2.冒険者登録試験
あれから一週間、私が引き起こした「馬小屋樹林倒壊事件」の話で持ちきりだった屋敷内も落ち着いた頃。
ヒュン……ゴンッ……ズドッ。
「よし、これで魔法の威力調整は完了ね。中級魔法も一瞬で行使できるようになったしそろそろ……」
庭師の物置小屋裏で魔法の練習を続けていた私は、書斎に魔導書を戻してから、事前に私兵用の武器庫から持ち出していた片手剣を腰に下げる。
「次はレベル上げ……ようやく冒険者になれるわ! それにダンジョンにも行きたいわね!」
異世界に来たらやってみたいことと言われればまず思いつく冒険者やダンジョン攻略。その空想が現実になる興奮に、私のテンションは高まっていた。
意気揚々と透明化の魔法を使って王都にある屋敷を抜け出すと、私は同じく王都にある冒険者ギルドに向かった。
***
ギイィィィ……。
軋む木扉……風情があるわね。
ニヤケ出しそうになるのを我慢し、私は堂々と受付に向かった。
「なんだぁあのガキ……冒険者を舐めてんのかぁ?」
「あんなに若い子が危ない冒険者にならなければいけないなんて……」
心配、同情、嫌悪。マイナスの感情がこもった会話がギルドの至る所から聞こえてくる。けれど私には、そんな会話が気にもならなかった。
もうすぐ私も冒険者になれるのね。まずはダンジョンに行ってみたいけど、今の私なら駆け出し冒険者の依頼の定番──薬草採取でも楽しめそう。
「ようこそ王都冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょう?」
「冒険者登録をお願いします」
「登録……ですね」
一瞬可哀想な子を見る目をした受付嬢だったが、すぐに笑顔に戻って説明を始めた。
「わかりました。では、必要な手続きをしていただき、その後登録試験を受けていただきますね」
「わかりました」
渡された用紙の名前欄には「ルヴィア」と記入し、促されるままに魔力測定用の宝玉に手をかざした。
林を丸ごと破壊する魔法が出せたんだから、きっとお決まりの「なんだこの魔力量は?!」って展開になるんじゃない?
「これは……」
やっぱりスゴイ?
依然興奮が収まらない私は、期待を込めた目で受付嬢の言葉を待った。
「ルヴィアさんの魔力量は『極小』です」
「えっ……?」
「ギャハハハ! 『極小』?! こんなに魔力が少ねぇヤツは初めて見たぜ」
「かわいそう……」
ギルド内は私に対する嘲笑と哀れみの視線で埋め尽くされる。
なんで……? つまりこの世界ではあれが弱い魔法ということなの? 林を破壊する規模の魔法が、初級魔法だなんて……。
落胆する私に、受付嬢が可哀想な人を見る目で微笑む。
「ま、まあ冒険者にとって魔力量が全てではありませんから……登録試験でいい結果を出せば上位のランクから登録できますから、落ち込まないで。ねっ?」
「はい……」
「誰か、ルヴィアさんの登録試験を担当してくださる方、いらっしゃいませんか?」
「俺がやってやろうじゃねぇか」
そういって立ち上がったのは、見るからにガラの悪い大柄の男──ギルドに入ってきた時、私を馬鹿にしていた男だった。
「ガンズさんが……ですか?」
受付嬢の怪訝な声に、ガンズは声を荒げる。
「なんだ不満かぁおい!」
落ち込んでいる私に顔を近づけて威嚇するガンズ。私は彼を一瞥して、
「誰でもいいです」
とだけ言った。
「ルヴィアさんこの人は……」
「じゃあ決まりだ! さっさと行くぞ……オメェらもついてこい!」
そうして私は、パーティーメンバーを連れたガンズとともにギルドの地下にある訓練場に移動した。
「登録試験では、受験者にCランク以上の冒険者と模擬戦をしていただき、ギルド職員と相手の冒険者からの評価によって、登録ランクを決定するものです」
準備万端で待ち構えるガンズと、少し離れたところで控えているガンズのパーティーメンバーを見てから、受付嬢が私に近寄ってくる。
「ルヴィアさん。ガンズさんはその……いわゆる新人潰しなんです。ガンズさんには今まで何人もこの登録試験で心折られ、冒険者になることを諦めています。中には重傷を負った人も多いです」
「はぁ……」
なかば上の空で話を聞く私に焦りを覚えたのか、受付嬢は私の肩に手を置いた。
「だから無理せず、いつでも降参していいんですからね。降参しても冒険者にはなれますから」
私の魔力が『極小』だったってことは、今までやってきた魔法の威力を抑える練習は間違いだったってこと? つまり、あのお決まりの展開はできないの?
「落ち込んでるみてぇだが、俺も忙しいんだ。さっさと試験を始めるぜ!」
そう言うと同時、ガンズがニヤけた顔で突進してきた。
どうしよう……私の魔法が弱かったなんて……けれど、私は魔法以外でも、まともな技なんて持ってない。とにかく今は私の全力の魔法を打つしかないわね。
「歯ぁ食い縛れクソガキっ!」
金属製の棍棒を振り上げるガンズ。私は彼に向かって手のひらを突き出した。
ファイアーインパクト。
「はっ……?」
ドゴオォォォオオォォォォン!
間抜けな声を上げて炎の衝撃波に吹き飛ばされるガンズ。着ていたものが全て焼け焦げて気絶した彼を見て、受付嬢が持っていた書類を落とした。
「うそ……」
ん? 私勝ったの? 私の魔法は弱いんじゃ……。
「バカな、ありえねぇ……Bランクのガンズ兄貴がこんな小娘に負けるなんて……なんなんだ今の魔法の威力は……」
ガンズのパーティーメンバーである柄の悪い二人は地面に膝をつき、呆然と目を見開いた。
「あのすみません。私の魔法って、弱いんじゃ……」
「そんなわけないでしょう! これのどこが弱く見えるんですか!」
ですよねー……ということはさっきの魔力『極小』というのは測定ミス? それとも、この世界では魔力量が少ないからといって魔法の威力が低いとは限らないのかしら……。
近くで深呼吸を繰り返していた受付嬢が、ふいに私を見る。
「と、とにかくおめでとうございます。ルヴィアさんは合格です。お手数ですがルヴィアさん、少しの間受付でお待ちください。ギルドマスターを呼びますので」
それだけ言い残して、受付嬢はそそくさと階段を登っていく。受付嬢の姿が見えなくなってから、私はガンズたちを置いてゆっくりと階段を登った。
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