109.必滅のオールイン
淡い光に包まれた最高級のリラクゼーション・ルーム。
そこには、並んでマッサージベッドにうつ伏せで体を預ける佐々木とクレアの姿があった。
熟練のセラピストが静かに指を動かす中、クレアが隣の佐々木を見つめ、いたずらっぽく微笑む。
「ここを出ると、きっとラザルスさんから連絡が来ると思いますが、どうしましょう?」
佐々木は目を閉じ、数時間前にカジノフロアを思い起こした。
⋯
選ばれた者のみが入ることを許されるハイリミット・エリア。
その中心にあるバカラテーブルの周囲には、異様なまでの重圧が漂っていた。
「本日、ササキ様にリミットはございません。当オーナーからの指示でございます」
にこやかにそう告げる責任者に、佐々木は無表情に頷いた。
「佐々木様、でしたらいつものパターンで行きましょうか」
リベラの提案に佐々木はうなずき、バンカー側を指さした。
リベラはうなずき返し、ディーラーに伝えた。
「バンカーに1,000億クレジット」
その声にフロアが凍りついた。
責任者の顔から血の気が引く。
「しょ、少々お待ちください!すぐに確認をいたします」
責任者は震える手でラザルスの私室へ通信を試みた。
しかし、返ってきたのは苛立ちの混じったラザルスの声だった。
「今、取り込み中だと言ったはずだ! 指示は出しておいた。奴の金を一滴残らず絞り上げろと。二度と連絡してくるな!」
通信は一方的に切られた。
もう一度連絡を試みようとする責任者の背後から、退屈そうに髪を弄ぶメイリンが鋭く声を飛ばす。
「おい、いつまで待たせるんだ? そっちがリミットなしを提案してきたんだろ?お前ら、それでも宇宙有数のカジノのスタッフかよ?」
その時、無機質な表情のディーラーが責任者に小さく囁いた。
「このままお受けしても、確率論的に我々の勝利は揺るぎません。始めましょう」
「やむを得んな。始めよう」
責任者は震える声で許可を出した。
⋯
その頃、ラザルスは私室のソファーで、好みの女性スタッフを侍らせて酒を煽っていた。
「今頃あのガキは泣きべそをかいて⋯」
その言葉を遮るように、扉が激しく開かれた。
「大変です。ラザルス様!!」
「無礼者!今忙しいといったろう。お前もカジノの責任者だろう。少しぐらい負けが込んだからといって弱気になるな。相手はただの小僧だろうが」
「少しぐらい!?」
責任者は絶叫した。
「 何を言っているんですか!あの男は、最初から1,000億クレジット全額をバカラに賭けるような異常者です!」
「何度も連絡したはずです! あの男は、毎回『オールイン』で、現在すでに3連勝しています!」
「つ、つまり、いくらだ……?」
「支払いは8,000億クレジットです。今、4回目の勝負を待たせています」
「今すぐやめさせろ! いますぐだ!!」
ラザルスは、カジノフロアの映像を映し出した。
しかし、画面の中ではすでにカードが配られ終えていた。
「やめろ! 無効だ! 中止しろ!」
画面に向かって叫ぶラザルスに、責任者が絶望的な声で告げる。
「こうなっては手遅れです。この勝負、止めることはできません」
画面の中のディーラーが、震える手でカードをめくった。
『⋯さっ、佐々木様の勝利です』
静寂。
佐々木の持つ8,000億が、一瞬にして1兆6,000億クレジットへと膨れ上がった。
ラザルスの視界から色が消え、世界が灰色に染まっていった。
⋯
血相を変えてフロアへ駆けつけたラザルスにクレアは言った。
「さて、ラザルス様。どうされるおつもりですか?」
「な、なにか望みがあるのか…?」
ラザルスは掠れた声で、命乞いに近い交渉を持ちかけようとするが、リベラが冷徹に返した。
「そうですね。これで終わりということでしたら、精算をお願いします」
「い、いえ、そういう事ではなく……! なにかお望みがあるのでしたらご相談に乗りますが!」
必死に精算以外の解決策を求めるラザルス。
しかし、リベラは真顔で突き放した。
「ですから、帰りますので精算をお願いいたします」
「ぶっ、あはははは!」
その様子に、ついにメイリンが吹き出し、クレアもつられて笑い出した。
「私、せっかくだしここのリゾートエリアを楽しんでくるよ。もちろん、どこも無料なんだろ?」
メイリンが責任者に確認すると「もちろんでございます」と答えるのが精一杯だった。
「佐々木さん。私たちはリラクゼーション施設へ行きませんか?もちろん、貸し切りにできますよね?」
責任者は、考えるまもなく答えた。
「もちろんでございます。すぐに最高級の施設を、お二人だけの貸し切りでご用意いたします」
クレアは満足げに微笑むと、呆然とこちらを見つめるラザルスには一度も視線を向けることなく、佐々木を連れて優雅にその場を後にした。




