140.汚れた英雄
ここの所、総司令官のバトラーは多忙な日々を送っていた。
⋯
数日前、リベラに旗艦を除くすべての宇宙船と小惑星基地を没収されたバトラーは、兵士を詰め込んだ旗艦で、セレノグラフィアへの帰路に着くことになった。
艦橋に立つバトラーは、忌々しげにモニターを睨みつけていた。
この宙域を離れ、セレノグラフィアへ向かって加速を始めたその時、モニターの中の宇宙船たちが動いた。
リベラは徴収したそれらの宇宙船を自らの戦力に加えることも、売却もしなかった。
ただ、遠ざかっていくバトラーたちの目の届く範囲で、宇宙船を自動操縦に切り替え、小惑星に次々と激突させた。
モニター越しの映像にバトラーは口が空いたままになった。
眩い光と共に自分たちの艦隊も、小惑星拠点も、そのすべてが無へと消えていく。
「あのアンドロイドめ⋯、ただ我々を挫くためだけに、すべてを取り上げ、壊したというのか」
リベラの徹底した行動に、バトラーは戦慄するしかなかった。
セレノグラフィアへと帰還したバトラーは、ボレアス本社と連絡が取れる宙域に入るや否や、上層部への通信を繋ぎ、惨状の説明を始めた。
バトラーは、アヴァロンの情報は本社から入手したものであったことを強調し、本社が戦力を見誤っていたことを非難した。
上層部は私設宇宙軍の主力崩壊に頭を悩ませたが、逆にこの状況を利用する方法を思いついた。
セレノグラフィアについた後、兵士たちは簡易施設へ送られた。
ただ、バトラー自身は一人、本社へと呼び出された。
クビの宣告かとヒヤヒヤしながら会議室に入ったバトラーを待っていたのは、鋭い知性を宿した上層部の面々だった。
秘書の1人は、バトラーに静かに言い放った。
「バトラー総司令官。貴公にはこれから、宇宙海賊に侵略された『悲劇の総司令官』としてメディアに出てもらう事になります」
上層部の狙いは、セレノグラフィアの民意の後押しを受け、被害者としての立場を利用して早急に私設軍を再興することだった。
この提案は驚くほど功を奏した。
メディアを通じて悲劇を演出したことで、私設軍の再興を支援したいという人々が次々と現れたのだ。
さらにもう一押しが欲しいバトラーたちは、最後の大規模な決起集会を行うことにした。
会場には多くの記者が詰めかけ、壇上に立ったバトラーは力強く宣言しようとした。
「我々は、あの残虐な宇宙海賊には決して屈しない!」
その瞬間、最前列にいた記者の端末がけたたましく鳴り出した。
バトラーはあからさまに不快感をあらわにし、非難するような顔をその記者に向けたが、記者は端末の画面に見入っている。
失礼な記者に一言物申そうとした時、連鎖するように周囲の多数の記者の端末も一斉に鳴り出した。
会場にざわめきが広がる中、司会進行の男性が、記者たちに問いかけた。
「静粛に。何か質問のある方はいらっしゃいますか?」
一人の記者が手を挙げた。
「バトラー総司令官。あなたの宇宙軍は、これまで一体どういったお仕事をされていたのでしょうか?」
バトラーは今回の集会に直接関係ないと思いながら質問に答えた。
「セレノグラフィア宙域の監視です」
「具体的には?」
食い下がる記者に具体的な作業を追加で説明した。
「航路の安全確保と、全方位の哨戒など⋯」
「監視の対象は、3大企業だけでしょうか?」
「そんなことはない。セレノグラフィア宙域を航行する、すべての船を対象としている」
バトラーが堂々と答えると、記者は冷ややかな声で告げた。
「ですが、先ほどこんなデータが各社一斉に受信したのですが⋯」
記者がスクリーンへ受信した内容を表示した。
そこには、以前バトラーがリベラに言い放った姿が映し出されていた。
『わ、我々はボレアス・ダイナミクスの私設軍だ。宇宙空間における「黒い利権」を一手に担う執行機関だ。地上における利権や裏の工作は、ネクサス・システムズと繋がるバルガスが仕切っている。互いに不可侵の領域を持ち、セレノグラフィアのあるこの宙域の秩序を、影から支配してきた』
動画を見たバトラーは、驚愕に目を見開いた。
そこへ記者の追撃が突き刺さる。
「あなたはバルガス同様、宇宙での裏工作を担当されていたのでしょうか? 正義の軍などではなく、ただの利権団体だったのではないですか?」
「ち、ちがう! それは⋯」
バトラーは震える声で否定しようとしたが、無数のカメラと記者の冷徹な視線に耐えきれず、壇上から逃げ出すように走り去っていった。




