31.専属メイド
コンコンコン。
「お父様、シルヴィアです」
「シルヴィア?! ようやく帰ったのか!」
お父様──メイガストの上擦った声が聞こえたすぐあと、気品のある装飾がなされた執務室の扉が開かれた。
「シルヴィア! 心配したぞ」
父は長らく家を空けていた私を抱きしめ、頭を撫でてくれる。父の優しい腕の中、私は目を閉じ父の胸に体を預けた。
「お父様も、お元気そうで何よりです」
一頻り再開を噛み締めると、父は私の後ろに控えているノアを見た。
「それで今更なんだがシルヴィア、この美しい方は誰なんだい?」
「彼女はノア。依頼中に出会った元奴隷です。今は行く当てがないらしいので私、ノアを私の専属メイドとして雇いたいのですけれど、ダメですか?」
父は私の言葉を聞いて、ノアに値踏みするような目を向けた。そしてすぐに父は頷き、口を開く。
「ノアさん。あなたは私の娘に仕えることが嫌ではありませんか? もしそうなら……」
「そのようなことはございません。あたしはシルヴィア様に仕えたいと思ったからここにいるのです」
「そうでしたか。それは失礼」
父は咳払いをして、ノアを一人の従者として扱い始めた。
「ではノア、早速だがまずは、他のメイドたちと共にこの家での仕事を覚えてもらう。シルヴィアの専属メイドになるのはそれからだ」
父が手を叩くと、一人のメイドが姿を見せた。
「ノアさん、こちらに来なさい。あなた言葉遣いはおおよそ出来ているようだから、まずは掃除から教えます」
「はい。よろしくお願いします」
「では旦那様、失礼いたします」
父と私は、ノアたちが廊下の角に消えていくのを見送ってから別れた。
***
はっきり言って、ノアのメイドとしての能力は──目を見張るほどに高かった。
なんとなくノアの様子が気になって、私は自分に隠蔽魔法をかけてノアを見守ることにした。
そうして私は、ノアの後をつけて屋敷に三十人近くいるメイドたちの集会部屋兼控え室となっている部屋に来たのだが、私がノアを気にかける理由は彼女だ。
「遅れましたが、ワタシはレイネル公爵家のメイド長マーザと申します」
スラリとした体型に鋭い目つき。メイド服が全く似合っていない、どこかの社長秘書か弁護士でもしていそうな容姿と雰囲気を持つマーザは、スカートをつまんでお辞儀する。
正直、マーザは普通の人からしたら怖いと思う。だからこそメイドたちの空気が緩むこともないのだが、レイネル公爵家のメイドとしての最初の洗礼と言われるほど、マーザは他のメイドたちから恐れ、尊敬されている。
「ノアです。よろしくお願いします」
だが、マーザの鋭い紫紺の瞳からくる凄みに怯むことなく、紺を基調としたメイド服を身に纏ったノアはマーザの真似をしてお辞儀した。
やっぱりノア、美少女すぎる……。
マーザと違ってメイド服を見事に着こなしているノアのお辞儀。ゆっくりと舞うブロンドヘアが窓から差し込む日差しを反射し、ノアをいっそう美しく輝かせた。
「綺麗な人……」
「ノアさん……大人っぽい」
「髪すっごくサラサラしてそう……」
「どこかのお貴族様のご令嬢なのかしら……時々そういう話は聞くし……」
パンッ!
「みなさん静粛に! お掃除の時間ですよ。いつも通り素早く丁寧を心がけなさい」
「「「はい!」」」
マーザが手を叩く音に、メイドたちが各自担当の掃除場所に散って行く。そんな中、ノアはマーザから今いる控え室を掃除するよう指示を受けた。
「どの程度の技量を持っているかは知りませんが、新人に旦那様方がお使いになられる場所を掃除させるわけにはいきません。まずはこの部屋であなたの清掃能力を見極め、腕を磨いてもらいます」
「わかりました」
***
時計の長針が半周ほど回った頃、メイドたちの控え室は見違えるように綺麗になった。
ノア凄すぎない?! なんで?! どうやったらただの水と雑巾だけで鯖まで落とせるのよ?
テーブルについた羽ペンのシミは見る影もなく、長い間使われて汚れていたロッカーも、輝きを失っていた床も、今や全てが輝いて見えた。
「……ノアさん、あなた何者?!」
ちょうど途中経過を見に戻ってきたマーザは部屋に入った途端息を呑み、初めて真剣な表情を崩した彼女は紫紺の目を見開いた。
「たった半刻でここまで……素晴らしいです。これならば屋敷のどこを掃除しても問題ないでしょう。掃除に関しては合格、シルヴィア様の専属メイドとなるにふさわしい腕前です」
「ありがとうございます」
「他のメイドたちが戻るのを待ち、次は全員で洗濯をしてもらいます」
「はい」
***
「なにここ……本当にいつもの控え室?!」
「やばっ! 私たちよりめっちゃ掃除上手いじゃん」
驚嘆を漏らしながら次々とメイドたちが控え室に戻って来たのは、ノアが掃除を終えてからもう半周時計の長針が回ってからだった。
「あなたたち、次は洗濯ですよ。……ほらノアさん、あなたもそのカゴを持って他の子たちについて行きなさい」
「わかりました」
そう言って洗濯が山のように盛られているカゴを持ち上げたノアたちは、庭にある屋根付きの水場まで歩いた。
「あのっ! ノアさんはどうしてここのメイドになったんですか?」
ノアに羨望の眼差しを向ける一人のメイドが、洗濯中にノアに声をかけた。
「あたしは先日まで奴隷でしたが、主に捨てられました。その時、シルヴィア様に拾っていただいたのです」
淀みなく答えるノアに、メイドたちがざわつく。
「あの冷酷なシルヴィア様がそのようなことをなさったの?」
「信じられない……きっと何か、残虐な裏の糸があるのよ」
「ノアさん大丈夫かしら……酷いことされないといいんだけど」
そういえば、私が「この国滅ぼそう」と言って笑っていたところをメイドたちに見られたんだった……この悪評は仕方ないわね。
「ノアさん。まさかとは思うけれど、あなたシルヴィア様の専属になる予定とかあったりするの?」
「はい。仕事を覚え次第そうなる予定です」
「そんな……可哀想……」
「奴隷から解放されたというのに、今度はシルヴィア様に支配されてしまうなんて……」
ノアの答えに、メイドたちの囁き声はいっそう激しくなる。そんな中、ノアは静かに、ただしゾッとするような冷たい声をメイドたちに返す。
「確かにシルヴィア様は冷たい印象のお方ですが、強さと優しさも兼ね備えておられると、あたしはそう思います」
ノアの鈴を転がすような美声に背筋が冷え、洗濯する手が止まるメイドたち。彼女たちの様子も気にせず、ノアはシルヴィアに仕える日々を想像してほんの少し顔を綻ばせた。
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明日は十三時頃に投稿予定です!
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