126.青の道標
青い海。
停泊する豪華なボートのデッキで、ミラとリベラは穏やかな波の音を聞いていた。
メイリンと佐々木は、小型タンクを口に咥え、先に青い世界へと潜っていってしまった。
その日の朝は、リリィとリーナが近くの理工学系の図書館で調べものをしたいと言い出した。
技術的な話に興味がないミラがどうしようか迷っていると、メイリンが自分たちはボートで遊ぶつもりだと声をかけてくれた。
水着を持っていないと断るミラに、リベラが差し出したのは最新のデジタルカタログだった。
佐々木から「適当に10着くらい買っていいよ」と太っ腹な提案をされたことが、かえって彼女を混乱させた。
移動中の車内でも、船の移動中も、無人島に到着してからも悩み続け、ようやく注文が決まった時にはお届けは1時間後という返答があった。
そんな経緯を経て、ミラは今、ボートの上で水着が届くのを待っていた。
自分だけが準備に手間取り、目的もなくここにいる。
リリィたちは勉強し、セレネは研究。
自分だけが何も目的を持たず、ただ流されているような感覚に陥り、ミラはたまらなく不安になった。
「リベラさん。私って、アヴァロンにいてもいいんですかね?」
水面を見つめたまま、ミラがぽつりと呟いた。
リベラは表情を変えず、セレノグラフィアに戻りたいのかと問い返した。
ミラは強く首を振った。
「あそこには、いい思い出が少ないんです。できるなら、もう戻りたくない」
「ならば、心配はいりません。たとえガルドさんが戻ると言っても、ミラさんが残りたいと言えば、佐々木様は喜ぶと思いますよ」
「…それは、ハーレム要員としてですか?」
リベラは静かに答えた。
「いえ。佐々木様は男女関係なく、自分に関係のある人が、自分の近くで幸せそうに過ごしていることを好むお方ですから」
その言葉にミラの心配は少し和らげられたが、それでもまだ顔は晴れなかった。
「何か、他にも問題があるのでしょうか?」
リベラの問いに、ミラは膝を抱えて視線を落とした。
「私より年下のリリィやリーナが、もう自分の仕事を持っているのに、私は何もやっていないじゃないですか。就職にしたって、セレノグラフィアでは大手企業の邪魔があったとは言え……本当は、私自身に問題があったからどこにも採用されなかったんじゃないかって、時々考えちゃうんです」
ミラは自嘲気味に笑った。
「結局、私は誰からも必要とされていない気がして、なんだか寂しいんですよね」
「だったら、ハーレムに入りますか?」
リベラの直球な提案に、ミラは煮え切らない反応を見せる。
「でも、佐々木さんの周りの女性たちは、みんな何かしら役に立っている。私はそういう『保険』が欲しいんです」
「つまり、君がいないと僕はダメなんだ、と佐々木様に依存されたいと?」
ミラはリベラの問いに首を横に振った。
「正直に言うと、佐々木さんに限らず、誰でもいいのかもしれません。誰かから君が必要だと言われたいだけなんです」
「ガルドさんから伺いましたが、ミラさんは学校では経営を学んでいたとか。ならばノアさんに相談してみましょう。ノアさんはギルさんの企業でカジノ経営を任されていましたから」
ミラは勢いよく顔を上げ、リベラの目を見た。
社会から拒絶され続けてきた彼女にとって、初めて示された具体的な必要とされる可能性だった。
「ぜひ、お願いします!」
ようやく前向きな会話が交わされた頃、ドローンがボートのデッキに着艦した。
「やっと届いた。ってあれ? これ、私が頼んだものと違うみたい」
中身を確認したミラが首を傾げる。
「ああ、私がついでに注文した水着が先に来たようですね」
リベラは箱の中から、水着を取り出した。
「どうでしょう、ミラさん。幸い、今は近くに誰もいませんし、ちょっと試着してみませんか?」
その大胆なデザインに、ミラは羞恥心よりも先に好奇心をそそられた。
誰もいない海の上ならいいかもしれない。
ミラはリベラに言われるまま船内へと向かった。
一方、メイリンは大きなエビを捕獲し、喜び勇んで船へと戻るところだった。
先にボートのラダーを登りデッキへと上がった佐々木。
するとそこには、誰もいないと思い込み、水着に着替え終えたばかりのミラが立っていた。
彼女が身につけていたのは、およそ水着とは思えないほど布地面積が極端に少ない、紐のような水着だった。
背後に立つ佐々木にいち早く気づいたリベラが、声をかけた。
「おかえりなさいませ。いかがですか? ミラさんの水着は?」
言われて振り返ったミラと、固まったままの佐々木。
2人の目がばっちりと合った瞬間。
静かなルミナスの海に、ミラの絶叫が響き渡った。




