143.青の選択
ネクサス・システムズの巨大なドックを見下ろすラウンジ。
ミラは、眼下で活気を持って動き回る職人たちの姿を眺めていた。
その中心で、かつての活力を取り戻したガルドが、ギルの用意した最新設備を前に大声を張り上げている。
「お父さんの仕事、ようやく順調に回りだしたみたいですね」
ミラの隣に立つアテネに、どこか遠くを見るような目で語りかけた。
アテネは視線をドックに向けたまま、穏やかに応じる。
「ええ。ガルドは最高のリーダーシップを発揮しているわ。おかげで、豪華客船の建造計画も予定通りに進みそう。私も建築師として、当面はココに残ってサポートを続けるつもりよ」
アテネの言葉に、ミラは小さく頷いた。
しかし、その指先は手すりを心細げになぞっていた。
「アーねぇ。私、このままでいいのかなぁ?」
その言葉は、自分の内側に深く沈み込んでいくような響きだった。
「父さんの横にいて、言われた通りに動いて、喜んでもらえるのは嬉しい。でも、ただ時間が過ぎていくのを眺めているだけでいいのかなって…」
将来に悩むミラを見て、アテネはやさしい顔でミラの頭をなでた。
⋯
ドックから出たミラの姿を、偶然近くを通りかかったリベラが見つけた。
「ミラさん、お疲れ様です。ちょうどよかった。セレノグラフィアの問題は概ね解決しましたので、私は明日にはアヴァロンへ帰る事にしました」
リベラの言葉に、ミラは別れが思いのほか早いことを知り、ショックで気分が沈んでいくのを感じた。
リベラはミラの顔を見ながら、以前「セレノグラフィアを離れたい」と言っていたことを思い出した。
「アヴァロンからの追放対象は、ヘキサ・ヤードのスタッフだけでした。ミラさんが戻ることを、佐々木様は問題にしません。以前話していた、経営学の知識を活かせるようノアさんに紹介することもできますよ」
色々な事があり、ミラはそんな話をした事をすっかり忘れていた。
「そういえばそんな話をしてましたね。でも、もう少し時間がほしいです」
ミラがそう言うと、リベラはそれを了承した。
期限は明日の出向まで。
それまでにミラに答えをだすようリベラは言った。
⋯
夕暮れ時、カフェで1人コーヒーを飲んでいたミラの端末に、父から「今日は帰れない」と連絡が入った。
仕事に没入する父にとって、今の自分はお荷物なのではないか?
そう感じていたミラの前に、メイリンが現れた。
「なんだよ、シケた面してるね。ちょっと私に付き合いな」
強引に居酒屋へ連れて行かれたミラの前で、メイリンは景気よくビールを煽った。
「今日は私のオゴリだよ。好きなモノを頼みな!」
食事がある程度進んだ頃、メイリンが問いかけた。
「悩みがあるならお姉さんが相談に乗ってやるぜ」
「メイリンさんも明日、帰るんですよね」
そう聞くミラに、メイリンは少し頬を赤らめ答えた。
「やっと佐々木に会えるのが嬉しくってさ」
「失礼ですけど、佐々木さんのドコがお好きなんですか?」
「そりゃぁ…」
そこで言葉に詰まるメイリン。
「甲斐性…とか? うーん、なんだろうな。でも佐々木がいいんだよ。一緒にいて心地いいんだ」
笑ったあと、メイリンは真面目な顔で聞いた。
「ところでミラはどうするんだ? 私たちに付いてくるのか?」
「優柔不断で申し訳ないのですが、まだ悩んでます」
中途半端な答えを返すミラに、メイリンは語りだした。
「私は佐々木と出会ってから、ムチャクチャなことが次々に起こってるんだけど、それがムチャクチャ楽しくてさ。アヴァロンにいる奴らもそんな感じだよ。今までの人生をガラッと変えるにはいい場所だよ、アヴァロンは」
その言葉は、ミラの胸に衝撃を与えた。
「ありがとうございます、メイリンさん」
翌朝。
ガルドと、ガルドの家に居候しているアテネは、仕事を終え、仮眠のために共に帰宅した。
家にはミラの姿はなく、机の上に手紙を見つけた。
内容を読んだガルドは激昂し、家を飛び出そうとした。
「ふざけやがって! 連れ戻してやる!」
しかし、アテネがそれを止めた。
「ミラなりに色々考えて出した答えなんだから、尊重しましょう」
その言葉に、ガルドは足を止めた。
自分は家にも帰らず、娘を軽んじていた事を反省した。
ガルドは、ミラの選択を噛み締めるしかなかった。
同じ頃、宇宙港では『スターゲイザー』に乗り込むリベラとメイリン。
そして、迷いを断ち切った表情でそれに続くミラの姿があった。




