110.支払の義務
スパに警報が鳴り響く少し前。
ラザルスの私室に、血の気の引いた責任者が立ち尽くしていた。
「ラザルス様。支払いについてどうされますか?即座に用意できる額ではありませんが、すべての資産を渡せば⋯」
「馬鹿を言え!」
責任者の言葉をさえぎり、ラザルスが机を叩いた。
「そんな額を支払えば、ココは事実上の倒産だ。払う気など毛頭ない!」
「しかし、踏み倒しが明るみに出れば、エリュシオンのカジノとしての信用は失墜します! 運営など二度と…」
「黙れ! この事を知っているのは数人だけだ。もみ消すか、…そうだな、クレアが欲しがっていた上位契約への切り替えを盾に、どうにか話をつけろ」
責任者は絶望的な顔で首を振った。
「無理です。それが通用するのは、せいぜい2回戦、4,000億が限界でした。今の金額でそんな不公平な交渉をしても、納得する者はいません」
「であれば、⋯奴らには消えてもらうしかないな」
ラザルスは冷酷な目で実働部隊への通信機を手に取った。
責任者ももはや、主人の暴走を止める術を持たなかった。
ラザルスが実働部隊へ連絡を取ろうとしたその時、突如、部屋のスピーカーから激しい警報音が鳴り響いた。
「何事だ!? 管理部、状況を報告しろ!」
ラザルスが怒鳴ると、管理部職員の悲鳴に近い声が返ってきた。
「ラザルス様。 正体不明の小型艦が多数、このコロニーを包囲するように集結しています! その数、2,000隻』
「なに?」
ラザルスは宇宙空間の監視カメラの映像をモニターに写した。
コロニーのまわりのどの方向を向く監視カメラにも小型艦艇は映っていた。
「あの船は戦闘にドリルのようなものが着いています。おそらく敵軍に突撃し、ドリルで内部まで侵入し、大爆発を起こすのかもしれません」
その時、デスクにあるプライベート回線に強制通信が入った。
ラザルスが受話器を取ると、聞こえてきたのはリベラの冷徹な声だった。
『お支払いの準備は順調ですか? ラザルスさん』
「ふざけるな! 今はそれどころではない!」
ラザルスが叫ぶと、通信の向こうのリベラが一瞬静かになった。
「それどころではない理由とは、もしやこのコロニーを囲んでいる我々の艦隊のことでしょうか?」
「「なっ!?」」
ラザルスと責任者が声を揃えた。
あの船が佐々木たちの差し向けた軍勢であることを知らされた。
「我々が無事な間は、攻撃の予定はございません。しかし、なにか不穏な気配を掴んだので、警告のためにご連絡を差し上げた次第です。もし万が一、我々の身に何かあれば、あの艦隊はこのコロニーを宇宙の塵にするよう命じてあります」
ラザルスは崩れ落ちるように椅子に座り込んだ。
1兆もの金を奪い、さらに軍隊まで隠し持っている。
勝負など、最初からついていたのだ。
「…えない…」
「はい?今なんとおっしゃりましたか?」
「…支払えない。正直に言おう、これだけの金額、到底我々には支払うことができない」
『………。承知いたしました。では、佐々木様の判断をそのまま、お待ちください』
⋯
場面はスパへ戻る。
鳴り止んだ警報の中で、リベラが佐々木に話しだした。
「佐々木様、状況を確認しました。ラザルスは観念したようです。エリュシオンを丸ごと没収することも可能ですが、そうなればラグーナ・パレスの時のように、優秀な代行オーナーを置く必要があります」
「そうだな。……クレア、ここの管理をしたい?」
佐々木が問いかけると、クレアは晴れやかな顔で首を振った。
「いいえ。私は、佐々木さんと一緒に宇宙を回る今の生活を、何よりワクワクしてるの。オーナーに戻ってこのワクワクを手放すなんてイヤ」
彼女の瞳は本気だった。佐々木は頷き、リベラを見た。
「リベラ、何かいい折衷案はあるか?」
「では、遺恨が残らないよう、交換条件での和解をしてはどうでしょう」




