18.ゼルとの模擬戦
「お待たせしましたゼルさん」
夜になり、アードの護衛から解放された私は約束通りゼルと手合わせをするため、屋敷の庭に赴いた。
「ああ。では早速始めようか」
ゼルは私と数メートル離れて正面に向かい合うと、鞘から黒光りする剣を引き抜いた。私もゼルの動きに合わせてごく一般的な鉄の剣を構える。
「風よ、我が願いに応え、彼の者たちに一度の守護を与えたまえ。アエラスウィンド」
ユークが呪文を唱えると、彼の杖から吹いた風がゼルと私の体に吸い込まれる。それと同時に、私たちの体は緑色に光り出した。
「これで……一度だけ、どんなダメージも……無効化される」
「助かるぞユーク。おかげで安心して真剣勝負をすることができる」
今にも模擬戦が始まりそうな空気感の中、審判役のセレナが口を開く。
「えっと、ルールの再確認をするね……魔法なしで、相手に一撃入れてユークさんがかけてくれた魔法結界を砕いたら勝ちだよ」
セレナの説明に、私とゼルが同時に頷く。それを見て、私たちの間に立つセレナは手を挙げた。
「それじゃあ、始めっ!」
キイィィィイィィン!
セレナが腕を振り下ろした瞬間、先に動いたのはゼル。彼は一瞬にして私との距離を潰すと、流れるように袈裟斬りを放った。
私は剣をクロスさせてゼルの剣を受ける。そして私は剣同士がぶつかった反動を利用して剣を回転させ、ゼルの首を狙う。
「くっ……」
切っ先がゼルの喉を捉える直前、ゼルはぎりぎりのところで上体をのけ反らせて剣をかわす。
早速体勢、崩れたね。
私は素早く剣を引き、三連突きを繰り出す。対してゼルは私の突きを紙一重でかわし、後退した。
「やっぱりゼルさん、強いですね。今のタイミングでかわすなんて」
「ハァ……ハァ……。本当にそう思っているのか? 涼しい顔で言われても……説得力がないぞ」
ゼルは冷や汗を拭い、乱れた呼吸を整える。ゼルが構えている剣の震えがおさまるのを見て、今度は私から距離を詰めた。
「いきます」
私は体勢を低くし、沈み込むように加速する。そうして一瞬でゼルの間合いの内側に入り込むと、横薙ぎに剣を振るった。
「……! どこに……」
突如視界から消えたゼル。直後、私が剣を振り終えるより早く、下方から鳴ったのは剣が風を切る音。
「下?!」
ゼルは大きな体を、私の死角になる左側に滑り込ませて、地面に片膝をついたまま剣で切り上げる。ゼルが振るった斬撃が私の顎を捉える寸前、私は剣を手放しバク転。私の手から離れた剣は、直前に指でかけた回転によって私の目の前の地面に突き刺さった。
「なに今の?! 剣がルヴィアの元に飛んでくるなんて……ユークさん、あれ魔法じゃないの?!」
「そうだ……一連の行動に、魔力が……関与した気配は……ない。今……のは、ルヴィアの、純粋な技量……だ」
「すごい! 後でどうやったか聞こうかな……」
そう言ってセレナは、私たちの元へと視線を戻した。セレナの視線の先で、私は地面に刺さった剣を抜き、一振りで土を払う。
……楽しい! お父様の私兵たちは私に気を遣って実践的な訓練をしてくれなかった。だからこんなに本格的な戦闘ができるなんて嬉しい。剣と剣がぶつかり合い、魔法が飛び交う。これこそ異世界よ!
「まだまだいきますよゼルさん!」
私はもう一度直線的にゼルに突っ込む──と見せかけて直前で軽やかなステップを踏み、流れるようにゼルの背後に回り込んだ。
「……っ?!」
ゼルは私と反対方向に跳びながら、体を反転させて私に向き合う。
「いない?! どこに……」
「さっきのお返しです」
私はゼルの体が回転するのに合わせて、ゼルの死角を移動したのだ。そしてゼルの真横に移動すると、剣を振り上げ、ゼルの喉元に当てた。
「くっ……降参だ」
そう言ってゼルは剣を手放し両手を上げる。
「そ、そこまで! 勝者ルヴィア!」
セレナの宣言を聞いて、私は剣を鞘に収めた。そうして、ユークに渡されたタオルで汗を拭くゼルに向かってお辞儀した。
「ゼルさん。手合わせしてくれてありがとうございます」
「ああ、俺の方こそ良い経験をさせてもらった。俺より強い人と手合わせするのは久々だったからな。俺も楽しかったぞ」
そうして私はゼルと握手を交わす。
「では、私そろそろ寝ま……」
「ルヴィアー!」
屋敷に戻ろうとする私に、背後から飛びついてきたのはセレナ。セレナはそのまま私の手を握ると、黄緑色の瞳をキラキラと輝かせて私を見た。
「ねぇねぇルヴィア。ルヴィアの反応速度どうなってるの?! 剣の使い方はところどころ変なのに、どうしてあんなに綺麗に立ち回れるの?!」
それは剣を持ったのが二週間前なのにステータスが桁違いだから……これって私、脳筋すぎない? この依頼が終わったら、また私兵たちに剣の稽古をつけてもらおう……。
「アハハ……それよりも早く部屋に戻って寝ない? 明日の護衛当番、私たちの担当は朝なのだから」
セレナの言葉を苦笑いで流しつつ、私はセレナに部屋に戻ることを促す。だがそれでも、セレナの口は止まらなかった。
「ルヴィアは剣も魔法もすごい! それになんだかんだでわたしたちのこと助けてくれたし、弱点なんて見当たらないね」
「そんなことより早く部屋に……」
「『王の鉤爪』の皆様方、少々お時間よろしいでしょうか?」
いつの間にか庭に姿を現したガーランド辺境伯は、ごますりをしながら私たちの返事を待つ。その後ろには、赤いローブと白い不気味な仮面を身につけた灰髪の怪しげな男が立っていた。
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