122.失われた時間と新しい絆
ガルドたちがアヴァロンに到着してから、1ヶ月が経過し、豪華客船の基本設計は固まり、いよいよ構築が始まろうとしていた。
今日も食堂では、ガルドとアテネが並んで座り、楽しげに談笑しながら朝食をとっていた。
かつての知り合いということもあり、二人の距離は急速に縮まっているようだった。
2人から少し離れた席で、ミラが仏頂面でスプーンを動かしていた。
「なんだよ、父ちゃん取られて寂しいって年でもないだろうに」
メイリンがトレイを持ってミラの向かいに座った。
ミラは「別に……」と短く返し、言葉にできない不満を漏らす。
そんな彼女にメイリンがニヤリと笑って問いかけた。
「ミラは、アテネねーさんのこと覚えてないのかい?」
「えっ、何のこと?」
「なんかさ、ねーさんが言ってたんだけど。昔、ミラのことを抱っこしたことがあるんだってさ」
ミラは記憶の糸を辿ろうとしたが、それらしい人物を思い出せなかった。
アヴァロンに来てから皆が仕事に追われる中、特に役割のないミラはメイリンと連れ立って、最近完成した人工ビーチでダラダラと過ごすのが日課になっていた。
その日も朝食を終えると、2人はいつものようにビーチへ向かった。
メイリンが早々にサーフィンを楽しみに沖合へと消えていくと、一人残されたミラは白い砂浜に寝そべり、所在なげに空を眺めていた。
「ミラちゃん」
落ち着いた声の方に目を開けると、そこには優しく微笑むアテネが立っていた。
「最近、パパを独占しちゃってごめんね。客船の設計で詰めなきゃいけない所が多くて」
ミラは起き上がり、ずっと気になっていたことを口にした。
「アテネさん。私と昔、会った事があるんですか?」
「あら、覚えてないんだ。⋯そっか」
アテネは少し寂しそうに眉を下げた。
アテネはそれ以上、自分たちの昔の話はしたがらなかった。
代わりに、ミラにこれまでの暮らしについて尋ねた。
ミラはぽつりぽつりと、セレノグラフィアでの日々を語り始めた。
ガルドの教育方針で、学生のうちは経営に関わらせてもらえなかったこと。
卒業して父を助けようとした矢先、なぜか最終面接で必ず落とされる不可解な就職難が続いたこと。
卒業した頃には、店が立ち行かなくなったこと。
大手企業の圧力がミラの人生まで蝕んでいたことを察したアテネは、目に涙を溜めてミラを強く抱きしめた。
「大変だったんだね。ミラちゃん、よく頑張ったわね」
アテネの抱擁は、イヤな気はしなかった。
ミラは、この温もりを、どこかで経験した事がある気がした。
⋯
その夜、ガルドからの依頼でミラは仕事場へ夕食の差し入れを持って行った。
そのついでに、ガルドにアテネが自分を抱っこした事があったかを聞いた。
「そりゃ、あったろうな」
と笑うガルドだったが、アテネが当時の話を詳しくしたがらなかった事を知ると、少し考えてから話しはじめた。
「アテネがお前に言わなかったのは、お前のつらい記憶を呼び起こすのを恐れたからじゃないか。あいつがお前を抱っこしていたのは、お前の母さんが亡くなった、あの事故の頃だ」
⋯
11年前、アテネとガルド夫妻は同じ造船会社に勤め、家族も同然の月日を重ねていた。
ある時、作業現場で大事故が起き、ガルドが駆けつけたときには、妻は亡くなっており、アテネもまた、生死の境を彷徨う重傷を負っていた。
アテネはその後、大病院へと移送され、そのまま職場を去った。
幾度もの手術とリハビリ、そして以前の面影を消してしまうほどの整形。
再会したとき、ガルドでさえ彼女がかつての親友だとは、すぐにはわからないほどその姿は変わっていた。
「たしかお前、小さい頃はあいつを『あーねぇ』って呼んで、どこまでも追い回してたんだけどな」
その瞬間、ミラの記憶の霧が晴れた。
ミラはドックを飛び出し、居住区へ走った。
ラウンジでアテネの姿を見つけるなり、ミラは叫んだ。
「あーねぇ!」
今度は自分から、泣きながらアテネの胸に飛び込んだ。
「思い出したのね……ミラちゃん」
アテネはすべてを察し、愛おしそうにミラの頭をなでた。
その日、2人は朝まで、離れていた11年間を埋めるように昔の話を語り続けた。




