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第5話

 一ヶ月。

 新田にった はじめが、自らに、そして日本の科学界に与えた猶予期間だ。

 あの日、全ての研究機関に定型文のメールを叩きつけて以来、彼のフリーメールアドレスに殺到していたメールの嵐は、ぴたりと止んだ。まるで、巨大なダムの放流が、一斉にゲートを閉じたかのように。

 それは、彼らが諦めたからではない。むしろ逆だ。

 創の放った「一ヶ月後」という言葉を、彼らは神の託宣のように受け止め、その日時に向けて、国家レベルでの準備を水面下で着々と進めているに違いなかった。テレビのニュースも、あれ以来つくばの研究所の封鎖についてはピタリと報道しなくなった。だが、それこそが事態がより深刻で、より機密性の高いステージへと移行したことの、何よりの証拠だった。


 創は、その静寂の中で、着々と次の計画を進めていた。

 プロジェクト計画書のノートには、新たな項目が力強い文字で書き加えられている。


【プロジェクト名:俺の安全保障計画(魔法習得編)】


 金を手に入れる算段はついた。暗号通貨という現代の錬金術が、それを可能にしてくれるだろう。

 だが、金では買えないものがある。安全だ。

 どれほどの富を築こうと、今の自分はあまりにも無力で、無防備すぎる。異界渡りで逃げることはできても、それは所詮対症療法でしかない。根本的な解決――すなわち、誰にも脅されないための絶対的な「力」を手に入れる必要がある。

 それが、魔法だった。


「問題は、どんな世界に行くかだ…」


 創はパソコンの前に座り、キーボードの上で指を組んだ。

 画面には、様々な画像が開かれている。剣と魔法を描いたファンタジー映画のワンシーン。緻密な設定が書き込まれたRPGの攻略サイト。魔法学校を舞台にした海外の有名小説のファンアート。

【異界渡り】の鍵は、イメージの具体性。

 漠然と「魔法が使える世界」と願うだけでは、どんな危険な場所に飛ばされるか分からない。いきなりドラゴンの巣のど真ん中や、魔王軍との戦争の最前線に放り出される可能性だってある。

 そんな博打は打てない。

 元プロジェクトマネージャーとして、彼はこれから向かうべき世界の「要件定義」を厳密に行う必要があった。


 創はノートを開き、ペンを走らせ始めた。


【次期転移先・世界要件定義書】


 目的の明確化:


 最優先目的:実用的かつ強力な「自衛魔法」を、短期間で安全に習得すること。


 副次目的:可能であれば、生活を豊かにする便利魔法も習得する。


 必須要件(Must Have):


 教育システムの確立: 魔法が、一部の天才や血筋だけの特殊技能ではなく、理論に基づいた「学問」として体系化されていること。誰にでも学べる、再現性の高い教育カリキュラムが存在する。


 安全性: 世界全体が比較的平和であること。少なくとも、魔法を学ぶ教育機関の周辺は、安全地帯として確立されている。戦争や魔物の脅威に常に晒されているような環境はNG。


 オープンな環境: 教育機関が、排他的な秘密結社や特定の種族だけのものではなく、外部の人間(俺のような素性の知れない男)でも比較的寛容に受け入れてくれる門戸の広さを持っていること。


 推奨要-件(Want Have):


 コストの低さ: 入学金や授業料が法外な金額ではないこと。あるいは、後払いシステムや奨学金制度のようなものが存在する。


 言語の互換性: 現地で話されている言語が、日本語あるいはそれに近い言語体系であること(これは能力の補正でなんとかなるかもしれないが…)。


 インフラの整備: ある程度の文明レベルが保たれており、最低限の衣食住に困らない環境であること。


「……こんなもんか」

 創は、自分が書き出したリストを眺め、満足げに頷いた。

 まるで、新しいWebサービスの開発要件定義書だ。だが、これから作るのはサービスではない。俺が行くべき、理想の世界そのものだ。


 彼は、これらの条件を満たす完璧な世界像を頭の中で構築し始めた。

 それは、彼が今まで吸収してきた数多のファンタジー作品の知識の集大成ともいえる作業だった。

 まず舞台は、「学院」だ。それも、巨大で歴史と権威のある、総合的な魔法教育機関。

 外観は、イギリスの古城のような荘厳なゴシック建築。天を突く尖塔がいくつもそびえ立ち、その間を箒に乗った生徒たちや、翼を持つ使い魔たちが飛び交っている。

 学院の門をくぐれば、そこはまさに魔法の世界。宙に浮かぶ無数の蝋燭が高い天井を照らし、壁にかけられた肖像画たちがおしゃべりをしている。動く階段が、生徒たちを目的の教室へと運んでいく。

 そうだ。ハリー・ポッターの世界観やんけ、とセルフツッコミを入れたくなるような、王道で分かりやすい世界。


 そして、そのシステム。

 血筋や家柄は一切問われない。入学資格は、ただ一つ。「魔法を学びたい」という強い意志だけ。

 魔法は、感覚や才能ではなく、厳密な理論と法則に基づいている。魔素マナの物理的性質、呪文の音韻構造学、魔法陣の幾何学。それらを、座学と実践で段階的に、誰でも学べるようになっている。

 まるで、大学の授業のようだ。いや、それこそが論理的思考を得意とする俺にとって、最も効率の良い学習環境のはずだ。


 創は目を閉じ、その光景を脳裏に焼き付けた。

 石造りのひんやりとした廊下の感触。古書のインクと羊皮紙の匂い。遠くから聞こえる呪文の詠唱と、時折響く小さな爆発音。生徒たちの楽しげな笑い声。

 完璧だ。

 これ以上ないほど具体的で、鮮明なイメージが完成した。

 これならば、きっと行ける。

 俺の理想の魔法学院へ。


 創は、立ち上がった。

 心臓が、期待と、そしてわずかな恐怖で高鳴っている。

 もし失敗したら?

 もしこのイメージが、悪意を持って解釈され、拷問が学問として体系化された地獄のような学校に飛ばされたら?

 いや、弱気になるな。

 俺には、これしかないのだ。

 一ヶ月後、世界の権力者たちと渡り合うために、俺は力を手に入れなければならない。


 創は部屋の中央に立ち、大きく息を吸った。

 そして、構築した完璧なイメージに意識を全集中させる。

 誰でも魔法の習得が簡単に出来る世界。

 そのための、巨大でオープンで安全な学院へ。


「――異界渡り!」


 声に出して、そう唱えた。

 次の瞬間、世界が白い光に包まれた。

 今までの、視界が歪むような感覚とは少し違う。まるで、全身が優しい光の粒子に分解され、再構築されるかのような、不思議で心地よい感覚。


 そして、光が収まった時。

 創は、立っていた。


 目の前に広がっていたのは、まさに彼がイメージした通りの光景だった。

 まず目に飛び込んできたのは、天を摩する巨大な城。磨き上げられた黒曜石で造られたかのような、荘厳なゴシック建築の学院が、小高い丘の上に圧倒的な存在感を放ってそびえ立っている。

 城の周りには、深い、深い森が広がり、その向こうには鏡のように澄み切った巨大な湖が見えた。

 空は、どこまでも澄んだ青。

 そして、その空を何人もの黒いローブを着た少年少女たちが、一本の箒にまたがって楽しそうに飛び回っていた。時折、グリフォンのような翼を持つ幻獣の背に乗った教師らしき人物の姿も見える。

 城の数え切れないほどの窓からは、色とりどりの光が漏れ、時折ポンという可愛らしい爆発音と共に、紫色の煙が上がっていた。


「…………」


 創は、呆然とその光景を見上げていた。

 あまりにも完璧すぎた。

 自分の妄想が、寸分違わず現実となって目の前に広がっている。


「……ハリー・ポッターの世界観やんけ……」


 思わず、心の声がそのまま口から漏れた。

 だが、感動に浸ってばかりもいられない。

 彼は、自分が学院へと続く一本道の、その入り口に立っていることに気づいた。道は綺麗に石畳で舗装され、多くの生徒たちが行き交っている。

 彼らの服装は、一様に黒を基調とした質の良いローブだ。胸には、それぞれ動物をモチーフにした刺繍の紋章がついている。寮か、あるいは学年を表しているのかもしれない。

 人種も様々だった。金髪碧眼の西洋人風の生徒もいれば、褐色の肌を持つ生徒、そして耳の尖ったエルフのような種族や、小柄で屈強なドワーフのような種族の姿も、ちらほらと見受けられた。

 まさに、ファンタジーの世界。

 そして誰も、創のユニクロのTシャツとカーゴパンツという奇妙な出で立ちを気にする様子はなかった。皆、自分の話に夢中だったり、教科書らしき分厚い本を読みながら歩いていたりと、他人に無関心な様子だ。

 創は、ほっと胸を撫で下ろした。

 これなら、大丈夫そうだ。


 彼は意を決して生徒たちの流れに乗り、学院へと続く道を歩き始めた。

 巨大なアーチ状の門をくぐる。

 そこから先は、まさに魔法のオンパードだった。

 玄関ホールに入ると、天井には本物の夜空が映し出されており、無数の蝋燭がその下をゆらゆらと漂っている。壁には数え切れないほどの肖像画が飾られ、その中の騎士や貴婦人たちが井戸端会議に興じていた。創が通りかかると、何人かがこちらを見て、ひそひそと噂話をしているのが聞こえる。

「見ない顔だね」「新入生かい?」「それにしちゃあ、年を食ってるようだが」

 創はぎこちなく会釈をしながら、その場を通り過ぎた。


 彼の目指す場所は一つ。受付だ。

 幸い、ホールの一角に「総合受付(General Information)」と書かれた分かりやすい看板が吊り下げられていた。

 彼はカウンターへと向かう。

 そこには、銀髪をきっちりとした夜会巻きに結い上げた、いかにも魔女といった風情の、しかし優しそうな目をした初老の女性が座っていた。


「ごきげんよう。何かお困りかしら?」

 女性は、穏やかな声で創に尋ねた。

 その言葉が、ごく自然に日本語として創の耳に届いた。どうやら、言語の問題は異界渡りの能力が自動的に補正してくれているらしい。


 創は、緊張で少しだけ声が上ずりそうになるのを、必死にこらえた。

「あ、あの……すみません。旅の者なのですが……」

 彼は、できるだけ怪しまれないように、当たり障りのない設定を口にした。

「こちらでは、その……魔法を学ぶことはできますでしょうか?」


 創の言葉に、受付の女性はにっこりと微笑んだ。

「まあ、新入生志望の方でしたの。ええ、もちろんできますとも。この大魔法学院『アカデメイア・アークス』は、志ある者ならば誰でも、いつでも歓迎いたしますわ」

 その言葉に、創は心の中でガッツポーズをした。

 計画通りだ。


「それで、お名前は?」

「は、はい。新田 創と申します」

 創がそう名乗ると、女性は目の前の何もない空間にすっと手をかざした。

 すると、どこからともなく一枚の古い羊皮紙がふわりと現れる。

 女性は、その羊皮紙に羽ペンを走らせた。

「ニッタ……ハジメ様。ええと、所属国家は……」

「……ニホンという国から」

「ニホン……聞いたことのない国ですわね。まあ、よろしいでしょう」

 女性は特に気にした様子もなく、さらさらとペンを動かしていく。

「入学金は金貨十枚。授業料は一年で金貨百枚となっておりますが……」

 その言葉に、創の顔がさっと青ざめた。

 金貨百十枚。それがどれくらいの価値なのか見当もつかないが、今の創には異世界の通貨など一銭も持ち合わせていない。

 まずい、と思ったその時。

 女性は創の表情を読み取ったのか、くすくすと笑った。

「ご心配なく。当学院には、『卒業後出世払い制度』というものがございます。ほとんどの生徒がこれを利用していますわ。魔法使いになれば、金貨百枚などすぐに稼げますからね」

 なんと都合の良い。

 創は、安堵の息を漏らした。


「それではハジメ様。最後に、簡単な魔力適性の測定をさせていただきますわね」

 女性はそう言うと、カウンターの上にあった水晶玉をこちらに差し出した。

「さあ、この水晶に手を触れてみてくださいな」


 創は言われるがまま、恐る恐るそのひんやりとした水晶玉に手を触れた。

 その瞬間だった。


 水晶玉が、閃光と呼ぶのもおこがましいほどの、凄まじい輝きを放ったのだ。

 まるで、太陽が目の前で爆発したかのような圧倒的な光量。

 カウンターが、受付ホール全体が真っ白な光に包まれ、創は思わず目を閉じた。

 周囲から「きゃあ!」「なんだ!?」という生徒たちの悲鳴が聞こえる。

 受付の女性の「まあ……!」という、絶句したような声も。


 やがて光が収まった時。

 創が、おそるおそる目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 先ほどまでただの透明な水晶玉だったものが、七色の美しい光を内側から放ち、明滅を繰り返している。そして、その表面には蜘蛛の巣のように、びっしりと無数のヒビが入っていた。


「……測定器が……壊れた……? 千年以上使われ続けてきた伝説の『真実の水晶』が……こんなことは、学院創立以来初めて……」

 受付の女性が、わなわなと震えながら呟いている。

 周囲には、いつの間にか人だかりができていた。生徒も、教師らしきローブの大人たちも、誰もが信じられないものを見るような目で、創と輝く水晶玉を交互に見つめている。


「……あの、すみません、俺、何かやっちゃいました?」

 創が気まずそうにそう尋ねると、人だかりの中から一人の威厳のある、長い白髭をたくわえた老人が進み出てきた。

 その胸の紋章は、他の誰よりも複雑で豪華なものだった。

 学院長か、あるいはそれに近い地位の人物だろう。


 老人は創の目の前に立つと、その鋭い目で創の全身を舐め回すように見つめた。

 そして、やがてゆっくりと口を開いた。

「……名は、何と申す」

「に、新田 創です」

「そうか、ハジメと申すか……」

 老人は水晶玉にちらりと視線を移すと、再び創に向き直った。

 その顔には、驚愕と、困惑と、そしてなによりも歓喜の色が浮かんでいた。

「……小僧。いや、ハジメ殿。君は、自分が何者か分かっておるのか?」

「へ? いや、ただの無職ですが……」

 創の間の抜けた答えに、周囲からくすくすという笑い声が漏れた。

 しかし、老人は笑わなかった。

 彼は厳粛な面持ちで、こう宣言したのだ。


「君の魔力量は、測定不能。規格外だ。それは、もはや人の身に宿る量ではない。古の神話の時代の大魔法使い……いや、神そのものに匹敵する」


 その言葉に、ホールは水を打ったように静まり返った。

 そして、その静寂を破ったのは、やはり学院長らしき老人の声だった。


「ようこそ、アカデメイア・アークスへ、新田 創殿。君のような逸材の入学を、我々は心より歓迎する」


 ◇


 その日から、新田 創の魔法学院での前代未聞の伝説が始まった。

 彼が最初にその異常な才能を見せつけたのは、入学初日の最初の授業、「基礎魔素操作論」でのことだった。


「――よろしいかな、新入生諸君。魔法とは、すなわち世界に満ちる根源エネルギー『魔素マナ』を、術者の意志の力によって編み上げ、望む事象を顕現させる技術のことである!」

 教鞭を執るのは、いかにもカタブツといった印象の、角眼鏡をかけた中年男性の教師だった。

「その第一歩は、自分自身の内なる魔素を感じ、そして体外へと放出すること。さあ諸君、やってみたまえ。手のひらに意識を集中し、そこに小さな光の玉を創り出すのだ」


 教室内の数十人の新入生たちが、真剣な面持ちで自分たちの手のひらを見つめている。

 うーん、うーんと、唸り声があちこちから聞こえてくる。

 やがて、何人かの才能のある生徒の手のひらに、米粒ほどのか細い光がぽつり、ぽつりと灯り始めた。

「おお、光ったぞ!」「すごい!」

 教室が、わずかにざわめく。

 教師は、満足げに頷いた。

「うむ。筋が良いな。初日でここまでできれば上出来だ。できない者も焦る必要はない。この感覚を掴むまでに、普通は一週間はかかるものだからな」


 創もまた、周りの生徒たちに倣い、自分の手のひらを見つめていた。

(内なる魔素を感じ、体外へ放出する……)

 教師の説明は、驚くほどすんなりと創の頭に入ってきた。

 それは、元プロジェクトマネージャーとして、数々の複雑なシステムの仕様書を読解してきた経験のおかげかもしれない。

 魔素とは何か。それはどういう性質を持ち、どうすればコントロールできるのか。

 彼の頭脳は、魔法という未知の現象を、まるで新しいプログラミング言語を学ぶかのように論理的に解析し、理解していく。


 そして彼には、もう一つ、他の誰にもない圧倒的なアドバンテージがあった。

【異界渡り】。

 その能力は、創の魂をこの世界の法則に強制的に最適化させていたのだ。

 彼の体は、この世界の根幹をなすエネルギーである「魔素」に対して、生まれながらの住人たちとは比較にならないほどの、異常な親和性を持っていた。

 感じるのではない。

 分かるのだ。

 血の流れのように、呼吸のように、魔素が自分の中を駆け巡っているのが。


 創は、教師の言葉通り手のひらに意識を集中させた。

 そして、体内の魔素をほんの少しだけ、そこに送り込むイメージを描いた。

 次の瞬間。


 ゴウッ!!!


 凄まじい音と共に。

 創の手のひらから、教室の全ての照明が色褪せて見えるほどの、眩い純白の光球が迸った。

 その大きさは、もはや「光の玉」などという可愛らしいものではない。

 直径一メートルはあろうかという、灼熱の光の塊。

 それは、もはや小さな太陽だった。


 教室中の全ての視線が、創の手に釘付けになる。

 生徒たちは、開いた口が塞がらない。

 教鞭を執っていたあのカタブツの教師でさえ、自慢の角眼鏡をずり落とし、わなわなと震えている。


「な……な……」

 教師が、何かを言おうとする。

 だが、創はそれどころではなかった。


(うわ、熱っ! 熱い、熱い! 消えろ、消えろ!)

 光の太陽は、凄まじい熱を発していた。創の手のひらが、ジリジリと焦げ付きそうだ。

 彼は慌てて、魔素の供給を断ち切るイメージをした。

 すると、光はすっと跡形もなく消え去った。


 教室に、再び静寂が戻る。

 その静寂を破ったのは、教師の裏返った声だった。


「……き、君……名前は……」

「は、はい。新田 創です」

「ニッタ……ハジメ君……君は……本当に、今日初めて魔法を……?」

「は、はい。たぶん……」

 創が曖昧にそう答えると、教師は天を仰いだ。

 そして、絞り出すように言った。


「……ば、馬鹿な……こんなことが……ありえるのか……。基礎魔素操作どころではない……これはもはや、高位の光属性魔法の領域だ……!」


 教師は、ふらふらと創の元へ歩み寄ると、まるで神を見るかのような目で創を見つめた。

「……学院でも随一の天才と褒め称えるべきか……いや、違う……君はもはや、天才などという言葉で括れる存在ではない……!」


 創は、ただ困惑して頭を掻くことしかできなかった。

(え、俺、またなんかやっちゃいました?)

 そんな彼のとぼけた内心とは裏腹に。

 この日を境に、「規格外の転校生、ハジメ・ニッタ」の噂は、学院中を光の速さで駆け巡ることになるのだった。

 自衛手段の確保という、ささやかな目的でこの世界に来たはずの三十五歳の無職は、本人の意思とは全く無関係に、伝説への第一歩を踏み出してしまったのである。

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