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異界渡りを手に入れた無職がスローライフをするために金稼ぎする物語  作者: パラレル・ゲーマー


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第44話 【日本政府編】 神を騙す者たち

 プロジェクト・キマイラが産声を上げてから、数日。

 箱根の山中に設えられた、人類史最大級の嘘を紡ぐための聖域サンクチュアリは、今や一つの巨大な頭脳として、有機的に、そして熱狂的に機能し始めていた。

 その中枢である大会議室。巨大な円卓を囲む五人の天才たちと、その全てを冷徹に統べる鉄の女王、橘紗英の表情には、もはや当初の戸惑いや混乱の色はなかった。そこにあるのは、自らが歴史の創造者であるという、背徳的で、しかし抗いがたいほどの知的興奮と、共犯者たちだけが共有できる、奇妙で強固な連帯感だった。

 彼らの目の前の壁一面を覆い尽くす巨大なホログラムスクリーンには、今この瞬間も、世界中のXのタイムラインからリアルタイムで収集された無数の投稿が、まるで滝のように流れ落ちていた。

 そのほとんどが、一つの謎めいたアカウントについての言及だった。

『@Truth_Seeker_JP』。

 自らを「真実の探求者」と名乗る、正体不明のリーカー。

 彼が投下した、あまりにも甘美で、あまりにもドラマチックな「偽りの真実」は、日本政府が周到に準備した公式発表カバーストーリーをいとも容易く上書きし、今や世界中の人々の想像力を支配する、新たな神話メインストーリーとなりつつあった。

『月泣きの聖杯』、『地母神の心臓』、『運命の織機』。

 そのライトノベルのタイトルかと見紛うような、しかし人々の心を鷲掴みにするネーミングセンス。

 そして、政府の科学的で無味乾燥な説明とは対極にある、詩的で感情に訴えかける物語。

 人々は、熱狂していた。

 政府が隠蔽する「本当の奇跡」を、たった一人で、命懸けで暴露しようとするダークヒーローの登場に。


「……ふふっ」

 その熱狂の奔流を静かに眺めていた橘紗英の、常に氷のように冷徹だった唇の端に、ふっと、微かな、しかし確かな笑みが浮かんだ。

 そのあまりにも珍しい光景に、円卓にいた五人の天才たちは、一瞬、我が目を疑った。

 あの鉄の仮面を持つ女が、笑った?

「……素晴らしい」

 橘は、誰に言うでもなく呟いた。その声には、心の底からの感嘆の色が滲んでいた。

「……誰ですの、この方。全くの嘘八百。我々が創造した物語キマイラの上に、さらに荒唐無稽な幻獣マンティコアを描き足すような、悪趣味極まりない所業ですわ。ですが……」

 彼女は、スクリーンに映し出された『運命の織機』の想像図――それは、既に世界中のファンアーティストたちの手によって無数に描かれ、投稿されていた――を、どこか楽しげな目で見つめた。

「……面白い。ええ、実に面白い。このリークは、我々にとって計算外の、しかし最高の『贈り物』かもしれませんわね」


 その言葉に、ハリウッドの脚本家、ジョージ・タナカが、待ってましたとばかりに大げさな身振りで同意した。

「イエス! まさにその通りだ、マダム・タチバナ! 僕も、この『Truth_Seeker』君の脚本シナリオには、嫉妬を禁じ得ないよ!」

 彼は、まるで映画のワンシーンを語るかのように、熱っぽく続けた。

「我々が提示した『遺跡と遺物』という骨格プロットは、完璧だった。だが、少しばかりドライすぎたのさ。そこに彼は、『悲劇の女王の涙』だの、『星の魂』だの、『未来を織る機械』だの、これ以上ないほどにキャッチーでエモーショナルな肉付けフレイバーを施してくれた! しかも、政府による『隠蔽』という最高のスパイスまで振りかけてね! これで、我々の物語は、ただの政府発表から、大衆が自ら参加し、考察し、そして熱狂する、巨大な『謎解きゲーム』へと昇華したんだ!」


「……同感ですな」

 歴史学の権威、渋沢名誉教授が、その穏やかな目で深く頷いた。

「このリークによって、我々の『星見子女王』の物語は、より一層神話的な深みと悲劇性を帯びることになった。民衆は、常に権力が隠したがる『秘密』の物語を渇望するものです。このリーカーは、その民衆心理を完璧に見抜いておる。何者かは知れませぬが、相当な物語の使い手ですぞ」


「……まあ、設定の科学的考証は、ガバガバですけどね」

 SF作家の天城蓮が、神経質そうに眼鏡の位置を直しながら、ぼそりと付け加えた。

「『女王の涙が月の光で結晶化』? 冗談じゃない。タンパク質の変性プロセスを、完全に無視している。だが、まあ……」

 彼は、少しだけ悔しそうに、しかしどこか楽しげに、口の端を歪めた。

「……大衆なんて、そんなものか。彼らが求めるのは、論理的な正しさではなく、感情的な『納得感』なのだな。勉強になる」


「でしょー!?」

 その場の空気を、ライトノベル作家、神風カイトのあっけらかんとした声が突き抜けた。

「だから言ったじゃないですか! 難しい理屈より、分かりやすくてカッコいい方が、絶対ウケるんですよ! 『月泣きの聖杯』とか、ネーミングセンス、マジ神じゃないですか!? 俺の次の作品のタイトルに、パク……参考にさせてもらおうかな!」


 そのあまりにも能天気な発言に、会議室は和やかな笑いに包まれた。

 橘は、その光景を満足げに見つめていた。

 彼女の頭脳は、既にこの予期せぬ事態を、いかにして国家の利益へと転換させるか、その次なる戦略を完璧に構築し終えていた。

「……皆様、ご静聴を」

 彼女の静かな一言で、会議室は再び水を打ったように静まり返る。

「この、@Truth_Seeker_JPなるアカウントについてですが」

 彼女は、きっぱりとした口調で方針を告げた。

「……当面、我々は、この存在を完全に黙殺します」

「……黙殺、でございますか?」

 考古学者の守屋茜が、意外そうな顔で問い返した。

「はい。否定も、肯定も、一切しない。ただ、沈黙を守り、泳がせる。それこそが、現時点における最善の策であると、判断いたしました」

 橘は、続けた。

「我々が、下手にこのリークを否定すればどうなるか。『やはり政府は何かを隠している!』と、大衆の疑念はさらに燃え上がるでしょう。逆に肯定すれば、我々は、この正体不明の何者かに、情報戦の主導権を完全に明け渡すことになる。それは、断じてあってはならない」

 彼女の目は、氷のように冷徹だった。

「この『Truth_Seeker』が作り出した熱狂と物語。それは、我々が創造した『キマイラ』を守るための、最高の、そして最も厚い煙幕スモークスクリーンとなります。世界中の諜報機関やメディアの関心は、今後、この『偽りのリーク情報』の真偽を巡る、不毛な情報戦へと吸い寄せられていくでしょう。そして、その混沌の裏側で、我々は、静かに、そして着実に、本物の『奇跡』の解析と実用化を進める。……皆様、ご理解いただけましたかな?」


 そのあまりにも老獪で、そしてあまりにもしたたかな情報戦略。

 五人の天才たちは、改めて目の前のこの鉄の女の本当の恐ろしさに戦慄し、そして心からの敬意を抱かずにはいられなかった。


「……さて」

 橘は、議題を変えた。その声には、新たな、そしてより切迫した緊張の色が滲んでいた。

「……皆様には、朗報と、そして悲報がございます」

 彼女は、一度言葉を切った。

「朗報は、賢者様が再び我々の元へお戻りになられるということです」

 その一言に、会議室の空気が一変する。

「おお……!」

「ついに……!」

 天才たちの顔に、期待と興奮の色が浮かび上がる。

「ですが」と、橘は続けた。

「……悲報は、その『謁見』の儀が、明日の昼に執り行われるということです」

「…………なっ!?」

「あ、明日ですと!?」

 会議室は、どよめきに包まれた。

「はい。先ほど、賢者様より、極めて簡潔なご神託が下りました」

 橘は、スクリーンに創からの、あのあまりにも無責任なメールの文面を映し出した。

『明日いくねよろしく』

 その小学生のチャットのような、あまりにも軽い文面と、事態の深刻さとのあまりのギャップに、天才たちはもはや眩暈さえ覚えていた。


「……というわけで、皆様」

 橘の声は、もはや機械のようだった。

「これより二十四時間以内に、賢者様への次なる『献上品』の準備を完了させねばなりません。賢者様は、前回、我々が献上した『香辛料』に、ことのほかご満悦であられたご様子。よって、今回も同等、あるいはそれ以上の品質と量を確保する必要がございます」

 そのあまりにも無茶な指令に、その場にいた農林水産省や大手総合商社から緊急招集されていた官僚やビジネスマンたちの顔が、一斉に蒼白になった。

「に、二十四時間ですと!?」

「む、無理です、橘理事官! マダガスカル産の最高級バニラビーンズの空輸には、最低でも三日は……!」

「イラン産のサフランも、現地の情勢が不安定で……!」

 彼らの悲痛な叫びに対し、橘は表情一つ変えなかった。

「……無理かどうかを、聞いているのではありません」

 彼女の声は、絶対零度だった。

「……『やれ』と、言っているのです。国家の全ての権限を、皆様に与えます。必要とあらば、自衛隊の輸送機でも、外交ルートでも、金の力でも、何でも使いなさい。そして、何よりも……」

 彼女は、一度言葉を切ると、そこにいる全員の魂を射抜くかのような鋭い視線で言った。

「……この、我々が演じている壮大な『茶番』を。決して、決して、賢者様に悟られてはなりません」

「……!」

「我々が用意する全ての献上品には、『巫女王ホシミコの神殿に捧げる神饌しんせん』として、最高の装飾と、最も荘厳な儀礼を施しなさい。我々の『嘘』を、完璧な『現実』として、賢者様に信じ込ませるのです。……これは、絶対の命令です」


 そのあまりにも恐ろしく、そしてあまりにも滑稽なミッション。

 神を、騙せ。

 そのあまりにも不遜な指令に、その場にいた日本のエリートたちは、もはや笑うことさえできなかった。

 彼らはただ、これから始まる地獄のような二十四時間に、その身を投じる覚悟を決めるしかなかった。

 こうして、日本の中枢は、再び一人のぐうたらな神の、気まぐれな一言によって、狂乱の渦へと叩き込まれていくのだった。


 ◇


 翌日、昼過ぎ。

 東京、西新宿のあのヘリポートは、異様なほどの荘厳さと緊張感に包まれていた。

 床には、深紅の絨毯が敷き詰められ、その四方には、古代の神殿を思わせる篝火が、厳かに燃え盛っている。

 そして、その中央には、白木の美しい祭壇が設えられ、その上には、この国のありとあらゆる叡智と権力と、そして無数の官僚たちの血と汗と涙の結晶である、世界中から文字通りかき集められた最高級の香辛料が、神への捧げ物として、山のように、そして美しく供えられていた。

 シナモンスティックは、神殿の柱のように組まれ、サフランの赤い雌しべは、まるで炎のように器の上で揺らめいている。

 そのあまりにも荘厳で、そしてどこか狂気じみた光景の中心で。

 橘紗英と、長谷川教授、そして数名の最高位の閣僚たちが、神官のように純白の衣装に身を包み、直立不動でその時を待っていた。


 やがて、空間が何の前触れもなく揺らいだ。

 そして、祭壇の前に、すっと一匹の艶やかな黒猫が姿を現した。

「……うむ。相変わらず、大袈裟なことよのう」

 賢者・猫は、まるで近所の集会にでも来たかのように、気のない声でそう呟いた。

 そのあまりにも呑気な態度と、こちらの国家の存亡を賭けた必死の覚悟との、あまりのギャップ。

 橘は、内心で血管が数本切れそうになるのを、感じていた。


「……ようこそ、お越しくださいました、賢者様」

 彼女は、完璧な、そしてどこか疲れの滲む声で言った。

「ご要求の品、神饌として、ここにご用意いたしました」

「うむ。ご苦労」

 賢者・猫は、そのスパイスの山を一瞥すると、満足げに頷いた。

 そして、まるで道端で綺麗な石でも拾ったかのように、何の前触れもなく、こう切り出した。

「さて。今日は、お主たちに、また面白い『土産物』を持ってきた」

 その一言に、その場にいた日本のトップたちの空気が、一変する。

 賢者は、何もない空間から、まるで手品のように、いくつかの小さなアクセサリーのような物体を、祭壇の上へと取り出し始めた。

 それは、月の光を思わせる、滑らかな銀細工で作られた美しいイヤリングと、夜の闇を凝縮したかのような、艶やかな黒い石で作られたシンプルな腕輪だった。

 それぞれ、五つずつ。

「……これは……?」

 橘が、問い返す。

「うむ。先日立ち寄った、少しばかり未来の世界でな。なかなか、面白い玩具が売られておったのでな。土産じゃ。くれてやる」

 賢者は、こともなげに言った。

「その耳飾りはな。『万能言語翻訳機』というらしい。それを身につければ、この宇宙に存在するありとあらゆる知的生命体の言語を、思考を、完全に理解できるようになるそうじゃ。まあ、赤子の泣き声の意味から、イルカの歌の本当の歌詞まで、分かるようになるらしいぞ」

「…………なっ!?」

 その場にいた外務省から来ていた官僚が、息を飲む。

 言語の壁の、完全な消滅。

 それが、どれほどの外交的、そして文化的革命をもたらすか。

「そして、その腕輪はな。『絶対環境耐性シールド』とか言ったかのう」

 賢者は、続ける。

「それをつけておれば、まあ、大抵の場所では死にはせんよ。灼熱の火山の火口の中でも、深海の絶対零度の水圧の中でも、呼吸さえできるらしい。真空の宇宙空間でさえ、問題なく散歩ができるそうじゃ。まあ、便利な雨合羽のようなものよ」

「…………!」

 今度は、防衛省から来ていた将軍が絶句した。

 全領域活動能力。

 それは、軍事における究極の夢。

「……まあ、安全なお土産製品じゃから、心配するな」

 賢者は、そう付け加えた。

 その「お土産製品」という、あまりにも軽い言葉の本当の意味を、この世界の人間たちは知る由もない。


 賢者は、その神の如き奇跡の道具を、まるで子供に飴玉でも与えるかのように、無造作に差し出した。

 そして、祭壇の上のスパイスの山を、一瞥した。

「さて。では、この香辛料はもらっていくぞ」

 次の瞬間、祭壇を埋め尽くしていたスパイスの山が、音もなく、光もなく、一瞬にして完全に消え去った。

「じゃあな。ワシは、忙しいからのう」

 賢者・猫は、大きなあくびを一つすると、自分が来た時と全く同じように、何の前触れもなく、すっとその場から姿を消した。


 後に、残されたのは。

 神々の気まぐれな置き土産である、十個の小さなアクセサリーと。

 そのあまりにも巨大で、そしてあまりにも理解不能な価値を前にして、ただ呆然と立ち尽くす、日本のトップエリートたちだけだった。

 やがて、一人の若い官僚が、震える声で、誰に言うでもなく呟いた。

 その声は、ヘリポートの強風の中に、虚しく泳いだ。


「…………これ……。本当に、香辛料と交換で、もらって良いものなんですかね……?」


 そのあまりにも素朴で、そしてあまりにも本質的な問いに。

 答えることができる者は、その場に誰一人として、いなかった。



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>我々の『嘘』を、完璧な『現実』として、賢者様に信じ込ませるのです。 いや、そもそもこの嘘のストーリー自体……賢者に許諾取った上でやってる茶番だから これで賢者を信じ込ませたり騙せとか無理だろ、ここ…
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