137.非情な決断
アードは床に伏せるガルドを冷たく見下ろしながら語りだした。
「20年前、旧アヴァロンが堕ちた最初の原因は、外からの攻撃ではない。『スパイ』を自ら要塞内部へ招き入れた事だった」
食堂の空気は一瞬で凍りついた。
アードは苦い記憶を吐き出すように続ける。
「リーナの父である、ワシの息子は、哨戒艇で旧アヴァロンを巡回する警備担当者だった。ある日、パトロール中、要塞付近を漂う民間船を見つけた。船内には、敵国から逃れてきた人々が乗っていた。息子は民間船を収容ハンガーへ誘導し、治療が必要な者を医務室へと連れて行った。医療室では、軍医だったリーナの母が、治療の準備を整えて待っていた」
アードの拳がミシミシと音を立てる。
「だが、その中に、敵国のスパイが紛れ込んでいた。診察が始まろうとした瞬間、スパイは隠し持っていた爆弾を起動させた。リーナの両親は、至近距離で爆破に巻き込まれ、即死だった」
佐々木が息を呑む中、アードは忌々しげに最後の一撃を口にした。
「旧アヴァロンの陥落は、このスパイを内部に入れたことから始まった。要塞内部で起きた爆発による凄まじい混乱。その隙を突き、外で待ち構えていた敵艦隊が押し寄せた。一時は押し返したものの、内側から崩された旧アヴァロンは、最終的に陥落した」
アードの声に、重い怒りと悲しみが混じる。
「素性の知れぬ者を『善意』で招き入れた結果、あの子の両親は殺された。それだけではない。当時旧アヴァロンで生活をしていた民間人のほとんどが、その後の戦火に巻き込まれて亡くなった。ワシと、まだ幼かったリーナが、旧アヴァロンを脱出できたのは奇跡に近い。それほど悲惨な末路だったんだ」
アードはそこで一度言葉を切り、冷徹な最後通牒を突きつけた。
「佐々木。ガルドの部下を許し、ココに残すと言うなら⋯ワシはリーナを連れてココを去る。ワシには、死んだ両親に代わってあの子を守り抜く義務がある。あの子を危険に晒す状況を許すわけにはいかんのだ!」
アードの壮絶な覚悟を突きつけられ、佐々木は深く目を閉じた。
数秒の沈黙の後、彼はアードに向き直り、深く頭を下げた。
「アードさん。すみませんでした。僕の認識が甘かったです」
佐々木は顔を上げると、床に膝をついたままのガルドへ視線を向けた。
「ガルドさん。あなたの部下はココには置いておけません。全員、セレノグラフィアへ送り返します」
ガルドは震える声で必死に訴えた。
「待ってくれ! 先程の音声と、ボレアス・ダイナミクスの関係から犯人は分かっている。その一人をセレノグラフィアへ送り返すので許してくれ。今全員を追い出せば、進行している客船の建造が止まってしまう」
「いいえ、ガルドさん」
佐々木はその懇願を冷たく遮った。
「船の建造が止まることは、僕にとっては些細な問題です。僕の大切な人たちを危険に晒さない事の方がずっと重要です。彼らをココに置いておくことはできません。全員送還するのは決定事項です」
佐々木の逃げ場のない断固とした通告に、ガルドは絶望に顔を歪めたが、やがて力なくガックリと肩を落とした。
「⋯わかりました。私の判断が間違っていました。部下たちには⋯私から、すぐにココを去るよう伝えます」
ガルドは、床を見つめたまま、消え入りそうな声で答えた。




