128.再会とワイン
ホテルに到着し、荷解きを終えた頃、セレネが外出の準備を整えて部屋を訪ねてきた。
「佐々木さん。私も今夜、昔の友人と食事に行ってくるわ。少し遅くなるかもしれないけれど、心配しないで」
そう言い残し、セレネは夜の街へと消えていった。
かつて、セレネは惑星カマールにある大企業『メテオラ社』の研究員だった。
しかし、会社の方向性と、セレネの考えは激しく衝突した。
結局、セレネは地位を捨ててこの惑星ゼニスへと移り住み、自分のやりたい研究に没頭する道を選んだ。
当時、研究生活の中でできた友人の一人、女性研究者のエレンが今日の待ち合わせ相手だった。
「セレネ! 本当に、本当に無事だったのね!」
約束の場所で待っていたエレンは、セレネの姿を見るなり駆け寄り、その手をとった。
「心配かけたわね、エレン。色々と事情があって、挨拶もなしに消えるような形になってしまって」
セレネが申し訳なさそうに言った。
「積もる話は山ほどあるわ。まずは、あそこへ行きましょうか。あなたが一番気に入っていた場所へ」
エレンに促され、二人は当時行きつけだった、上質なワインを出す隠れ家のような店へと向かった。
「ある日突然、あなたと連絡が取れなくなって、何か事件に巻き込まれたんじゃないかって、ずっと気にしていたのよ」
セレネはエレンにこれまでの経緯をかいつまんで話した。
ゼニスで生活していた頃、セレネを悩ませていたトラブルの原因が、実は古巣であるメテオラ社が原因であったこと。
「あの件も、今はもう綺麗に片付いたの。今の恋人のおかげでね」
セレネが穏やかな微笑みを浮かべてそう言うと、エレンは飲んでいたワインを吹き出しそうになった。
「えっ、ちょっと待って! あの、研究以外には何にも興味も示さなかったセレネに伴侶ができたの?」
信じられないといった様子で身を乗り出すエレンに、セレネは少し照れくさそうに、けれど幸せを隠しきれない表情で頷いた。
「どんな人なの? 相当な変わり者か、あるいは超天才の科学者?」
エレンの失礼な質問に、少しムッとしながらもセレネは答えた。
「特別な才能や、派手な肩書きがあるわけじゃないの。むしろ、どこにでもいるような『普通』の人だわ。でも、それがいいのよ。私がどれほど頭を悩ませていても、彼は変わらずに、そこにいてくれる。そんな当たり前の、穏やかで『普通』の時間を私に教えてくれるの。彼といると、私の世界がようやく等身大になった気がするのよ」
研究一辺倒だった頃の雰囲気は消え、愛する人を語る瞳は熱を帯びていた。
そのあまりにも満足そうな様子を見て、同じく独身を貫く研究職のエレンは、羨ましそうに溜息をついた。
「へぇー、ねえ、そんなに素敵な人なら、もう1人くらい恋人が増えても良くない? 」
半分は冗談、半分は本気のような口調でエレンが笑うと、セレネはワイングラスを置いた。
そして、少しだけ子供っぽく唇を尖らせて、きっぱりと拒絶した。
「それは、絶対ダメ。なんだか嫌なもの」
「なんだか嫌って、理由になってないじゃない」
エレンが意外な反応に呆れたように笑うと、セレネは頬を微かに染めて続けた。
「とにかく、友達のあなたまでが彼のことを狙い始めるなんて、想像するだけで落ち着かないわ。とにかくダメなものはダメよ」
理屈を重んじるはずの科学者が、こと佐々木のことになると極めて感情的な理由で撥ねつける。
セレネがどれほど佐々木に心酔しているかの証明でもあった。
「理屈屋のセレネにそんな風に言わせるなんて。本当に、相当惚れ込んでるのね」
エレンは驚き、やがて愉快そうに笑い声を上げた。
自分たちがかつて議論を交わしていた冷徹な数式の世界にはなかった、ひどく人間臭い温もりがそこにはあった。
夜のゼニスに、旧友たちの賑やかな声が響いていた。




