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第14話 【交易世界編】 英雄の誕生

 ラングローブ商会の重厚な扉を背に、新田にった はじめは異世界の午後の陽光を浴びて、大きく一つ伸びをした。

 手にした革袋が、ずしりと重い。

 中には、彼の人生を、いや、この国の歴史をさえ変えかねない可能性を秘めた、眩い輝きを放つ金貨が、無造作に詰め込まれている。その重みが、彼が成し遂げたことの確かな手応えとして、心地よく腕に響いていた。

 高揚感が、体中を駆け巡る。

 会社を辞めた時には想像もできなかった、巨大な達成感。自分の力だけで、未知の世界で、これだけの成果を上げたのだ。その事実は、彼の心に静かだが確かな自信を芽生えさせていた。


「さて、と」

 創は呟いた。

「約束は、果たさないとな」

 彼の足は、自然と広場の南側へと向いていた。

 頭の中には、石工のジャックの、面倒くさそうで、それでいてどこか人の良い笑顔が浮かんでいた。彼への、ささやかな、しかし盛大な感謝の気持ちを伝えるために。


 広場の南側は、北側に比べてより庶民的な雰囲気が漂っていた。建ち並ぶ店の規模は小さくなり、道行く人々の服装も、より質素で実用的なものが多くなる。だが、そこには北側にはなかった、温かい生活の匂いが満ち溢れていた。

 パン屋から漏れる焼きたての小麦の香り。子供たちの屈託のない笑い声。家の窓辺で、老婆が楽しそうに井戸端会議に興じている。

 創は、そんな光景にどこか懐かしさを感じながら、目的の場所を探した。

 すぐに見つかった。

 他の店よりも一回り大きく、年季の入った二階建ての木造建築。二階の窓からは、陽気な音楽と人々の笑い声が微かに漏れ聞こえてくるようだ。

 入り口の上には、大きな木彫りの看板が掲げられていた。

 楽しそうにジョッキを掲げる、牙の生えた猪の彫刻。その下には、少し掠れた文字で『陽気な猪亭』と書かれている。

 ジャックが言っていた酒場だ。

 時刻は、まだ昼下がり。夕食にはまだ早く、酒を飲むには少し中途半端な時間帯だ。開いているのだろうか、と創は少しだけ不安になったが、扉の隙間から漏れる明かりと喧騒が、その心配が杞憂であることを教えていた。


 彼は、店の扉に手をかけた。ギイ、と年季の入った蝶番の音がして、扉が開く。

 中へ一歩足を踏み入れると、むわりとした熱気と、エール独特の麦の甘い香り、そして何かの肉を煮込むスパイシーな匂いが、彼を歓迎するように包み込んだ。

 店内は、外から見た印象通り、広々としていた。

 太い梁が剥き出しになった高い天井。使い込まれて飴色になった木のテーブルと椅子が、いくつも並んでいる。壁には、鹿の頭の剥製や、巨大な魚の魚拓、そして錆びついた剣や盾が、この店の長い歴史を物語るかのように飾られていた。

 昼間だというのに、客の入りは七割ほど。

 屈強な体つきの傭兵らしき一団が、大声で何かを賭けて腕相撲をしている。隅のテーブルでは、フードを目深にかぶった見るからに怪しげな男が、一人静かにエールを呷っている。そして、カウンター席では、数人の常連客らしき男たちが、店の主人と軽口を叩き合っていた。

 まさに、ファンタジーの世界の酒場の光景そのものだった。


 創は、そんな店内の様子を興味深く観察しながら、店の奥にあるカウンターへと向かった。

 カウンターの向こう側にいたのは、この店の主人であろう、熊のように大柄な男だった。

 年は四十代後半くらいか。筋骨隆々とした腕には、無数の古い傷跡が走り、剃り上げられた頭と、無造作に蓄えられた髭が、威圧的な印象を与えている。その顔つきは、お世辞にも愛想が良いとは言えず、むしろ常に何かを睨みつけているかのように、険しい。

 彼は、巨大な猪の腿肉の塊を、これまた巨大な包丁で器用に切り分けながら、時折カウンターの客の軽口に「うるせえ」とだけ短く返す、典型的な職人気質の男のようだった。

 創は、その亭主の前に立つと、静かに声をかけた。

「ご主人。少し、よろしいかな」


 亭主は、肉から一度も目を離すことなく、地響きのような低い声で応じた。

「……なんだい。見ての通り、仕込みで忙しいんだがな。注文なら、そこの娘に言え」

 その態度は、けんもほろろげだった。

 だが、創は全く動じなかった。

「いや、注文じゃないんだ。一つ、尋ねたいことがある。石工のジャックという男を、ご存知かな?」

 その名前に、亭主はようやく包丁を動かす手を止め、ちらりと創に視線を向けた。

 その目は、値踏みするように創の全身を舐め回した。

「……ああ、知ってるも何も、夜になればあそこの隅の席で、いつも安物のエールをすすってる常連だ。アイツが、どうかしたのかい? あんたみたいな、見かけねえ格好の旅人が、アイツに何の用だ」

 亭主の声には、あからさまな警戒心が滲んでいた。


「彼の知り合いでね」

 創は、にこりと人好きのする笑みを浮かべた。

「今日、この街に来たばかりで道に迷っていたところを、彼に親切にしてもらったんだ。おかげで、大きな商談を一つ、うまくまとめることができてね。その礼がしたくて、ここへ来た」

「礼、だと?」

 亭主は、ますます怪訝な顔をした。

 創は、それ以上言葉を続ける代わりに、行動で示した。

 彼は、ラングローブから受け取った金貨の袋を、次元ポケットから取り出すと、ドン、と重々しい音を立ててカウンターの上に置いた。

 ずしりとした革袋が、使い込まれた木のカウンターの上で、不釣り合いなほどの存在感を放つ。


「これは……?」

 亭主の険しい顔に、初めて警戒以外の感情が浮かんだ。

 創は、その革袋の口を開け、中の金貨を亭主に見せつけるように、ざらりとカウンターの上に少しだけこぼしてみせた。

 チャリン、チャリン、という耳に心地よい金属音と共に、眩い黄金の輝きが、薄暗い酒場の中で燦然と光を放った。

 それは、ただの金貨ではなかった。

 一枚一枚に、この国の王家の紋章がくっきりと刻印された、最高純度を誇る一級品。

 それらが、まるでただの豆でも扱うかのように、無造作に袋の中に詰め込まれている。


 亭主の目が、点になった。

 彼の、熊のように巨大な体が、硬直した。

 無愛想なポーカーフェイスは完全に崩れ去り、その口が半開きのまま、ただ目の前の黄金の輝きに釘付けになっている。

 彼は、震える手でその金貨を一枚つまみ上げると、恐る恐る自分の歯で、がり、と噛んでみた。

 純金独特の、柔らかな感触。

「こ、こいつは……ま、間違いねえ……王家発行の純金じゃねえか……!」

 その声は、かすれていた。

 彼は、信じられないものを見る目で、金貨の山と、創の顔を何度も見比べた。

「おいおい、兄ちゃん……マジかよ……。こんな、こんな大金、一体どうしたんだ。ま、まさか……盗品じゃあ、ねえだろうな」

 彼の声には、警戒と、そしてほんの少しの恐怖が混じっていた。これだけの金は、平穏な日常とはかけ離れた、血生臭い世界の匂いを連れてくる。


「ははは、まさか」

 創は、余裕たっぷりに笑った。

「言っただろう。今日、ラングローブ商会と、大きな取引をしてね。その手付金の一部だよ。信用できないというなら、今から使いの者をやって、ゲオルグ・ラングローブ本人に確認させてもいい」

 その「ラングローブ商会」という、この街で絶対的な信用の証である名前が出た瞬間。

 亭主の顔から、最後の警戒心さえもが消え去った。

 そして、目の前のこの奇妙な格好の男が、自分の想像を遥かに超えた、とんでもない大物であるという事実を、ようやく受け入れた。

「……ら、ラングローブの旦那と……? あんた、一体……」

「それで、本題なんだが」

 創は、亭主の混乱を意に介さず、話を続けた。

「この金で、一つ、あんたに仕事を頼みたい」

「……仕事?」

「ああ。今日の、この店の営業だがね」

 創は、にやりと笑うと、とんでもない提案を口にした。

「夜に来る客、全員にだ。あんたの店で一番いいエールと、一番うまい料理を、もうこれ以上食えねえし飲めねえってくらい、腹がはち切れるまで振る舞ってやってくれないか」


 その提案に、亭主は完全に思考を停止させた。

 彼は、ただぱくぱくと口を動かすだけで、言葉を発することができない。

 創は、そんな彼に向かって、さらに言葉を続ける。

「代金は、この袋から好きなだけ取ってくれ。材料費、人件費、そしてあんたの儲け。全部含めて、好きなだけだ。この金貨の山を見れば、俺が冗談を言っていないことくらい、商人であるあんたなら分かるだろう?」


 亭主は、カウンターの上の金貨の山に視線を落とした。

 そうだ。商人として、この輝きが持つ意味を、彼は誰よりも理解していた。

 この袋の中にある金だけで、自分のこの店が、あと五軒は買えるだろう。

 いや、もしかしたら、この通りごと買い取っても、まだお釣りがくるかもしれない。

 彼は、ごくりと喉を鳴らした。

「……アイツ……石工のジャックが……あんたみたいな、とんでもねえ旦那と、一体どんな繋がりを……」

 彼の頭の中は、疑問符でいっぱいだった。

 あの、いつも金がねえとぼやいている貧乏な石工が、一体どんな魔法を使ったら、こんな幸運を引き当てられるというのか。

「アイツ、とんでもない幸運を拾ったのか、それとも、とんでもない厄介事を引き込んだのか……」

 亭主は、ぶつぶつと呟いた。

 だが、彼の商人としての魂は、既に結論を出していた。

 目の前のこの話は、危険な匂いがする。だが、それ以上に、甘美な儲けの匂いがする。

 彼は、顔を上げた。その顔には、既にいつもの無愛想な表情が戻っていたが、その目の奥には、抑えきれない興奮の炎が揺らめいていた。

「……分かった。そこまで言うなら、信じようじゃねえか」

 彼は、カウンターの上の金貨を、大きな手で無造作にかき集め、革袋に戻した。

「商人として、これだけの金を見せられて、断る理由はねえ。うちの地下の貯蔵庫を空っぽにしても、まだ余裕でお釣りがくるだろうぜ。貰うもんは、貰わせてもらうが……本当に、いいのかい?」

 亭主は、最後の確認として、そう尋ねた。


「ああ、構わんさ」

 創は、満足げに頷いた。

「ただし、条件が一つだけある」

「条件、だと?」

「ああ。今夜、この店で酒を飲む客全員に、こう言わせてやってくれ」

 創は、いたずらっぽく片目をつぶると、告げた。

「『今日のこの最高の酒と飯は、俺たちの友人、石工のジャックの奢りだ! ジャックに乾杯!』……とね」


 その、あまりにも粋な言葉に。

 亭主は、一瞬、きょとんとした顔をした。

 そして、次の瞬間。

 彼の、あの万年不機嫌そうな顔が、くしゃりと崩れた。

 そして、腹の底から、地鳴りのような笑い声が迸った。

「がっはっはっはっはっは! こいつは、たまげた! なんてえ、なんてえ粋なことをしやがるんだ、あんたは!」

 彼は、カウンターをバンバンと叩いて、涙を流しながら笑い転げている。

 店にいた他の客たちも、何事かとこちらに注目していたが、亭主のそのあまりの笑いっぷりに、ただあっけに取られている。

 一頻り笑った後、亭主はようやく顔を上げると、まだ笑いの余韻で震える声で言った。

「……気に入ったぜ、あんた! あんたみてえな旦那に会ったのは、生まれて初めてだ! よし、分かった! その話、乗った! この店の名誉にかけて、任せておけ!」

 亭主は、熊のような分厚い胸をドンと叩いた。

「今夜、あの野郎は、間違いなくこの街の英雄になるだろうぜ! この俺が、そうしてやるとも!」


「はは、そいつは楽しみだ」

 創は、満足げに笑った。

「じゃあ、後は頼んだよ。ジャックが来たら、こう伝えておいてくれ。『あんたには、また大きな借りができた。次は、もっと高くつくぜ』とね」

 そう言い残すと、創はくるりと背を向けた。

「おい、旦那! もう行っちまうのかい!?」

「ああ。俺は、野暮用があるんでね」

 創は、片手をひらひらと振りながら、店の出口へと向かった。

 彼の背中に向かって、亭主が深々と、本当に深々と頭を下げているのを、彼は気づかないふりをした。

 自分が起こした、ささやかで、しかし最高に痛快な波乱。

 その結末を見届けることなく、主役が去る。それこそが、粋というものだろう。


 店を出ると、西日が街をオレンジ色に染め始めていた。

 創は、すっかり軽くなった心で、人通りの少ない路地裏へと足を進めた。

 そして、周囲に誰もいないことを確認すると、静かに目を閉じた。

 さらばだ、活気のある交易都市。

 名も知らぬ、親切な石工の友人よ。

 次に会う時まで、達者でな。

 彼は、日本の実家、あの時間が止まったかのような自分の部屋の、ベッドの上を強くイメージした。


 ふわりとした感覚と共に、彼の意識は次元の壁を飛び越えた。

 次に目を開けた時、彼は、計画通り、実家の自室の、ギシリと音を立てるベッドの上に横たわっていた。

 窓の外からは、鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。

 ついさっきまでいた異世界の喧騒が、まるで遠い夢のようだ。

 創は、ベッドから起き上がると、ポケットを探った。

 そこには、ラングローブ商会から受け取った報酬の残り、ずしりと重い金貨の袋が入っていた。

 彼は、その中から金貨を一枚取り出し、指先で弾いた。

 キィン、という澄んだ音が、静かな部屋に響き渡る。

 黄金色の輝きが、スタンドライトの光を反射して、きらりと光った。

(……さて、これをどうやって日本円に換金するか、だな)

 彼の思考は、すぐに現実的な問題へと切り替わっていた。

(まあ、これも日本政府に分析を依頼するついでに、うまいこと換金ルートを確保させるか……。あの狸女なら、それくらいやってくれるだろう)

 面倒なことは、全て他人に丸投げする。

 その基本方針は、決して揺らがない。


 ともかく、これで交易ビジネスは、ひとまず順調なスタートを切った。

 日本政府との取引と並行して進めていけば、安定したキャッシュフローが確立できるだろう。

 スローライフ計画の、資金面での基盤は、ほぼ盤石になったと言っていい。

 ならば、次にやるべきことは何か。

 創は、ベッドの上に胡座をかき、目を閉じて思考を巡らせ始めた。

 そうだ。

 生活の拠点。

 俺が、本当に心から安らげる「理想郷」を、まだ見つけていない。


 彼は、これまでの旅を振り返った。

 二つの太陽が輝く、広大な草原。自然は美しいが、文明がなく、生活するには不便すぎる。

 魔法学院『アカデメイア・アークス』。知的好奇心は満たされたし、食事も美味かった。だが、あそこはあくまで「学校」だ。常に周囲の目があり、俺の規格外の才能は、良くも悪くも注目を集めすぎてしまう。永住するには、少し窮屈だ。

 そして、今日訪れた交易都市。活気があって面白い街だったが、やはり飯がまずそうだ。衛生観念も、現代日本に慣れた身には、少し厳しいものがあるだろう。

 どれも、魅力的ではあるが、俺の終の棲家とするには、何かが足りなかった。


 では、俺が本当に求める「理想郷」とは、一体どんな場所なのだろうか。

 彼は、ノートを取り出し、その条件を改めて書き出してみた。


理想郷ユートピアの要件定義】


 絶対的な安全性: 危険な原生生物や、敵対的な知的生命体が存在しないこと。面倒な人間関係や、国家間の争いなどに巻き込まれる心配が一切ない、究極のプライベート空間。


 至上の快適性: 気候は常に温暖で、過ごしやすいこと。インフラが完璧に整備されていること。そして何よりも、「食事が、最高に美味しい」こと。あるいは、どんな食事でも好きな時に手に入ること。


 無限の娯楽: 退屈しないための、何らかのエンターテイメントが存在すること。


 そこまで書き出したところで、創の思考が、ふと、大きくジャンプした。

(……待てよ。俺は今まで、剣と魔法の世界、中世ヨーロッパ風の世界、と、いわゆるファンタジーのテンプレみたいな世界ばかりを渡り歩いてきたな……)

 それは、彼自身がそういう物語に親しんできたため、イメージしやすかったからだ。

(でも、別にそれにこだわる必要はないんじゃないか? いっそ、全く違うジャンルの世界を探してみる、というのはどうだろう?)

 彼の脳裏に、一つの斬新なアイデアが、稲妻のように閃いた。


(……そうだ。未来風の、SF世界でも探してみるか?)


 その発想は、彼自身にとっても、突拍子もないものに思えた。

 だが、考えれば考えるほど、そのアイデアは魅力を増していった。

 彼は、ノートの新しいページに「SF世界移住計画 - フィジビリティスタディ」と書き込み、そのメリットとデメリットを猛烈な勢いで書き出していく。


【SF世界のメリット】


 高度なテクノロジーによる快適生活:


 全自動家事システム: 掃除、洗濯、料理。全てを完璧にこなす家事ロボットがいれば、俺は指一本動かす必要がなくなる。究極のぐうたら生活だ。


 フード・レプリケーター: どんな料理のデータでも、原子レベルから完璧に再現できる装置。母さんの生姜焼きだって、いつでも食べられる。食の問題は、完全に解決する。


 超光速移動・転送装置: もし、その世界のテクノロジーで他の惑星や銀河へ自由に行けるなら、俺の【異界渡り】と組み合わせることで、行動範囲は文字通り無限大になる。


 完全没入型VR: 無限のエンターテイメント。退屈とは無縁の生活が送れる。


 究極の安全性:


 超医療技術: どんな病気や怪我も一瞬で治癒する医療ポッド。これさえあれば、安全性は完璧だ。老化を停止させ、不老不死を手に入れることさえ、夢ではないかもしれない。


 個人用防衛システム: 個人レベルで装備できるエネルギーシールドや、自律型の防衛ドローンがあれば、どんな脅威からも身を守れる。


 究極の秘書:


 超高度AI: 全ての知識を網羅し、最適な判断を下してくれるAIアシスタント。他の異世界の分析や、資産管理、スケジュール調整まで、全てを丸投げできる。これ以上のパートナーはいない。


 メリットを書き出しながら、創は興奮に打ち震えていた。

 これだ。これこそが、俺が本当に求めていた、究極のスローライフかもしれない。

 だが、彼は元プロジェクトマネージャーだ。リスクの洗い出しも、決して忘れない。


【SF世界のデメリット(リスク)】


 高度な危険性: 高度な科学技術は、常に高度な兵器と隣り合わせだ。


 戦争・紛争: 銀河帝国間の宇宙戦争や、人類と異星人との存亡をかけた戦いの真っ只中に放り込まれるリスク。


 管理社会ディストピア: 全ての市民がAIによって完璧に管理・支配されている、息の詰まるような社会である可能性。プライバシーなど、存在しないかもしれない。


 テクノロジーの暴走: AIの反乱、自己増殖するナノマシンの暴走グレイグー、遺伝子操作の失敗による怪物の誕生など、危険性のスケールがファンタジー世界の比ではない。


 コミュニケーションの断絶: 文化や価値観どころか、生命体としての形態が、我々人類とは根本的に異なりすぎて、意思疎通が全く不可能である可能性。


 こちらの優位性の喪失: 俺の切り札である「魔法」が、彼らの超科学の前では、「未開で非効率な、原始的なエネルギー操作技術」として、全く通用しない可能性がある。


「……ハイリスク・ハイリターン、だな」

 創は、ペンを置いて唸った。

 危険性は計り知れない。だが、もし成功すれば、手に入るものは、これまでとは比較にならない、究極の理想郷だ。

 この賭け、乗るか、降りるか。


「……いや」

 創の口元に、不敵な笑みが浮かんだ。

「いきなり飛び込むから、危ないんだ。まずは、偵察から始めればいい」

 どのようなイメージで渡れば、安全なSF世界に行けるか?

 いきなり「高度な科学技術を持つ未来」と漠然と願うのは危険すぎる。

 もっと、条件を絞り込むんだ。

「長きにわたる宇宙戦争が、ようやく終結し、銀河に恒久的な平和が訪れた、ユートピア的管理社会」。

「全ての労働はAIとロボットに代替され、人々は創造的な活動にのみその時間を使うことを許された、芸術と文化の星」。

 そんな、ポジティブなイメージを強く、強く持って渡ればいい。


 彼の心は、もう決まっていた。

 剣と魔法の世界。

 中世交易の世界。

 そして、次なる舞台は、星々の海が広がる、科学技術の未来。

 彼の旅は、もはや一つのジャンルの垣根さえも、軽々と越えようとしていた。


「さて、どんな未来が待ってるかな」

 創は、ノートの最後のページに、新しいプロジェクト名を、どこか楽しげな筆致で書き込んだ。


【プロジェクト名:理想郷ユートピア探索計画 - SF編】


 彼の、終わりなきスローライフへの探求は、まだ始まったばかり。

 その壮大すぎる計画に、彼自身、笑いが込み上げてくるのを止められなかった。

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