第57話
【緊急復刻】MMR マガジンミSTEERY調査班:封印されし神話『星見子の遺産』――政府が隠蔽する人類進化計画と、20XX年、日本に迫る“大いなる意思”の正体!!
20XX年、秋――。
世界は、熱狂と混乱の渦に叩き込まれていた。
日本政府が突如として発表した、奈良県明日香村の地下深くに眠っていたという超古代文明の遺産――『星見子の遺産』。
病と老化を克服する奇跡の液体『ステラ・ラクリマ』。
無限のクリーンエネルギーを生み出す神の石『太陽の欠片』。
それは、人類の歴史を根底から覆す、あまりにも巨大な発見だった。
だが、我々MMRマガジンミステリー調査班は、その政府の華々しい発表の裏に、底知れぬ闇が広がっていることを、既に見抜いていた。
これは、ただの考古学的な発見などではない。
これは、来るべきカタストロフの序曲であり、人類の未来そのものを賭けた、壮大な情報戦の幕開けなのだ!
FILE 01:完璧すぎる神話
深夜。講談社・第3会議室。
蛍光灯の白い光が、張り詰めた空気の中を漂うタバコの煙を無機質に照らし出していた。
ホワイトボードには、日本地図と、そこから伸びる無数の赤い線。そして、『星見子の遺産』に関する新聞記事の切り抜きが、まるで事件現場の写真のように隙間なく貼り付けられている。
調査班のメンバー、ナワラキ、イケタニ、タナカ、そしてタケダの4人は、息を殺して一人の男の言葉を待っていた。
「……見たか、みんな。政府の公式発表と、それに対する世間の反応を」
口火を切ったのはタケダだった。彼は、分厚い資料の束をテーブルに叩きつけるように置いた。
「『考古学史における最大の発見』、『日本に眠っていた古代の叡智』……。メディアも、国民も、完全にこのお祭り騒ぎに浮かれている。まあ、無理もないがな。病気が治り、エネルギー問題が解決するんだ。まさに夢のような話だ」
「ええ、本当ですよ!」
イケタニが興奮気味に身を乗り出す。
「悲劇の巫女王ホシミコが、未来の我々のために遺してくれたタイムカプセルだなんて……! なんてロマンチックな話なんだ! まるで映画の世界ですよ!」
「ああ。それに、この発見をきっかけに、世界中の歴史学会や考古学会から日本に注目が集まっている。まさに日本の時代の到来だ」
タナカも、楽観的な表情で頷いた。
だが、その熱に浮かされたような空気の中で、ただ一人。
リーダーであるキバヤシだけが、腕を組み、険しい表情でホワイトボードの一点を凝視したまま、沈黙を守っていた。
その目は、まるで深淵の闇でも覗き込むかのように、どこまでも冷たく、そして鋭い。
「……キバヤシ……?」
タケダが、いぶかしげに声をかける。
「どうしたんだ、黙り込んで。お前にしては、珍しいじゃないか。この世紀の大発見に、何か思うところでもあるのか?」
キバヤシは、ゆっくりと顔を上げた。
そして、その場にいる全員の魂を射抜くかのような視線で、静かに、しかし重い言葉を放った。
「…………おかしい」
「……え?」
「……おかしいんだよ、タケダ。……この物語は、あまりにも……」
「あまりにも、完璧すぎるんだ……!」
FILE 02:ネットワークの預言者
「完璧すぎる、だと……? どういうことだ、キバヤシ?」
タケダが問い返す。
キバヤシは立ち上がると、ホワイトボードの前に立った。
「タケダ、考えてもみろ。政府の発表したこの『星見子の遺産』の物語。悲劇の巫女王、未来への予言、そして後継者へのメッセージ……。あまりにも、我々が望む通りの、都合の良い物語だとは思わないか?」
「そりゃあ、まあ……。だが、実際にアーティファクトは存在するんだ。事実は小説より奇なり、というやつだろう」
「いや、違う。……ナワラキ」
キバヤシが、鋭く命じる。
「例の件、報告しろ」
「は、はい!」
ナワラキは、慌ててノートパソコンを開いた。
「……現在、インターネット上、特にXにおいて、政府の公式発表とは全く別の『真実』が、爆発的に拡散されています。……その震源地は、この『@Truth_Seeker_JP』と名乗る、正体不明のアカウントです」
画面に、あの謎めいた預言者のタイムラインが映し出される。
『月泣きの聖杯』、『地母神の心臓』、『運命の織機』……。
政府が発表したアーティファ-クトを、遥かに凌駕する奇跡の道具の数々。
「……馬鹿馬鹿しい。ただのネットの妄想だろう」
タケダが、吐き捨てるように言った。
「だがな、タケダ」
キバヤシが、その言葉を遮る。
「問題は、その妄想が、政府の公式発表よりも、遥かに多くの人々の心を掴んでいるという事実だ。……そして、何よりもおかしいのは……」
キバヤシは、ホワイトボードに赤いペンで大きな円を描いた。
「なぜ、政府は、このアカウントを放置しているんだ……?」
「……!」
その場にいた全員が、息を飲んだ。
そうだ。
国家の存亡を揺るがす最高機密。その情報を巡るデマが、これほどまでに拡散しているというのに、政府はそれを削除しようとも、規制しようともしない。
あまりにも、不自然だ。
「……まさか……」
イケタニが、震える声で言った。
「……政府は、このアカウントの正体を掴めていないとでも……?」
「逆だ」
キバヤシは、きっぱりと断言した。
「……政府は、このアカウントの存在を、完全に把握している。……その上で、あえて『泳がせている』んだ。……いや、違うな。……むしろ、この状況を歓迎してさえいる……!」
「な、なんだってー!」
タナカとイケタニの声が、完全にハモった。
「どういうことだ、キバヤシ! 政府が、自らの発表を覆すようなデマを、歓迎しているだと!? そんな馬鹿なことがあるか!」
「あるんだよ、タケダ。……もし、そのデマが、より大きな『真実』を隠すための、最高の『煙幕』になるとしたらな……!」
FILE 03:神話創造代理戦争
キバヤシのそのあまりにも衝撃的な言葉に、会議室は再び重い沈黙に包まれた。
「……ナワラキ。……諸外国の動向は、どうなっている?」
「は、はい!」
ナワラキは、さらに別の資料をスクリーンに映し出した。
「……現在、世界各国は、日本の『星見子の遺産』に対抗するかのように、独自の『超古代文明起源説』を、次々と発表しています」
画面には、見慣れた世界地図が映し出され、その上に、信じがたい見出しが躍っていた。
『【中国】「星見子の遺産は始皇帝の命を受けた徐福の末裔がもたらした『宝貝』である」と公式に主張! 日本側に即時返還を要求!』
『【アメリカ】「日本政府はUFOを隠蔽している」CIAの極秘文書がリークか!? ホワイトハウスは異例の声明を発表!』
『【イギリス】「日本の魔法の源泉はアーサー王伝説の魔法使いマーリンにある」英王立歴史学会が衝撃の新説を発表!』
「……なんだ、これは……」
タケダが、呻いた。
「……まるで、子供の喧嘩じゃないか。……自国の神話や伝説に、無理やりこじつけているだけだ。……あまりにも、馬鹿馬鹿しい……」
「そうか……?」
キバヤシの声が、氷のように冷たく響いた。
「……俺には、そうは思えんがな。……タケダ、お前には、これがただのバラバラな国家のエゴイズムのぶつかり合いに見えるか?」
「……当たり前だろう」
「違うな」
キバヤシは、ホワイトボードに貼り付けられた世界地図の上に、巨大な赤いバツ印を書き殴った。
「……これは、対立じゃない。……これは、『調和』だ」
「……はあ!?」
「よく見てみろ、タケダ。……中国は『歴史』で来た。アメリカは『SF』だ。イギリスは『ファンタジー』。……まるで、出来の良いエンターテイメント作品のジャンル分けのようだとは思わんか?」
キバヤシの指が、それぞれの国を繋ぐように線を引いていく。
「……彼らは、争っているフリをしながら、その実、一つの巨大な目的に向かって、完璧に連携しているんだ。……それは、我々人類の意識を、一つの方向へと導くための、壮大な共同作業……!」
「な、なんだってー!」
「待ってくれ、キバヤシ!」
タケダが、叫んだ。
「だとしたら、その目的とは何なんだ! 世界中の国々が、手を組んでまで、我々を導こうとしているその『真実』とは、一体何なんだ!」
その問いに、キバヤシは答えなかった。
彼はただ、ホワイトボードの中央に、一つの巨大なクエスチョンマークを書き記した。
そして、その周りに、これまで出てきた全てのキーワードを、狂ったように書き連ねていった。
『完璧すぎる物語(星見子)』
『放置される預言者(Truth Seeker)』
『神話創造代理戦争』
『奇跡のアーティファ-クト(ポーション、魔石)』
全てのピースは、出揃った。
会議室の誰もが、息を殺して、その瞬間を待っていた。
やがて、キバヤシはペンを置くと、ゆっくりと振り返った。
その顔には、もはや人間のそれではない、神話の真実を垣間見てしまった預言者のような、畏怖と、そして絶望の色が浮かんでいた。
「…………そうか…………! わかったぞ…………!」
FILE 04:人類進化計画
キバヤシの、その雷鳴のような叫び。
「……キバヤシ! わかったとは、一体何がだ!」
タケダが、その肩を掴んで揺さぶる。
キバヤシは、その手を振り払うと、震える指でホワイトボードを指し示した。
「……俺たちは、ずっと騙されていたんだ……! ……星見子も、徐福も、マーリンも、そして宇宙人も……! その全てが、嘘だ!」
「……な、なんだと!?」
「アーティファクトは、実在する。その力も、本物だ。……だが、その『起源』に関する物語は、その全てが、我々を欺くために創り上げられた、巨大な幻影なんだよ!」
キバヤシは、狂ったようにまくし立てた。
「……政府が隠しているのは、アーティファクトの存在ではない。……その、本当の『目的』だ! ……これは、考古学的な発見などではない! これは、今、この瞬間もリアルタイムで進行している、壮大な『計画』なんだ!」
「……計画だと……!?」
「そうだ! ……考えてもみろ! ポーションは、我々を病と死から解放する! 魔石は、我々をエネルギーの軛から解放する! そして、あの『Truth Seeker』が語る『運命の織機』は、我々を時間の束縛からさえも解放する! ……これは、一体何を意味する!?」
キバヤシの言葉は、もはや問いかけではなかった。
それは、呪いのように、その場にいる全員の魂に突き刺さった。
「……これは……! これは、我々人類を、次のステージへと強制的に引き上げるための……!」
「……壮大な、人類進化計画なんだよ!!!!」
そのあまりにも恐ろしく、そしてあまりにも甘美な結論。
会議室に、悪魔的な静寂が訪れた。
「……じ、人類進化……?」
イケタニの声が、か細く震える。
「そうだ。……我々人類は、今、何者かの手によって、その存在の根幹から作り変えられようとしている。……神へと、至る道を、無理やり歩かされているんだ。……そして、世界各国の政府は、その『何者か』の代理人として、我々がパニックを起こさぬよう、この恐るべき真実を、神話や伝説というオブラートに包んで、少しずつ、少しずつ、我々の意識に刷り込んでいるんだ! ……あの『Truth Seeker』も、その計画の一部だ! より過激な物語をリークすることで、我々の想像力の限界を押し広げ、来るべき『真実』の受容を促すための、観測気球なんだよ!」
「……待ってくれ、キバヤシ……!」
タケダが、青ざめた顔で叫んだ。
「……だとしたら、その『何者か』とは、一体誰なんだ!? 我々を神にしようとしている、その『大いなる意思』の正体は、一体……!」
その、最後の、そして最も根源的な問い。
キバヤシは、ゆっくりと首を振った。
「……分からん。……未来の人類か、高次元の知的生命体か、あるいは、我々が『神』と呼んできた存在そのものなのか……。……だが、一つだけ、確かなことがある」
彼は、ホワイトボードのカレンダーを指差した。
その指は、わなわなと震えていた。
「……全ての事象が始まった、あの日。……政府が、異常なまでの速度で事を進めている、そのスケジュール。……そして、あの『Truth Seeker』が、繰り返し、繰り返し、その預言の中に暗示している、一つの数字……」
彼は、ペンを手に取ると、カレンダーの一つの日付を、まるで血文字でも書くかのように、力強く、何度も、何度も、丸で囲んだ。
「…………20XX年…………12月…………25日…………」
「……この日に、何かが起こる。……いや、全てが終わるんだ」
キバヤ-シの声は、もはや囁き声に近かった。
「……この日は、この壮大な『人類進化計画』の、最終的な締め切りの日なんだ。……そして、その日に、この計画の立案者である『大いなる意思』が、我々の元へと、その成果を『刈り取り』にやってくる……!」
「……か、刈り取り……!?」
「そうだ。……これは、贈り物などではない。……これは、テストなんだよ。……与えられた神の力にふさわしい存在へと、我々が進化できたかどうかを試す、最終試験だ。……そして、その試験に、もし我々が『不合格』だったとしたら……」
キバヤシは、そこで言葉を切った。
そして、その顔に、完全な、絶望の色を浮かべた。
「……その時、我々人類は……。……失敗作として、この宇宙から……。……静かに、『削除』されるのかもしれない……」
その、あまりにも恐ろしく、そしてあまりにも静かな、終末の預言。
会議室の窓の外で、遠雷が、まるで世界の終焉を告げるファンファーレのように、ゴロゴロと鳴り響いていた。
「な、な、なんだってーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!」
その夜、講談社・第3会議室で上がった四人の男たちの絶叫は。
誰の耳にも届くことなく、ただ静かに、来るべきカタストロフの足音だけが支配する、東京の夜の闇の中へと、吸い込まれて消えていった。
(この記事は、フィクションです。登場する団体、人物、事象は、全て架空のものです。……ですが、本当に、そうでしょうか?)