100.カジノを賭けたゲーム
レイラに連れられて降りたエレベーターの先は、まるで美術館の展示室のように、黒を基調とした広大な部屋だった。
VIPルームと同じくらいの広さの部屋の真ん中に、バカラテーブルがたった一台だけ、スポットライトを浴びて置かれていた。
佐々木とリベラが部屋に入ると、一人の女性が優雅に近づいてきた。
「ようこそ、佐々木様。わたくしがこのカジノ『ラグーナ・パレス』のオーナーを務めております、クレアと申します。インペリアル・ルームへお越しくださり、光栄でございます」
クレアは軽く頭を下げた後、ディーラー席の前に立った。
「本日、貴方様のゲームはわたくしが担当させていただきます。よろしくお願いいたします」
リベラは佐々木の方を向いた。
「佐々木様。せっかくこのような特別な場所に来たのです。ここは我々も痛みを伴って臨んではいかがでしょうか」
佐々木はリベラを見た。
「具体的には?」
「預り金の100億クレジット。その全額を、ゲームに賭けてはどうでしょう?」
クレアは、その提案を聞いた瞬間、一瞬呼吸を止めた。
アンドロイドが財産の全損を招きかねない提案をすることは、論理的に異常だった。
クレアは涼しげな顔を保っていたが、その首筋を、一筋の冷や汗がそっと伝った。
その額面が、インペリアル・ルームとしても規格外であることへの、極度の緊張の表れだった。
「それはたしかに面白いかもね」
佐々木はリベラの提案を受け入れ、テーブルの賭け位置を指で示した。
リベラは佐々木の意図を汲み取り、クレアに向かって告げた。
「賭け金は100億クレジット。こちらでお願いします」
クレアは表情一つ変えず、ディーラーとしての職務を遂行した。
ディーラーボックスから1億クレジットチップを100枚取り出し、その位置に整然とチップを並べた。
額面こそ規格外だが、クレアは呼吸を整え、ゲームの開始に備えた。
ディーラーのクレアは顔色を変えずにゲームを進行させた。
カードがオープンされると、佐々木の勝利。
初手で佐々木の前に積まれた1億クレジットのチップは倍の200枚になった。
佐々木はチップを興味なく眺めた後、再び賭けの位置を指で示した。
クレアはわずかに表情を固くしたが、すぐにプロの顔に戻った。
リベラがクレアに向けて静かに告げた。
「全額を、続行でこちらに」
クレアは佐々木の前の200枚のチップ全てを賭け位置に移動させ、ゲームを再開した。
結果は再び佐々木の勝利し、総額は400億クレジットになった。
眉間に微かな皺を刻み、佐々木に頭を下げた。
「佐々木様、申し訳ございません。チップを1億クレジットから10億クレジットに変更するため、10分間の休憩をいただけますでしょうか」
チップ交換の間、クレアはスタッフルームへ駆け込んだ。
監視チームに向かって、声をひそめながらも鋭く聞いた。
「佐々木のプレイパターン解析は?何か不正の証拠は見つかった?」
しかし、優秀なスタッフたちはで首を振るばかりだった。
「オーナー。不正な行動は何も確認できませんでした。ただの、強運としか思えません」
クレアは目を閉じて一呼吸を置き、静かに指示した。
「では、強運だとしましょう。ですが、彼は勝ち続けても表情一つ変えない。100億をはした金のように使う、あの絶対的な自信はどこから来ていると思う?」
「それもわかりません。もしかしたら本当にはした金なのかもしれません」
彼女はスタッフたちに指示を出した。
「わかりました。物理チップの在庫が尽きかける以上、何らかの対策が必要になりそうです。ハイレート・バウチャーを用意しておいて」
クレアはテーブルに戻ると、1億のチップを全て回収し、代わりに額面が10億のチップを用意した。
「お待たせいたしました、佐々木様」
佐々木の前のチップは、枚数としてはわずか40枚に集約された。
しかし、そのわずかなチップが持つ価値は、開始当初の4倍の、400億クレジットとなっていた。
佐々木は再びチップを眺め、即座に賭け位置を指で示した。
リベラは即座にクレアに伝えた。
「全額、続行で」
クレアは10億チップ40枚を指示の位置に移動させ、ゲームを再開した。
結果は佐々木の勝利。
チップ総額は800億クレジットになった。
クレアの経験でも、10億クレジットのチップをこれほど大量に扱ったことは今までになかった。
いつものゲームの風景ながら、その払い出されたチップの額面と数、そしてそれらがテーブル上で放つ桁違いの威圧感が、このゲームの異常さを雄弁に物語っていた。
チップは合計80枚となり、佐々木側のテーブルを占拠した。
佐々木はチップを無造作に横にやり、次の賭けの位置を指で示した。
リベラは即座にクレアに伝えた。
「全額、続行で」
クレアは沈黙し、佐々木の80枚のチップ全てを賭け位置に移動させた。
結果は佐々木の勝利。
チップの総額は1600億クレジットになった。
チップは合計160枚となった。
クレアはディーラーボックスの裏側を見た。このインペリアル・ルームに用意された10億クレジットチップ500枚のうち、既に160枚がテーブルの上に引っ張り出され、残りは340枚。
次に負けても、支払いは賄えるが、その次はいよいよ物理チップでは賄いきれない。
クレアの考えをよそに、佐々木は、次の賭けの位置を指で示した。
クレアの視線はテーブルのチップではなく、佐々木自身に向けられていた。
結果は佐々木の勝利。
チップの総額は開始30分で10億クレジットのチップ320枚の、3200億クレジットにまでなった。
クレアはテーブルに山積みにされたチップを一掃し、代わりに佐々木の前に手のひらサイズの黒いデジタル・プレートを一つ置いた。
「これより、物理的なチップの代わりに、デジタル・バウチャーで対応させていただきます。現在の総額は、こちらのプレートに記録いたしました。このプレート自体が、貴方様の賭け金となります」
そこから、佐々木はさらに勝利した。
プレートの表示額は、3200億から6400億クレジットに達した。
デジタルのゼロの異様な数にクレアは深く息を吸い込んだ。
その瞳はもはや恐怖ではなく、極限の勝負に挑むギャンブラーの輝きを帯びていた。
クレアは覚悟を決め、宣言した。
「佐々木様。わたくしどもの持つ全運営資産をもってしても、次がお受けできる最後の勝負となります」
「わたくしどものカジノ『ラグーナ・パレス』そのすべてを、この最後のゲームに賭けさせていただきます。これこそが、わたくしがお出しできる最高のおもてなしです。どうでしょう、これで『ヒリヒリ』は満たされますでしょうか?」
佐々木は、そのクレアの目を見据えたまま、静かに頷いた。
「はい。今、とてもたのしいです」
佐々木は、ただ勝利を確信したように微笑んだ。
そして、最終カードがオープンされると同時に、カジノの敗北が決定した。




