12.アードの誘い
「ルヴィアおまえ……」
正体がバレたのなら忘却魔法を……。
私は唾を飲み、アードの口元を食い入るように見つめて言葉を待った。
「おまえ、オレの近衛になれ!」
ん? ……よかった。正体がバレたわけじゃないのか。
「山賊との戦いを見るに、おまえはオレの近衛騎士よりも断然強い。小言のうるさい奴らはさっさとクビにしたかったのだが、父上が許可してくれなくてな。……おまえほどの実力者を連れていけば父上も説得できるだろう?」
もう私がアードの要求を呑んだかのように自分本位な勧誘理由をペラペラと喋るアード。だが私は、アードの護衛になるつもりは全くない。
「アード殿下。その申し出はお断り……」
「ちょっとルヴィア!」
セレナは焦った小声とともに私の口を塞いだ。
「……なに?」
「今殿下の提案を断ろうとしてなかった? そんなことしたら……」
「……この国には、居られなく……なる」
ユークの言葉によって、アードは権力者の頂点に一番近い人間であることを思い出したが、それでも私は考えを変えるつもりはない。
「関係ないです。私はアードの護衛なんて二度とやりたくありません!」
いきたい場所をイメージできれば転移魔法で移動可能なんだ。一度別の国に飛行していけば、あとは簡単に冒険者を続けられる。ルヴィアとして国外追放されようと、私にはなんの問題もないのだ。
「ルヴィアさん。アード殿下の近衛騎士になれる機会なんて稀なんだぞ。給料も冒険者より遥かに高い。何も悪いことはないはずだ」
「お金の問題じゃありません」
私はセレナの手を振り解き、立ち上がってアードに向き合う。
「ようやく決心がついたか? 優柔不断な奴だな」
私が近衛を引き受けると確信しているのか、アードは悠然と腰に手を当てて、私の答えを待っていた。
「アード殿下。申し訳ないのですが、私は貴方様の護衛を引き受けることはいたしません」
「なんだと! オレを誰だと思っている!」
私の答えを聞いた瞬間、アードの表情は怒りで染め上げられた。
「せっかくこのオレが貴様のような平民ごときには勿体無い、王族の近衛となる機会を与えてやったというのに。エステワ王国第二王子であるこのオレに逆らって、この国で生きていけると思うなよ!」
「それならば私は、この依頼が終わり次第、このエステワ王国を去ることにしましょう」
「フンッ……勝手にしろ!」
捨て台詞を残して馬車へと戻るアードを見送ると、私は『王の鉤爪』の三人を振り返り、焚き火の前に座った。
「ルヴィア、本当に国を出るの?」
「うん、私はこの国に思い入れなんて微塵もないから」
私の返事を聞いたセレナはしばらく両膝を抱えて焚き火の火を見つめると、ゆっくりと立ち上がった。
「ルヴィア、少しの間だけアード殿下の護衛と火守りをお願いできる?」
「いいけど……」
「ゼルさん、ユークさん。ちょっといい?」
「ああ」
ゼルは返事をして立ち上がり、ユークは無言で腰を上げた。そうして三人は、私を残して暗い森の中へと消えていった。
***
「それでセレナ……おおよそ察しはついているが、なんの話だ?」
暗い森、木々の隙間から差し込む月光の中でゼルが止まる。そして腕を組んだ彼は、セレナに視線を送った。その視線の先では、セレナが真剣な表情で深呼吸をしている。
「二人がいいのなら、わたしたちもルヴィアと一緒にこの国を出ない?」
「俺は依存ない。今まで通り王都で活動していても、俺たちに成長はないだろうからな。それならば、俺たちよりも遥かに強いルヴィアさんについていった方が強くなれるだろう」
即答したゼルに、セレナは安堵のため息をこぼす。
「ボクも……二人に賛成。この国の……現状は、目に余る」
「そうだな。貴族の横行は聞くに耐えないものばかり。この国には平民を数でしか見ていない貴族が余りにも多すぎる」
「それに奴隷制度をまだ廃止していないのも許せないよ。もう他の国では徹底的に取り締まられているっていうのに……そのせいで人攫いも多くて治安が悪いし!」
その後もしばらく、止めどなく溢れ出すエステワ王国への不満を吐き出した三人は、ルヴィアに同行することを決意し、野営地へと戻っていった。
***
「ルヴィアおまたせ。何もなかった?」
「ええ、何もなかったわ。それでは私はもう寝ますね」
そう言うと私は立ち上がり、アードがいるのとは別の馬車の扉を開けた。移動中に決めた見張りの順番は私が一番最後。今のうちに寝ておこうと思ったのだ。
「待ってくれルヴィアさん。話があるんだ」
いつも以上に真剣なゼルの声に、私は馬車にかけた足を下ろして振り向いた。
「改まってなんですか?」
「この護衛依頼を達成したら、俺たちもこの国を出ようと思う」
「はあ、そうですか」
なんで私に言うの? まさかついて来る気じゃないわよね?
「そこで、俺たちもルヴィアさんと同じ町に行こうと思っているんだ」
「勘違いしないでね。無理に一緒のパーティーになろうって話じゃないよ。たまにでいいから、わたしたちに稽古をつけたり、一緒に依頼を受けたりして欲しいだけなの」
「なんで私が、大した関わりもないあなた達のためにそんな面倒なことをしなくちゃならないんですか?」
「確……かに、ルヴィアちゃんには、ボクたちに構う……理由はない。ただ、誰かに迷惑をかけてでも、ボクたちは強くならなきゃいけないんだよ!」
普段はオドオドしていて、ろくに視線も合わなかったユークが、私の目を真っ直ぐに見てはっきりと喋った。私はユークの変化に一歩後退り、馬車に手をついた。
「……どうして、そこまで強くなりたいの?」
敬語も忘れた私の問いかけに、セレナが落ち着いた声で話し出す。
「わたしたちの目標が、『神の雫』の入手──つまり『夢想の神殿』の攻略だからです」
「『夢想の神殿』? あのどこにあるかもわからない幻の最高難易度ダンジョン……本当にあると思っているの?」
まあ、私はゲームをプレイしたから、実在するのは確かだけど、どこにあったか忘れたな……覚えていれば、レベルを上げきってから挑みたかったんだけど……。
「うん。わたしたちはもう『夢想の神殿』がどこにあるかはわかってる。……でも、前に入った時は一階層すら攻略できなかったんだよ……」
『夢想の神殿』の在処がわかるの?! それなら話が変わるかも。
「どうしてそこまでして『神の雫』を欲しがるの?」
「俺の家族がみんな、不治の病に侵されているからだ。だが俺は家族の中で唯一、病を患わなかった。だから俺は家族を救うため、なんとしても全能の秘薬と呼ばれる『神の雫』を手に入れたいんだ!」
「ボクも……ゼルを放って置けなくて……。それに、『夢想の神殿』に手も足も出なかったのは……悔しい」
「わたしはゼルさんの妹と友達だから、友達を助けたいって気持ちでこのパーティーに入ったの。お願いルヴィア、わたしたちに力を貸して!」
セレナの声に合わせて、三人は頭を下げた。
うーん……今回は私にも、『夢想の神殿』の在処を知れるという利点があるし……何より、この三人しつこそうだよね……少しくらい付き合ってもいいかな。
「わかりました。ですが、『夢想の神殿』に挑む時は私も連れて行ってくださいね」
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