68.となりで眠る野心家
「えーと。何で、こうなったんだっけ?」
佐々木はアークのベッドで、ぼんやりと隣で眠る女性を見つめていた。
そこには、毛布にくるまり小さくなって眠るノアがいた。
…
そろそろ寝ようかと、佐々木が部屋でくつろいでいると、ドアを叩く音がした。
ノアが軽食と酒をトレイに乗せ、佐々木の部屋を訪ねて来ていた。
「佐々木様。カジノ部門を任されましたノアです。懇親の意味も込めて、少しお話をしませんか?」
「あ、ノアさん。どうぞどうぞ」
佐々木は、長身の美人であるノアに少し引きつつ、笑顔で答えた。
ノアは部屋のテーブルにトレイを乗せ、佐々木の対面に座った。
「あの、ノアさん。よければ、私のことは『佐々木さん』と呼んでいただけませんか? その方が話しやすいですし」
佐々木は穏やかに言った。
ノアは一瞬ためらったが、懇親のために来た訳もあり了承することにした。
初対面に近い二人の間にあった形式的な壁が、わずかに崩れた。
ノアはグラスを呷り、口火を切った。
「さっき、リベラさんから私の仕事について詳細を聞きました。正直、驚いています」
「そうでしたか。大変なお仕事をお願いすることになり、申し訳ありません」
佐々木は心底、すまなそうな顔で答えた。
ノアは酒の勢いを借り、話し始めた。
「私はこれまでギル社長の店で、本当に必死で働いてきました。昼も夜も関係なく、結果を出して、30歳でカジノ部門の副代表まで上り詰めたんです」
佐々木は目を見開いた。
「すごいですね。そんなに若いのにそこまで…え、ノアさんって30歳なんですか? 」
佐々木は言葉を区切り、少し照れたように続けた。
「実は、私もコールドスリープしていたので、肉体年齢は30歳で止まっているんです。同い年で副代表なんて、本当にすごいなぁ…」
ノアは、その偶然に少し驚きながらも、少し佐々木に親近感を覚えた。
ノアは不満を吐き出すように続けた。
「もうすぐ、店を任されると思っていたんです。次の代表は私だと。なのに、気がつけばこんな所に連れてこられて、一からカジノを作れだなんて…」
佐々木はすぐに姿勢を正し、深く頭を下げた。
「そうだったんですね。ノアさんの都合も考えず、本当に、すみません」
実際、ノアをココへ連れてきたのはギルだが、佐々木は指摘もせず謝罪した。
その後のノアの話も、佐々木はただただすべてを聞いていた。
ノアの不満、過去の苦労、未来への不安。
佐々木は大した助言も、批判もせず、ただただ共感の相槌を打った。
ノアは酔いも回り、普段はしないような饒舌さで愚痴をこぼし続けた。
ノアは長身の美人だった。
ノアは佐々木のように自分よりも背の低い男には人権はないとさえ思っていた。
これまで彼女が付き合ってきた男性は皆、長身でスペックの高い者ばかりで、ノアが少しでも弱音や愚痴をこぼせば、すぐに説教や助言をしてきた。
主体性のない佐々木のことを、最初は嫌っていたノアだった。
しかし、こうやって二人きりで、ノアが一方的に話すことをすべて聞き入れてくれるこの男と過ごす今の時間は、不思議と居心地が良かった。
そのうち、ノアの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「こんなに頑張っているのに……誰も、私を認めてくれない!」
すると、佐々木は、すっとテーブル越しに手を伸ばしノアの手を優しく握った。
「ノアさんは十分頑張ってますよ。本当にえらいです」
ノアは半ば意地になって言った。
「佐々木!私の頭を撫でろ!」
佐々木は素直に立ち上がり、小さい子供をあやすように優しく、ノアの頭をヨシヨシと撫でてくれた。
その心地よさに抗えず、ノアは佐々木に抱きついてしまった。
…
その後、どうして今に至ったのか、佐々木はよく覚えていなかった。
佐々木は、目の前の光景を見つめた。
ノアは長身を器用にたたみ、小さく丸まっていた。
その姿を見た佐々木は、ふたたび頭をなでたくなった。
ヨシヨシと頭をなでていると、ノアの眉間のシワが緩み、ニコニコと小さくわらった。
いい夢でも見ているノアを見ながら、佐々木は、もはや抵抗することを諦めた。
自分の力ではどうすることもできないこの状況も、今は感謝すべき結果だと思えた。
「…まぁ、いいか」
佐々木は、横になり、そのまま頭をなでながら再び眠りはじめた。




