19.ガーランドの商売
「このような時間に、いったい何のご用ですか?」
ゼルが訝しげに、夜遅くに庭に現れたガーランドを見やると、ガーランドは相変わらず過剰な宝石類を身につけた体を揺らし、笑った。
「ヒヒッ……皆様、奴隷に興味はございませんか? 当家の売りである愛玩奴隷はもちろん、最近は戦闘奴隷の販売にも力を入れているのですよ」
「結構だ。俺たちには奴隷など必要ない」
「まあまあ、そう言わずにご覧になっていただけませんか……国内では当家でのみ取り扱っている特別な戦闘奴隷を!」
私たちが言葉を挟む間もなく、ガーランドは後ろに控える不気味な仮面の男に指示を出す。
「ヒヒッ、こちらの方々にあれをお見せしろ」
「……わかった」
やる気なさげな返事をすると、仮面の男はポケットからドス黒い魔導石を取り出し、頭上に掲げる。するとその直後、屋敷の扉が勢いよく開いた。
「早くこいよ……」
ため息を吐くように話す仮面の男が扉の方を睨むと、扉の陰から一人の人間が……。
「こんなことって……」
私は、扉の陰から姿を現した人物の外見に目を見開く。
「なに……あれ……」
「……っ」
「……オエッ」
セレナは顔を青ざめ膝を折り、ゼルは息を呑んだ。ユークに至ってはその場にうずくまり嘔吐する始末。そんなことはお構いなしに、その人物はガーランドの横まで歩いてきた。
「紹介いたしましょう! これが、当家が誇る最高の戦闘奴隷──冒険者ランクではA相当の強さを持つ『魔獣混成奴隷』でございます」
そこに立っていたのは、およそ人と呼ぶには値しない怪物だった。乾き腐敗した肉体にはコウモリのような翼が生え、手の爪は地面につきそうなくらい長く鋭い鉤爪になっている。さらには全身に植物の蔦のような緑のうねうねしたものが絡みついていた。
「アァァ……アアァァァ……」
ゾンビと木の根と吸血鬼を混ぜ合わせたような怪物が、ひどく苦しそうなうめき声を上げる。その悲痛な叫びによってゼルの脳裏には最悪の可能性が思い浮かんだようで、彼は恐る恐るガーランドに質問する。
「ガーランド辺境伯……まさかとは思うが、彼は元々……人間だったのか?」
「はい。ゼル様のおっしゃる通りでございます。これはですね、わたくしが仮面の彼に命じて人間に様々な魔獣の力を移植させて出来上がったものなのです。しかもそれだけではございません。なんと、これには素体となった奴隷の意識があるのです! 愛玩奴隷と同様に痛ぶって遊ぶこともできるのですよ」
そう言うとガーランドは、仮面の男からバケツ一杯の水を受け取り、そこに一塊の塩を溶かす。そして、そのバケツの水を魔獣混成奴隷に浴びせた。
「アァァアアッ!」
塩水が腐敗した肉体に染み渡り、魔獣混成奴隷は凄まじい悲鳴を上げる。セレナやユークが思わず耳を塞ぐ中、ガーランドは哀れな彼を見て心底愉快そうに嘲笑った。
「ヒヒッ! ヒヒヒ……。どうです? 最高の奴隷だとは思いませんか」
ガーランドによる一連の悪魔的な行動、そしてそれらの行為に全く心を痛めないガーランドの姿に、三人は顔を真っ青にして言葉を失った。
「はぁ……悪趣味ね。私たちはそんなものに興味はないわ。もう部屋に戻っていいかしら?」
私がため息を吐き目を細めると、ガーランドはこっそりと舌打ちをした後、気色の悪い営業スマイルを浮かべた。
「どうやら当家の奴隷はお気に召さなかったようですねぇ。わたくしどものためにお時間を割いていただきありがとうございました。ごゆっくりお休みください」
気持ちのこもっていない挨拶を並べるガーランドを横目に、私は地面にへたり込んでいるセレナの手を取り屋敷へと向かう。それを見て正気に戻ったゼルがユークを持ち上げると、私たちの後に続いて屋敷に入った。
あのガーランドって貴族は本当にクズね……。異世界物の悪役貴族の代名詞って感じ。
「はぁ……この依頼、早く終わらないかな……」
***
どうしてあたしはまだ生きているんだろう……。
バシンッ!
アードにムチで体を叩かれながらも、ノアは悲鳴ひとつ上げずに虚な黒い瞳で壁の模様を追っていた。もう対抗する気力も叫ぶ体力もノアには残っていなかったからだ。
「少しは痛がれよ! この奴隷が!」
「カフッ……」
すると今度は腹部を蹴り上げられた。肺の空気が無理やり外に出る音とともに血が混じった胃液を吐いた。胃液が昇ってくるときに食道が傷ついたのか、喉から胃にかけて激痛が走る。
それでも……悲鳴は漏れなかった。無反応のノアを見て、アードの表情はますます険しくなっていく。
「ああくそ! 顔がいいからと思って買ったが、おまえみたいにすぐ壊れる奴隷なぞつまらん……ルヴィアのように実力も名声もある気の強い奴の方が、いたぶり甲斐があるのだ」
歯ぎしりをするアードは怒りのままにノアについた鎖を引っ張ると、ノアを窓際に立たせた。
「おまえのようなゴミはもういらん」
そう言うとアードは、弱りきったノアの肩を押して窓から突き落とした。二階の窓から仰向けに落下するノアの目には、ノアに視線を向けることなく窓のそばを離れるアードの姿が映っていた。
あたし死ぬの? ……ようやく……楽になれる。
目を閉じて死を待つノア。だが、体が地面に激突するよりも早く、やわらかい植物の蔦のようなものがノアの体を受け止めた。
……なに? なんであたし生きてるの? もう死なせてよ……。
「全く、アード殿下も勿体無いことをしなさる……おまえにはまだ働いてもらうぞ。ヒヒヒッ……」
バケモノを連れて邪悪な笑い声を上げるガーランドを見て、ノアはほんの少し恐怖の感情を思い出した。
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