57.予期せぬ問題
タクシーでゲインの自宅へ向かう道中、メイリンは口を開いた。
「佐々木。作戦前、リベラから言われた話を伝えておく」
メイリンは静かだが真剣な声で言った。
「リベラは言っていた。『自分は母船にバックアップを取っているため、自分を助けるためにアンタが危険になる事だけは避けてほしい』と」
佐々木は息を呑んだ。リベラが自身の破壊の可能性まで想定していたことに、胸が締め付けられた。
「私も、アンタを第一に考え動くことを約束した。だから、無茶はしないとアンタも誓ってくれ」
メイリンは佐々木を真っ直ぐに見つめ、佐々木は深く頷いた。
タクシーを降り、二人は2人の形跡を探した。
メイリンはすぐに近くの監視カメラをハッキングした。
カメラは、エントランスからエレベーターへと向かうゲインの姿が映っていた。
ゲインは、まるで大きな人形を運ぶようにして、リベラを肩に担ぎ強引に連れ帰っていた。
「ちくしょう!急ぐぞ!」
メイリンは即座にマンションに潜入することにした。
義体化された左手でセキュリティを無効化し、ゲインの部屋がある階までエレベーターで移動した。
佐々木がメイリンの後を追う途中、突然、佐々木の端末が通信を受信した。
画面には『リベラ』と表示されている。
「メイリン。リベラが再起動した!だが、映像と音声がとぎれとぎれだ!」
『…佐々木様、…再起動しました…。まだ不安定ですので、突入は…少し待ってください…』
途切れ途切れのリベラの音声が端末から流れた。
2人はゲインの部屋の前に到着した。
佐々木はメイリンを見て言った。
「リベラの指示を待ちましょう」
メイリンも義体の左手をドアノブにかけながら頷いた。
「わかった。突入指示を待つ」
しかし、待機して数秒後、大きな破壊音と共に、リベラとの通信は完全に途絶えた。
端末はノイズを吐き、リベラの表示も消えた。
「くそっ!また切れたか!これ以上待てない。今すぐ奴がリベラに何をするかわからない!行くぞ!」
メイリンはキーロックを解除し、佐々木と共に室内へ突入した。
部屋の中央には、黒いイブニングドレスを着たリベラの体があった。
リベラは十字架のような台に、手足を拘束されていた。
その異常な光景に2人は一瞬立ち止まった。
一番異様だったのは拘束された頭だった。
その頭部は激しく破壊され、内部の金属骨格と配線が露わになっていた。
ゲインは破壊されたリベラの横に立ち、血のようなオイルで汚れた小型のチェーンソーを握っていた。
「リベラ!」
佐々木は悲鳴のような声を上げ、ゲインのチェーンソーも気にせず、リベラに近寄ろうとした。
メイリンはゲインの手元の凶器に気づくや否や、佐々木の首根っこを掴み、驚くほどの力で大きく後ろへ放り投げた。
佐々木は後ろの壁にぶつかり、一瞬息が止まった。
ゲインは、突然の侵入者に驚愕の表情を浮かべていた。
メイリンはゲインに走りよった。
義体の左手に全ての力を集中させ、避ける間も与えずゲインの顎を、全力で殴りつけた。
鈍い打撃音と共に、ゲインの体は宙を舞った。
ゲインはその瞬間、意識を失い、そのまま床に倒れた。
チェーンソーはゲインの手を離れ、安全装置がはたらき急停止した。
佐々木は破壊されたリベラに近づいた。
自身の無力さと、リベラを危険に晒したことを激しく後悔し始めた。
その時、佐々木の端末に再び通信が入った。
「佐々木様、ご心配なく。私は問題ありません」
画面を確認すると、発信元は確かに『リベラ』と表示されている。
通信は音声のみだったが、いつもの落ち着いたリベラの声だった。




