうとする私に手を貸してくれたノアが、鋭い目つきでユーミーを睨む。
「やめなさいノア。そんなことしても、もっと面倒になるだけよ」
ノアをなだめた私は、ユーミーたちが過ぎ去るのを待ったが、
「……ああ、忘れていたわ」
嘲笑を浮かべたユーミーが、私を振り返る。
「シルヴィア。今夜は食堂で共に夕食を摂りましょう。今はメイガストがいないから、この家の最高権力者はわたくし。そのわたくしに逆らったらどうなるか、もちろんわかっているわね?」
前妻の子だからと私を嫌っているはずのお義母様がなぜ私を夕食に誘うの? 何か、嫌な予感がするわね。
「はい。お義母様」
私は警戒心を隠し、無機質な返事をした。そうして、猫撫で声を置き去りにしたユーミーたちは屋敷の奥へと消えていった。
***
「さあオルカス、シルヴィア。いただきましょう」
怪しく思えるほどに上機嫌な義母ユーミーが、そう言ってナイフとフォークを手に取った。そうしてテーブルに並んでいる高級料理を次々と口に運ぶ。
「あら? シルヴィアも早く食べなさい。……それとも、まさかしばらく自分の部屋で食べていたからって、料理の食べ方を忘れてしまったのかしら?」
煽るように笑うユーミー。そんな彼女を無視して、私は目だけを動かして食堂に控えるメイドたちの様子を観察した。
すると、先ほど私の料理を運んできたメイドの様子が、明らかに変だった。よく見ると、背筋は少し丸まり、手や肩が震えていた。暑くもないのに頬や首筋に汗を流してもいる。
きっとユーミーに命令されて私の料理に毒か何かを盛ったのね。
「自分で食べられないのなら、あなたの母であるわたくしか食べさせてあげるわ」
「はぁ……わかりました。お料理、いただきます」
私は仕方なくナイフとフォークを使って、料理を口の中に放り込んだ。そして、側に控えるノアに合図をして、ノアに耳打ちする。
「ノア、あの震えているメイド、おそらくまだ私の料理に盛った薬物を持っているはずなのよ。メイド服にはポケットが二つだけ。部屋の外に用があるように見せかけて、すれ違いざまにこっそり取ってきてくれる?」
「承知いたしました。ですがシルヴィアお嬢様は大丈夫なのですか? 盛られたものがもし毒物なら──」
「大丈夫よ」
そう言って私は、手でユーミーたちの視線を切ると、心配するノアに口の中を見せた。
「そういうことでしたか。さすがはお嬢様です」
私の口の中に収納魔法の穴の暗闇が広がっているのを見てノアは納得し、指示通り食堂の外へと歩いて行った──途中足をもつれさせ、震えているメイドに軽くぶつかりながら。
「お待たせしましたお嬢様」
程なくしてノアは私の元に戻ってくる。そうして、ノアから小瓶を受け取る。
「シルヴィア。食事中に一体何を?」
「ただの髪留めです。髪が食事の邪魔だったもので」
収納魔法に仕舞いっぱなしになっていた髪留めを取り出し、ユーミーに見せる。ユーミーの視線が髪留めに向いている間に、反対の手に持った小瓶を確認する。
やっぱり毒ね。でも、瓶の中身の減り具合からして、料理を完食しても死にはしない量。せいぜいお腹を壊すくらい。ユーミーが無知だったのか、メイドの子が気を遣ってくれたのか……どっちにしてもずさんな計画ね。
「ご馳走様でした」
顔色一つ変えずに料理を完食した私は、毒入りの小瓶をこっそりメイドのポケットに戻しつつ食堂を出た。
去り際に覗いたユーミーの顔には、わかりやすく引き攣った笑みが浮かんでいて、必死に怒りを堪えているようだった。
お義母様が前妻の子である私を目の敵にしているのは知っていたけど、殺そうと思うほど疎まれていたなんて思わなかったな……。
「……?! どうして平気……んん! そうではなくて、ええ……と、シルヴィア。また明日の夕食も、あなたと一緒にいただくのを楽しみにしているわ」
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明日は八時半までには投稿する予定です。
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