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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第49話

 神が去った後の静寂は、新たな狂騒の序曲だった。

 賢者・猫が、まるで子供の気まぐれのように「貸し与えて」いった三種の神器。そのあまりにも巨大で、そしてあまりにも理解不能な奇跡を前に、日本の国家中枢は、集団的な精神崩壊の淵からかろうじて、しかし驚くべき速度で立ち直りつつあった。

 いや、正確に言えば、彼らは「狂気」を新たな「日常」として受け入れたのだ。

 官邸の地下深くに広がるプロジェクト・キマイラの作戦司令室。その空気は、ここ数日の間に、絶望的な、奇妙なまでに落ち着き払った、そしてどこか開き直ったかのような、したたかな覚悟へとその質を変えていた。

 彼らは、もはや神の気まぐれに、ただ怯えるだけの哀れな信徒ではなかった。

 彼らは、自分たちの神が、全知全能であると同時に、予測不可能な、そして最高に悪趣味なインターネット・トロールでもあるという、不都合すぎる真実を受け入れた。

 そして、その神をいかにして「おだて」、いかにして「掌の上で踊っているフリ」をしながら、その実、自分たちの国家の利益という現実的な果実を最大限にもぎ取るか。

 そのあまりにも不遜で、そしてあまりにも人間臭い新たなゲームのルールを、彼らは驚くべき速度で学習し始めていたのだ。


「……では、始めましょうか」

 巨大な円卓を囲むこの国の最高首脳たちを前に、橘紗英は、いつもの氷のように冷徹な、しかしその奥に鋼のような揺るぎない覚悟を宿した声で口火を切った。

 彼女の背後の巨大なホログラムスクリーンには、先日賢者がもたらした三つのアーティファクトの、高精細な三次元モデルがゆっくりと回転していた。

 銀色に輝く、優美なイヤリング。

 黒曜石のように、滑らかな腕輪。

 そして、そのどちらとも異なる、古びた真鍮製の羅針盤。

「本日、皆様にお集まりいただきましたのは、他でもありません。賢者様より新たに『貸与』されました、これら三種の神器の今後の取り扱い、及びその存在を世界にいかにして公表すべきかについての、最終的な意思決定のためです」

 その「貸与」という奇妙な言葉の響きに、閣僚たちの間に微かな乾いた笑いが漏れた。


「……公表か」

 最初に口を開いたのは、防衛大臣の岩城剛太郎だった。彼の熊のような巨体は椅子に深く沈み込み、その顔には、深い、深い疲労と、そしてそれを遥かに凌駕する子供のような興奮の色が浮かんでいた。

 数日前、彼は、あの『絶対環境耐性シールド』の最終検証実験に立ち会っていた。

 戦術核に匹敵する、小型のプラズマ爆弾の直撃。

 その地獄の業火の中心で、一人の兵士が、涼しい顔で無傷のまま立っていた。

 あの神の如き光景。

 それは、彼の武人としての六十年の人生の、全ての常識を、価値観を、完全に粉砕した。

「……橘君。私は、もはや反対はせん」

 岩城は、低い、しかしどこか夢見るような声で言った。

「……公表すべきだ。いや、自慢すべきだ。この神の力を。我が国が、今やいかなる国の、いかなる脅威にも屈することのない、絶対的な守りの力を手に入れたのだと。世界に、見せつけてやるべきだ。特に、あの我々を常に弟分として見下してきた同盟国に、な」

 そのあまりにも率直で、そしてあまりにも危険な本音。

 だが、その子供のような万能感に酔いしれたいという誘惑は、この場にいる誰もが共有していた。


「……お待ちください、岩城大臣」

 その熱に浮かされたような空気に冷や水を浴びせたのは、外務大臣の古賀だった。

「……お気持ちは、痛いほど分かります。ですが、それをやってしまえば、我々は世界中から嫉妬と恐怖の対象となり、完全に孤立することになる。それでは、賢者様が我々を唯一の『窓口』として指名してくださった、その御心を裏切ることになりかねません」

「……では、どうしろと言うのだ、古賀大臣!」

 岩城が、声を荒らげる。

「この神の力を、宝の持ち腐れにしろと、言うのか!」


 その堂々巡りになりかけた議論を制したのは、やはり官房長官の綾小路だった。

 彼は、その蛇のように冷たい目で二人を交互に見ると、ふう、と小さな息を吐き出した。

「…………はー……。だから、お二人とも、少し落ち着きなさい。……話が、短絡的すぎますな」

 彼は、まるで出来の悪い生徒を諭す教師のように、ゆっくりと、そしてねっとりと語り始めた。

「……問題は、『公表するかしないか』という、単純な二元論ではありません。……問題は、『何を』、『どこまで』、そして『どのように』公表するか。……つまり、情報統制コントロールの問題なのですよ」

 彼は立ち上がると、ホログラムスクリーンに映し出された三つのアーティファクトのモデルを指し示した。

「……賢者様は、我々に最高の舞台装置を与えてくださいました。……そう、我々が世界という舞台の上で最高の『演技』をするための、最高の『小道具』を、です」

 彼の口元に、いつもの人を食ったような、しかし今回はどこか楽しげな笑みが浮かんだ。

「……皆様、思い出してください。賢者様は、我々の最大の観客であらせられる。そして、おそらくは、我々の物語の最大のファンでもあらせられる。……ならば、我々がすべきことは一つ。……この新たな小道具を使い、さらに面白く、さらに壮大で、そしてさらに世界中を混乱させる、最高の続編を、賢者様にお見せすることでは、ありませんかな?」


 そのあまりにも不遜で、そしてあまりにも的を射た提案。

 それは、この場にいる全ての為政者たちの心に、すとんと落ちた。

 そうだ。

 これは、ゲームなのだ。

 神と、我々人間との、壮大な化かし合いのゲーム。

 ならば、最高のプレイで神を楽しませる。

 それこそが、神の寵愛を受け続けるための、唯一の道なのだ。

 宰善総理が、深く頷いた。

「…………面白い。……面白いぞ、綾小路。……では、聞かせてもらおうか。君が考える、その『続編』の脚本とやらを」


 こうして、その日の深夜まで続いた極秘の閣議の末。

 日本政府の次なる一手は、決定された。

 それは、あまりにも大胆で、そしてあまりにもしたたかな、一石二鳥の外交戦略だった。


 ◇


 数日後。

 総理大臣官邸の、いつもの定例記者会見場。

 そこに集まった記者たちの関心は、もはや『星見子の遺産』にはなかった。

 彼らの興味は、その発見がもたらした現実的な経済効果――通称『ホシミコ景気』――と、それに伴う国際社会との軋轢の方へと移っていた。

 会見場の空気は、どこか弛緩していた。

 誰もが、今日もまた、官房長官による当たり障りのない官僚的な答弁が繰り返されるだけだろうと、高を括っていた。

 その油断しきった空気の中。

 官房長官、綾小路俊輔は、いつもの抑揚のない声で、いくつかの国内政策に関する報告を終えた後。

 まるで、天気予報でも告げるかのような気軽さで、こう付け加えた。


「……あ、それと最後に一つ。……先日来、お問い合わせの多かった奈良県明日香村の考古学調査の進捗についてですが。……えー、本日、皆様にご報告できる、些細な、しかし興味深い発見がいくつかございましたので、この場で簡単にご紹介させていただきます」


 そのあまりにもさりげない前置き。

 だが、その「明日香」というキーワードに、記者たちの眠っていた狩猟本能が、一斉に目を覚ました。

 ざわ、と会場がどよめく。

 綾小路は、その反応を楽しむかのように、一瞬だけ間を置いた。

 そして、背後のスクリーンに、一枚の画像を映し出した。

 それは、古びた真鍮製の、美しい羅針盤の写真だった。


「……こちらは、先日、女王ホシミコの地下神殿の未調査区画から、新たに出土いたしました、『古代の祭祀用コンパス』と思われる遺物です」

 綾小路は、淡々と、しかしあらかじめ完璧に用意された脚本を読み上げた。

「……現在も、まだその詳細な機能については、全くの不明です。えー、ただ、初期の解析によりますと、このコンパスは、北を指し示すのではなく、どうやら地中を流れる未知の地磁気、あるいは古代人が『龍脈』と呼んだエネルギーの流れに、反応している可能性があるとのことです。……ええ、もちろん、その実用的な用途は、全くの不明。それどころか、我々の解析チームの一部の研究員からは、『このコンパスを長時間見つめていると、原因不明の幻覚や眩暈を引き起こす』という報告も上がっております。……まあ、おそらくは古代の何らかの呪術的な儀式に用いられた、極めて危険な代物であると、我々は推測しております」


 そのあまりにも曖昧に、そしてどこか不安を煽る説明。

 記者たちは、困惑していた。

 なんだ、これは。

 世紀の大発見の続報が、こんなオカルト雑誌のような話なのか?

 彼らが、その情報の価値を測りかねている、まさにその時。

 綾小路は、さらに畳み掛けた。

 スクリーンが、切り替わる。

 次に映し出されたのは、小さな革袋と、その中からこぼれ落ちる白い砂粒の写真だった。


「……そして、こちらは同じく神殿から発見された、『未知の触媒』と思われる粉末です。えー、この砂のような粉末を有機物に振りかけると、その分子運動を極低温状態にまで低下させ、その腐敗を劇的に遅らせるという、特異な性質が確認されております。……ですが」

 彼は、そこでまた、意味ありげに言葉を切った。

「……その効果は極めて不安定であり、一度この粉末によって時間を止められた有機物は、二度と元の状態には戻りません。……ええ、つまり、まあ、分かりやすく言えば、完璧なミイラを作るための、古代の防腐剤とでも言いましょうか。……これもまた、その取り扱いには細心の注意が必要な、極めてデリケートな物質であると、報告を受けております」


 ミイラを作る、防腐剤。

 そのあまりにもおどろおどろしい言葉の響きに、記者たちの困惑は、さらに深まった。

 そして、とどめ。

 スクリーンに最後に映し出されたのは、一枚の美しい、しかしどこか不気味な羽衣の写真だった。


「……そして、これこそが、現在、我々調査団を最も悩ませている、謎の遺物です。……一見、美しい織物のように見えますが、その素材は、いかなる動植物のものとも一致せず、そして驚くべきことに、この布は、たとえ刃物で切り裂いても、炎で焼いても、数秒後には完全に自己修復するという、異常な特性を持っています。……ええ、ですが、その原理は全くの不明。一部の生物学者からは、『未知の粘菌、あるいはウイルス性の極限環境微生物の一種が、繊維状のコロニーを形成しているのではないか』という、恐ろしい仮説も提出されております。……もし、そうだとしたら、これを素肌に身につけることが、どれほど危険なことか、皆様にもお分かりでしょう」


 そのあまりにも思わせぶりで、そしてどこまでも科学的な仮説の皮を被った、巧みな物語。

 会見場は、もはや政治の記者会見場ではなかった。

 それは、未知の古代文明の謎と、ロマンと、そして微かな恐怖を語る、最高のエンターテイメントの舞台と化していた。

 綾小路は、その記者たちの完全に引き込まれた表情を、満足げに見渡した。

 そして、彼は、この壮大な茶番劇の本当の目的を告げた。

 その声は、あくまで事務的に、しかしその言葉の一つ一つに、巧妙な罠が仕掛けられていた。


「…………えー、以上が、本日皆様にご報告できる情報の全てです」

 彼は、言った。

「……ご覧の通り、これらの新たに発見されたアーティファクト群は、その可能性と同時に、我々の理解を超えた、計り知れない危険性をも孕んでおります。……その解析には、我が国一国の科学力だけでは、あまりにも荷が重すぎる。……それが、我々日本政府の、現在の率直な結論です」

 彼は、そこで一度、カメラの向こうにいる世界中の指導者たちに語りかけるように、視線を上げた。

「……故に。……我々は、ここに改めて国際社会に呼びかけたい。……この人類全体の宝であると同時に、脅威ともなりうる未知の遺産の謎を解き明かすために。……我々と共に手を取り合い、この困難な事業に協力してくれる、友邦の存在を、我々は心から求めております」

 そして、彼はとどめを刺した。

 その声は、あくまでさりげなく、しかしその視線は、明らかにワシントンのホワイトハウスの方向を向いていた。

「…………特に、世界最高の科学技術と研究機関を有する、我々の最も信頼すべき同盟国。…………アメリカ合衆国のような国々と、共同で研究を進めることができたならば、これほど心強いことはありませんな」


 そのあまりにもあからさまで、そしてあまりにも魅力的な「秋波」。

 そのあまりにも計算され尽くした、外交的な「ラブコール」。

 その瞬間を。

 ワシントンのホワイトハウス、シチュエーションルームで、固唾をのんで見守っていたアメリカ大統領と、その側近たちは、決して見逃さなかった。


「………………来たな」

 大統領が、低い声で呟いた。

 その顔には、この数週間、彼を苛み続けてきた焦燥と屈辱の色は消え失せていた。

 そこにあるのは、獲物が自ら罠にかかったのを確認した、百戦錬磨の狩人の、獰猛な笑みだった。

「……奴らめ。ついに音を上げたか。自分たちだけでは、もはやこの神の宝を制御しきれぬと、白旗を上げてきたわい」

 国務長官が、得意げに言った。

「ええ、ミスター・プレジデント。あのプライドの高い日本人が、我々に助けを求めてきたのです。これは、我々の外交的勝利です」

「うむ。だが、油断はするな」

 大統領は、側近たちを制した。

「……これは、罠かもしれん。奴らは、我々に情報のほんの一部だけを見せ、核心部分は隠し続けるつもりかもしれん。……だが」

 彼の目が、ギラリと光った。

「……その罠に、乗ってやるのが我々のやり方だ。……一度、懐に入り込んでしまえば、あとはこちらのものよ。彼らの優秀な頭脳も、我々の圧倒的な資金力と技術力の前には、いずれ屈服せざるを得なくなるだろう」

 それは、超大国としての絶対的な自信と、そして傲慢さの現れだった。

 彼らは、まだ気づいていなかった。

 自分たちが、今、足を踏み入れようとしているのが、獲物が仕掛けた甘美な罠ではなく。

 神が仕掛けた、底なしの蟻地獄の、その入り口であることに。


 その日の午後。

 ホワイトハウスの、記者会見室。

 大統領報道官は、満面の笑みを浮かべ、世界中のメディアを前に、高らかに宣言した。

「……本日、日本政府よりなされた歴史的な共同研究の提案に対し。我がアメリカ合衆国政府は、最大限の敬意と、歓迎の意を表明いたします!」

 その声は、勝利宣言のようにホールに響き渡った。

「……これは、日米同盟が、新たな、そしてより強固なステージへと進化したことを示す、輝かしい証です! 我が国は、同盟国として、日本の友人として、この人類史的事業に、喜んで協力させていただくことを、ここに公式に発表いたします!」

 彼は、そこで最高の笑顔を作った。

「……これは、日本とアメリカの共同プロジェクトです! 我々は、同盟国ですからね! いやあ、仲良しになって、本当に良かった!♡」


 そのあまりにも楽観的で、そしてどこか滑稽なほどの歓迎の声明。

 その映像を。

 官邸の地下深く、プロジェクト・キマイラの司令室で。

 橘紗英と、宰善総理、そして綾小路官房長官は、氷のように冷たい無表情のまま、静かに見つめていた。

 やがて、アメリカの報道官が、得意げに会見を締めくくった、その時。

 綾小路が、その蛇のような目で、ふっと笑った。

「…………ふっふっふ。……かかりましたな、総理」

「…………うむ」

 宰善総理が、深く頷いた。

「……これで、ようやく舞台の役者は、全て揃ったというわけだ」

 橘紗英は、何も言わなかった。

 彼女はただ、静かに立ち上がると、部下たちに、新たな、そしてより恐るべき指令を下し始めた。

「……直ちに、アメリカ側との実務者協議の準備を開始しなさい。……受け入れ先の研究施設は、筑波の第7サテライトラボを使用します。……彼らに開示するデータは、レベル3までのものに限定。……そして何よりも、彼らの全ての研究員に対し、二十四時間、三百六十五日、原子レベルでの監視体制を構築しなさい。……彼らの、その優秀な頭脳が、我々の知らないところで何を考え、何を生み出すのか。……その全てを、我々は吸い尽くすのです」


 そのあまりにも冷徹で、そしてあまりにもしたたかな指令。

 それは、これから始まる日米共同研究という名の、壮大な、そして静かなる知的財産の収奪戦争の始まりを告げる号砲だった。

 世界は、まだ知らない。

 日本という国が、神の玩具を手に入れた子供から、神の不在を良いことに、その神の座さえも奪い取ろうとする、恐るべき、そしてしたたかな挑戦者へと、その貌を変えようとしていることを。

 その壮大で、そしてどこまでも滑稽な物語の本当の結末を、まだ誰も知る由もなかったのである。



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