148.商人の覚悟
それから数日が過ぎた頃、アヴァロンにギルが、妻のリラを伴ってやってきた。
食堂の扉が勢いよく開くと、ギルの野太い声が響き渡った。
「佐々木! ノアに聞いたんだが、メイリンに子どもができたんだってな」
「おめでとう⋯」と言おうとして眼前の光景にギルは驚いた。
「うぉっ!? もう生まれてるのかよ!?」
ギルの視線の先には、椅子に座って楽しそうに果物を口に運ぶベガの姿があった。
その愛くるしい笑顔を見た瞬間、リラはまるで夢遊病者のようにふらふらとベガに近寄り、吸い寄せられるようにその小さな体を抱き上げた。
ベガがリラを見上げてニコッと笑うと、リラは衝撃を受けたように硬直し、その目から大粒の涙が溢れ出した。
「あぁ。なんて、⋯なんて愛おしいの」
リラがようやく落ち着いたところで、佐々木はベガの正体について説明した。
ベガはアヴァロンのリソースを融合して生まれた特別な存在であること、驚くほど人間に近い設計であることを。
話を聞き終えたギルとリラの顔から、いつもの快活さが消え、真剣な色に変わった。
「佐々木。⋯⋯相談がある」
⋯
ギルが重々しく口を開いた。
「俺とリラには、ずっと子どもができなかった。実はそれが2人の悩みだったんだ。リラはまだ30歳だが、俺はもう130歳の高齢だ。今はこうして義体のお陰で元気に動けているが、いつガタがきていなくなるかわからない」
ギルはリラの肩を抱き寄せ、心の底から絞り出すように続けた。
「ベガのように、俺たちの要素を含んだ子どもをつくれるなら、ぜひ欲しい。金なら俺が持っているものをいくらでも出す。全財産だって構わない。⋯だから頼む、佐々木。⋯リラに、オレの子どもを抱かせてやってくれ」
その切実な願いに佐々木は胸を打たれ、傍らに控えるリベラに視線を向けた。
「リベラ、どうにかならない?」
しかし、リベラの返答は冷徹なまでに正直だった。
「お断りします。私にとって、その行為は『我が子』を他人に差し出すことに他なりません。特に、メンテナンスの行き届かない場所へ連れて行くというのは、生命維持装置のない暗黒の宇宙へ子どもを置き去りにするのと同義です。そんなところではこの子はひとときも生きてはいけません」
場に沈黙が流れる。
しかしギルは諦めず、食い下がった。
「なら、⋯何か妥協点はないか?どうすれば認めてくれる?」
リベラはしばし沈黙した後、一つの提案を口にした。
「このアヴァロン内で子育てをする約束すること。私たちが常に管理できる環境であれば、許可しましょう」
ギルは驚いたように目を見開いた。
仕事に未練がないわけではない。
しかし、彼はすぐにリラの顔を見つめ、静かに、だが力強く頷いた。
「⋯⋯わかった。そろそろ引き時だとは、ずっと思っていたんだ。俺たち2人は、アヴァロンの住人になる。約束するよ」
リラはギルのその決断と覚悟を理解し、「ありがとう⋯」と泣きながら彼に抱きついた。
「よし。そうと決まれば、俺だけ一旦戻って仕事のケリをつけてくる。身辺整理をして、すぐに戻ってくるからな」
ギルはそう言って立ち上がり、去り際に佐々木の方を振り返った。
その顔は、今までに見たこともないような恐ろしい形相で、佐々木を射抜くように睨みつけた。
「佐々木。俺がいない間、リラに手を出したら⋯わかってるよな?」
「いや、出さないから! 信じてよ!」
佐々木の必死の弁解を聞きながら、ギルは鼻を鳴らして食堂を後にした。




