25.真意と強要
翌朝、リリィは誰かに抱きしめられているような、安心感の中、夢をみていた。
しかし、目を覚まして、夢ではなく現実に抱きつかれている事がわかった。
一瞬、体がこわばったが、自分に抱きつくこの男が震えていることに気がついた。
少し冷静になったリリィは、昨日のリベラの話を思い出していた。
この男はひとりで100年もの間、眠らされていたのだ。
リリィもコールドスリープのおおまかな原理は理解していたが、これほどの長期間眠っていた話も、そこから蘇生できたという話も、聞いたことがなかった。
コールドスリープ中、人は夢を見るらしい。
そして、起きた後、他人と無性に会話をしたがるらしい。
ある学者は、コールドスリープという行為が、非常に孤独を感じるためだと語っていた。
では、今私に抱きつき、震えている男はどれほど長い間、孤独だったのだろう?
もう少しだけ、このままガマンしてあげようかと思っていると。
男の震えが止まり、抱きついていた手が、太ももの方に伸びていくことに気づいた。
「あの…。佐々木さん、起きてますよね?」
そう声をかけると、男の体がビクッと震え、続いて、ガバっとはね起きた。
身の危険を感じたリリィは目をつぶったが、一向に状況は変わらない。
おそるおそる、目を開けると、そこには土下座の体制で震える佐々木がいた。
「昨日に引き続き、大変申し訳ありませんっ!」
ちいさくなる佐々木を見て、昨日リベラが言っていた、自分が嫌がることはしないことを思い出した。
「いえ。寝ぼけてただけですよね?大丈夫です」
その言葉を聞き、安堵した佐々木は顔を上げたが、その途中で動きが止まった。
「そ、そ、その服は?」
「服?」
と、リリィは自分の胸元に視線を落とし思い出した。
「あっ。こっ、これはですね、昨日お風呂に入った後、リベラさんから無理やり着させられて…」
そんな会話をしていると、柵となって自分を守らなかったアンドロイドが室内に入ってきた。
「佐々木様、リリィさん、おはようございます。おや、お二人ともどうかなさいましたか?」
リリィもそろそろ分かってきたが、どうやらリベラはわざと分かっていないフリをしている節がある。
「佐々木様。リリィさんのお召し物を用意いたしました。どうされますか?」
リベラの不思議な質問にリリィは固くなった。
「そ、そんなの出て行くに決まってるじゃないですか!」
そう言うと佐々木はパジャマのまま食堂の方へ走って行った。
そしてやはり、本日の服装も明らかに生地が足りなそうな感じがした。
「あの…リベラさん。佐々木さんって本当にこういう服を私に着て欲しいって思っているのでしょうか?」
「ん?それはどういうことでしょうか?」
リベラは服を手元に引き寄せ、リリィの話を聞く態勢を取った。
「私は、恥ずかしいという感情は意外とストレスなんです。今の佐々木さんからも、同じような恥ずかしいという感情を感じるのですが。もしかして、コレって佐々木さんも負担に感じてないでしょうか?」
「なるほど、それは検証が必要ですね」
そう言ってリベラはふたたび部屋の外に出て、別の服を持って戻ってきた。
それは、リリィが最初に宇宙服の下に着ていたオーバーオールだった。
「なんだ、やっぱりあったんですね」
服を着込み、リベラと一緒に食堂へ向かった。
「リリィさん、今日もすみませんでした…」
そう言ってリリィを見た佐々木の動きが、一瞬止まった。
リベラは、何か言いたげな佐々木を見たのち、リリィを見た。
「リリィさん。佐々木様のストレス値が上がっています。やはり、佐々木様は動画ランキングの服をリリィさんが着てくれるのを期待していたのではないでしょうか?」
佐々木の心拍は急上昇した。
「ちなみに今日、用意していた服はどんなのですか?」
リリィもリベラに話を合わせた。
「はい。動画ランキング4位のこちらになります」
モニターに大写しになったそのモデルの姿を見てリリィは絶句した。
「コレ下着じゃないですか!」
「はい。下着、もしくは水着のジャンルに入ります。あら?ストレス値がさらに上がりましたね。佐々木様、私でよろしければ後ほど着替えてきますのでどうかお気を静めて下さい」
「いや、みんながいる場所で、そんな格好でウロウロされても困ります…」
佐々木の本性が漏れた気がした。
「なるほど、逆に言えば、こういった服装は2人きりで、ジッとしている時ならお願いしたいということですね」
ストレス値が下がったのを確認し、リベラは続けた。
「ということですので、リリィさん。今夜からお願いを…」
佐々木はふたたび、リベラの言葉にかぶせた。
「まって、まって。そういった事を無理じいしないで。僕はイヤがっている人に強要するのがイヤなんです」
佐々木にしては、はっきりと拒否を表したことにリベラもリリィも驚いた。




