35.幸運の特異点
「実はこの子、迷子になったんじゃないんです」
セレネが震える声でそう話し始めた瞬間、リベラは静かに手を上げて彼女の言葉を遮った。
「はい、ストップ!セレネさん。お話の前に、いくつか確認させてください」
リベラは鋭い視線でセレネを見据えた。
「あなたは現在、独身ですか? パートナーや婚約者など、プライベートで深い関係にある男性はいますか?」
セレネは突然のプライベートな質問ながらも、答えた。
「えっ、はい。独身です。そういった相手もいません。ずっと研究ばかりしてきたので…」
リベラは頷き、佐々木に向き直った。その顔は真剣そのものだった。
「佐々木様。セレネさんがこれから話す内容は、厄介ごとであると予測します。彼女は現在、非常にデリケートな状況下にあります」
リベラは佐々木に、セレネの全身を見るように促した。
「佐々木様。セレネさんををどう思いますか? 今一度確認してください」
突然、佐々木にじっと見つめられたセレネは、わずかに顔を赤らめ、視線を逸らした。
極度の対人恐怖症である彼女にとって、佐々木の優しい目線も大きなプレッシャーだった。
リベラは佐々木に問いかけた。
「では、佐々木様。セレネさんに好意を持てそうですか? 人として、手を差し伸べたい、隣にいてほしいと思えますか?」
「え、それって今、重要なんですか?」
佐々木は素直に反論した。
「はい、あなたの直感が、非常に重要です」
リベラは反論を許さない口調できっぱりと断言した。
佐々木は改めてセレネを見た。
彼女の繊細そうな美しさ、そして小型犬を必死に守ろうとする姿に心打たれ、純粋にそう思ったことを口にした。
「はい。とても…非常に素敵な女性だと思います。力になってあげたいです」
その言葉に、セレネは恥ずかしがりながらも、顔を上げて嬉しそうに微笑んだ。
リベラはセレネに向き直った。
「セレネさん。信じられないかもしれませんが、私はAIとして、最近気がついた佐々木様に関するある事実をお伝えします」
リベラは淡々と、しかし強い口調で説明した。
「この佐々木啓介という人間は、異常なまでに幸運に恵まれた特異点です。彼の周囲では、どんなに困難で絶望的な問題も、なぜか都合良く、そして驚くほどうまく解決していきます」
リベラは佐々木とセレネを交互に見た。
「その佐々木が、今、あなたの境遇に関係なく、純粋な好意で、あなたを求めています。私たちは、あなたの抱える悩みをまだ聞いていません」
リベラは静かにセレネの目を見つめた。
「ですが、佐々木様は、あなたの悩みを解決できます。あなたは、佐々木と共に生きる覚悟はありますか?」
セレネは、対人恐怖症で人と対面することを避けてきたが、リベラの論理的な迫力に抗うことはできなかった。
そして何より、自分を必要としている、という言葉に胸を打たれた。
彼女は深く頭を下げた。
「…よろしくお願いします」
リベラが即座に切り出した。
「ではセレネさん、あなたが抱えている問題の詳細をお聞かせください。小型犬が連れ去られた件、そしてあなたが恐れている相手について」
セレネは、自分が開発していた小型エネルギー炉の設計図と引き換えに、ある組織に小型犬を誘拐されていたことを、説明した。
彼らはセレネの設計図を強引に奪い、彼女の技術を独占しようとしていた。
話を聞き終えたリベラは、その場で結論を出した。
「なるほど。問題の本質は、あなたがその設計図を持っていることで、組織からの追跡が断ち切れないことにあります」
リベラは佐々木を安心させるように言った。
「佐々木様。これは問題ありません。この状況で最善かつ最も確実な解決策は一つです。セレネさんを、その設計図ごとアークへ連れて行くことです」




