157.制裁の予感
ガルドに連れられて入室したギルバートは、デスクに座るカインに対し、悠然とした態度で挨拶をした。
「アヴァロン商事の商業部門担当、ギルバートといいます。以後、お見知りおきを。これまでギル商会へ特別価格で資源を卸していたのは我々です。今回はその元業者が、直接お取引に伺いました」
「元業者。あの安さを支えていた、供給元ということですか」
カインが驚きを露わにする中、ギルバートは言葉を続けた。
「ギル社長の訃報以降、資源が不足しているのではないかと思い、直接伺いました。今後は私が責任を持ってネクサス・システムズさんに資源をご用意させていただきます。中抜きがなくなる分、さらに値下げもいたしますよ」
破格の提案だが、カインの表情は晴れない。
「ギルバートさん。あなたはこの業界のことをよく知らないようですね。ギル商会⋯いや、レガリス・トレーディングは、自分たちの仕入れ元が勝手に直販を始めるような真似を、決して許しません。そうやって競争相手を潰して今の地位があるのです」
その言葉を聞き、ギルバートはニヤリと笑った。
「なるほど。つまり販路を脅かす者は、何らかの制裁を受けると」
「我々は関与していませんので断定はできませんが、そう思っていただいても間違いはないかと」
「そうですね。確かこのセレノグラフィアはバルガスという顔役から、最近ドレッドノートという人物に支配者が変わった。さらに言うと、そのドレッドノートはギル商会と深い繋がりがあったとか」
カインは目を見開いた。
「⋯よくご存知ですね。そこまで事情を把握されているなら、私がなぜ素直にこの提案に乗れないかもご理解いただけるはずだ」
ギルバートは立ち上がり、軽く肩をすくめた。
「いいですよ。一流の商人は『事前調整』まで完璧だということを、まずはお見せしましょう。契約はその後で構いません」
「だから、無理だと言って⋯」
カインが説明しようとしたが、ギルバートは既に背を向けて部屋を出ていた。
「失礼します」
ミラも慌ててお辞儀をし、ギルバートの後を追った。
ビルを出たところで、ギルバートは立ち止まり、真剣な顔でミラに向き直った。
「ミラ。ここからは怖い目に遭うかもしれない。その時は自分は『佐々木のハーレムメンバーだ』とハッキリ言うんだぞ。いいな?」
「えっ? ハーレム⋯? 何言ってるんですか、ギルバートさん!」
ミラはわけがわからないまま困惑したが、ギルバートはそのまま足早に歩き出す。
次に向かったのは、ゼニス重工だった。
ここはギル商会の手がまだ及んでいないことをギルバートは熟知していた。
担当者を呼び出すと、彼は即座に破格の資源提供を提案した。
「にわかには信じがたい。そんな価格で出せるはずがない」
渋る担当者に対し、ギルバートはお試しでと少量の受注を取り付けた。
「納入は来月あたりになるかね?」
「いえ。宇宙港に資源運搬船を着けています。今日中に納入可能です」
「⋯ならすぐに持ってきてくれ」
担当者は半信半疑のまま、そう告げると、間もなく、その目の前にトラック1台分もの希少資材が届けられた。
あまりの速さと質の高さに、担当者は言葉を失った。
「何かありましたらこちらまで」
連絡先を書いたカードを渡し、2人はホテルへ戻ることにした。
ギルバートはミラに、家に帰ってもいいと声をかけた。
「いや⋯さすがにあんな姿を見た後じゃ戻れないですよ」
ミラは遠い目をして答えた。
先程、遠目に父親であるガルドがアテナと親密にしている姿を見てしまった娘にとって、今の家は少々居心地が悪そうなのもうなずける。
その時、2人の前に1台の黒塗りの車が急停車した。
中から屈強な男たちが現れ、抵抗する間もなく二人を車内へと引きずり込んだ。
事態は、ギルバートが予見していた「制裁」の形をとって動き出した。




