13.ガーランド辺境伯
「フンッ……ようやく着いたか」
馬車から降りた私たちの前には、至る所を金で装飾された貴族の屋敷があった。
何この屋敷……庭も建物も広すぎない……?
「ルヴィア知ってる? このガーランド辺境伯のお屋敷ってエステワ王国で二番目に大きい建物なんだって……もっと他にお金を使って欲しいよね」
私の耳元で囁くセレナは、そう言って後ろを振り向いた。高台にあるガーランド辺境伯邸からは、ガーランド辺境伯領最大の町──ラドスが見渡せる。ラドスは国内でも有数の人口を誇る地方都市だが、そのほとんどが貧民や貧しい人々なのだ。
「……そうね」
バタンッ!
前触れなく、一面に金箔が貼られた無駄に豪華な扉が開く。その中から、全身にジャラジャラと過剰な装飾品を身につけた一人の小男が顔を覗かせた。
ジャラン……。
「お初にお目にかかりますアード殿下。わたくしがガーランド辺境伯領領主グルス・ガーランドでございます。遠いところをよくぞいらっしゃいましたアード殿下。『王の鉤爪』の皆さんも道中の護衛、ご苦労様です」
装飾品同士が擦れる音を鳴らしながら大げさに礼をしたガーランド。その後ろに控えている執事らしき男もガーランドに続いて礼をした。
「出迎えご苦労。ガーランド、早速だが例のものは用意できているか?」
アードは興奮を抑えられないのか、口元をいびつにに歪める。それに応えるように、ガーランドもまた金ピカの歯を剥き出しにして笑った。
「ヒヒッ……殿下、よろしいのですか? 公務がまだ残っておるでしょう」
「公務? そんなもの、いつだってできるであろう? それよりも早く例のものを寄越せ」
「アード殿下もこう言っておられる。おい、早く例のものを持って来い」
「承知いたしました。直ちに連れて参ります」
アードが望んだ何かを持って来るために、執事は屋敷の奥へと消えていった。すると、ガーランドは私たちを振り返る。
「冒険者の皆様。これから目にすることを口外しないと誓約を結んではいただけないでしょうか? アード殿下のこけんに関わることなんでね」
この領主、胡散臭いな……苦手──というか無性に殴りたくなるタイプなのよね。
だが当然、私たちに誓約を断る選択肢はなく、言われるがままに誓約を結んだ。
「冒険者の方々、ありがとうございます。ただ、この誓約を破ったものは死に至る……ゆめゆめ忘れぬようにお願いいたします」
「ああ……もちろんだ」
誓約を結び終えると、ちょうど屋敷の奥から執事が戻ってきた──両手に枷をつけられ、ぼろを纏った一人の美少女を連れて。
「お待たせしましたアード殿下。こちらが我が奴隷商会が誇る最高の愛玩奴隷──ノアでございます」
「ほう……この透き通るような肌、さらさらの長髪、豊満な胸、悪くない」
アードはノアを上から下まで舐め回すように見る。そして、ノアの肌や深いブロンド色の髪をねっとりと触った。その間、ノアは露わになった肩を小刻みに震わせて、唇を噛んでいた。
「気持ち悪っ……」
「そうね」
私はセレナと小声で囁き合うと、王族であるにも関わらず奴隷を買おうとしているどうしようもない婚約者に白い目を向けた。
「ガーランド。オレはこれを貰おう。いくらだ?」
「ありがとうございますアード殿下。こちら、一億ゼニーでございます」
一ゼニーは日本円にして一円。つまり、このノア──元の世界でいうと高校生くらいの美少女──には一億円の値がついたらしい。
「一億か、問題ない。その程度の金ならオレの馬車に置いてある。持っていけ」
「さすがはアード殿下。ではこちらを。ノアにつけていだだければ、今日から殿下がこの奴隷の主人となります」
そう言って、執事は鎖のついた隷属の首輪をアードに渡す。アードは首輪を受け取ると、中年のスケベオヤジのような下卑た笑みを浮かべ、ノアに隷属の首輪を装着した。
「おいガーランド、ここにいるものは皆、誓約を結んでいるか?」
「勿論でございます。ここで見聞きしたことを他言することができる者は誰一人おりません」
「そうか」
ジャラッ!
不意にアードはノアの首輪についた鎖を思いきり引っ張った。そしてアードは、バランスを崩され前に倒れるノアの腹部に向かって拳を突き立てた。
「んぐっ……」
「やはり奴隷はいいな。公務で溜まったストレスを発散するのにこれほど適した物など他にない」
続けて、腹を抱えてうずくまったノアの顔を蹴り飛ばしたアード。彼はなおも暴力を振るう手を緩めず、ノアの悲鳴を聞いて嗤っていた。
「ひどい……」
「くそっ……可哀想だが、俺たちには何もできない」
止めにかかろうとしたセレナの肩をゼルが掴む。ゼルが動けないのは、王族に逆らえば精鋭揃いの王国軍を敵に回すことになるからだ。そうなれば間違いなく『王の鉤爪』は全滅することになる。
「アード殿下。それではせっかくの容姿がすぐにダメになってしまいます」
あざと腫れが目立ってきたノアの体を見て、ガーランドはアードの肩に触れた。するとアードはノアを殴る手を止め、ガーランドを振り返る。
「なんだガーランド。貴様、まさかオレのなすことに不満でもあるというのか?」
「いいえ、滅相もございません。わたくしはただ、奴隷の品質を損なわない痛ぶり方があるという話をしたいだけです」
そう言ってガーランドが取り出したのはムチ。それをアードに渡すと、ガーランドは再び説明を始めた。
「ムチとは、相手に苦痛を与えることに特化した道具です。命を落とすギリギリまで首を絞めて楽しむもよし、叩くもよし、どこかに縛りつけるもよし」
ガーランドの話に興味を持ったのか、アードはムチとノアを交互に見ては歪んだ笑みを浮かべていた。
「色々な楽しみ方ができることはもちろん、そのどれもが下級ポーションで完治するほどの軽微な傷しか与えない。どうです、こちらのムチもご購入なさりますか?」
「買った!」
***
その日『王の鉤爪』の三人は夜遅くまで、少女の苦痛に歪んだうめき声と、ムチの乾いた音を聞いて眠れなかったらしい。
私はふかふかのベッドに寝そべって、アードの部屋から聞こえて来る非人道的な音を聞き、天井を見ていた。
「ここの辺で一度、滅国の予行演習でもしようかな……憎悪を焚き付ければ使えそうな人も見つけたしね」
そう決めて、私はノアの姿を思い浮かべる。
「明日こっそり、探査魔法で見つけられるようノアさんに魔法で発信機的なものをつけておこう」
そうして私は満足げな表情で眠りについた。
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