30.復讐の終わり
「たっぷりと絶望を味わって貰いましたので、最後はできるだけ長く苦しんでから死んでいただきましょう」
トスッ……。
「グガッ……」
布に針を通すよりも呆気なく、ノアが握った短剣は軽い音を立ててガーランドの腹に突き刺さった。
ようやく、この時が来ましたか。
「おまえには、お母さんと同じ目にあってもらう……おまえがお母さんにしたことの残虐さを噛み締めて死になさい!」
ノアは短剣を刺したままのガーランドを地面の芝に仰向けに押し倒した。そして、黒曜石の瞳を潤ませながらガーランドの顔と傷口を何度となく蹴り、踏みつける。
「ぐっ……アガッ……」
歯がボロボロに折れ、顔や短剣の周りから血を流すガーランドは言葉にならない悲鳴を上げる。
「わかりますか? これがおまえがあたしのお母さんに……なんの罪もない人に対して行った行為です。痛いでしょう? 苦しいでしょう? ……おまえはどうして、これほど酷いことをしたのですか? 答えなさい!」
「ぐうっ……」
一際力を込めて振り抜いた爪先が、ガーランドの肉体に短剣をさらに深く差し込む。あまりの激痛に、ガーランドにはもう喋る気力すら残っていなかった。
「はぁ……おまえは大勢の奴隷を散々苦しめておきながら、こうも簡単に精神が壊れてしまうのですか」
肩をすくめてゴミでも見るような目でガーランドを見下ろすと、ノアはガーランドの腹に刺さった短剣に手を掛ける。
「さようならガーランド」
ノアは短剣をガーランドの腹から引き抜く。そして今まで全ての怒りがのった満面の冷笑をガーランドに向けた。
「いずれ、地獄でまた会いましょう……その時はまた、あたしがおまえを殺します」
***
「終わったのね?」
私はガーランドが絶命したのを感じ取り、ノアに近づく。ノアは己の手に握った短剣をじっと見つめるのを止め、顔を上げる。
「はい。ルヴィア様のご助力のおかげでガーランドに復讐を遂げることが叶いました。なんとお礼を言えばいいか……」
「気にしないで……それでどうだった? 少しは心が晴れた?」
「そうですね……」
ノアは考え込むようにガーランドの死体と短剣を交互に見つめる。そうして、ノアは答えが見つかったようで、目元にかかった前髪を流して私の目を見た。
「心の奥底に溜まっていたドス黒い感情を吐き出せた気がします。今あたしは、これまでにないほど清々しい気分です」
風に流されるサラサラの長いブロンドヘアを押さえながら、ノアは翳りのない微笑みを浮かべた。
「そう……よかったわね」
私も、魔法を手加減なしで放って町を滅ぼしたとき、すごく気持ちよかった。
私はノアを連れて、滅亡したラドスの町を見下ろせる崖際に立つ。そして私は深呼吸を挟み、ノアを振り返った──もう一度ノアの気持ちを確かめるために。
ノアには、滅国についてきてほしい……。こんな私だって、滅国のことを話せる相談相手が欲しいから。一人で全ての計画を練り上げたら、必ずどこかで破綻する。だからノアのような、客観的な視点で計画を聞いてくれる仲間が欲しい!
「ノア、あなたの復讐はもう終わったわ。ここから先、あなたは私についてくる義務はない。だから今、あなたにもう一度聞くわノア。あなたは私と一緒に、破滅にしか繋がらない、滅国の道を歩いてくれる?」
そう言って私は、私より背が高く歳上のノアに右手を差し出す。
ノアは本当に私についてきてくれるの? 前に勧誘した時とは状況が違う。ノアは復讐を終えて自由の身になっているのに、それでもこんな私についていきたいと思ってもらえるの?
だが、私の不安は一瞬にして杞憂と化した。僅かに震える私の手を、ノアは一瞬の迷いなくその柔らかい両手で包み込んでくれたのだ。
「もちろんでございます。あたしはもうとっくに、この身をルヴィア様に捧げておりますから」
「……な、なんでよ? どうしてこんな、破滅の道を一緒に歩いてくれるの?」
あまりに純粋な忠誠心を向けられたじろぐ私に、ノアは片膝をつき頭を下げる。
「それは、ルヴィア様があたしに復讐の機会をくれたから──あたしに憎しみという感情をくれたからです。そのおかげであたしは生まれて初めて、心の底から怒り、喜ぶことができたから……だからあたしは貴女様について行き、この恩を返したい。あたしもルヴィア様のお役に立ちたいのです」
ノアの静かな声が紡いだ真っ直ぐな言葉に、私は照れ臭くなって目を細めた。心なしか頬も火照っている気がする。
私はノアから目を逸らし、
「そう……ありがとう」
とだけ呟いてから、崩壊したラドスの町へと視線を戻した。
***
「……というわけで、私の本当の名前はシルヴィア、シルヴィア・レイネルなのよ。それと、レイネル公爵邸で、ノアには私の専属メイドをやってもらうわ。その方が何かと都合がいいもの」
「承知いたしましたシルヴィア様」
私の照れが治ったあと、私はノアにあらかたの事情と方針を説明した。それから私たちはしばらくの間、ラドスの町やガーランドに対して最後の感慨に浸った。
「そろそろ行くわよノア。私の──私たちの家に帰りましょう」
「はい。シルヴィア様」
ノアの返事を聞き、私が転移魔法を発動しようと目を閉じた。だがその時、背後から中年の男の声が聞こえた。
「いいデータを取らせてもらった」
声の主は、白い仮面と黒のローブを身につけた見るからに怪しい灰髪の男。私は転移魔法をいつでも発動可能な状態にしたまま聞き返す。
「あなたは誰? いつから聞いていたの?」
「俺のことなどどうでもいい。それよりも小娘──ルヴィアといったか? 私と共に来ないか? おまえの力と私の魔獣混成奴隷があればこの国どころか世界だって支配できるはずだ」
「ルヴィア様、あの男は魔獣混成奴隷の隣にいた者です」
「ええ、わかっているわ」
あの男はおそらく、魔獣混成奴隷の創造者。そして私をルヴィアと呼んだってことはつまり、滅国についての話は聞かれていないのね。それなら、承諾する理由なんてない。
「私にはあんなくだらない力、必要ないわ。私は自分の手で背中を預けられる仲間を見つける……その方が、楽しいから」
私はそう言ってノアの手を握ると、転移魔法を発動した。
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