安定石
洞窟の入口は森の奥、岩壁に黒く開いていた。
湿った闇が広がり、冷たい水滴が岩から落ち、ポタポタと反響した。
地面には鉄の遺民の歯車が転がり、錆びた防壁が崩れていた。
防壁の刻印が紫の光で揺れ、まるで過去の戦士の意志が宿るようだった。
洞窟の奥で影の脈が脈打ち、壁に紫の光が滲む。
光はまるで生き物の呼吸のように揺らぎ、洞窟全体を紫の輝きで満たした。
悠太が欠片を握ると、痛みが強くなり、まるで骨が軋むようだった。
「ここ、めっちゃ不気味だな。安定石ってどんなの?」
リナが短剣を構え、周囲を警戒した。
「紫の結晶だ。影の脈から生まれる。結界柱に嵌めると、腐敗を抑える。鉄の遺民の記録もここにある。神殿への道の情報だ」
洞窟の奥で金属の軋みが響いた。
錆びた歯車が地面に埋まり、崩れた防壁には鉄の遺民の刻印が輝く。
歯車の隙間から紫の光が漏れ、まるで機械がまだ生きているようだった。
「鉄の遺民の機械…なんかすごいな。どんなの作ってたんだ?」
「剣や盾、影を弾く装置だ。昔は黒の深淵と戦ったが、腐敗に負けて隠れ里に逃げた。残骸しか残ってない」
突然、洞窟の奥で足音が響いた。
紫の霧が濃くなり、黒い疫気がうねる。
まるで闇が毒を吐くようだった。
「霧毒の狩人」が現れた。
人型獣、紫の霧をまとった使徒の尖兵だ。
黒い毛皮に紫の目が光り、爪が紫の光を放つ。
影の糸で滑るように動き、霧を操る。
「ゼルヴァスの意志に逆らうな!」
狩人の声が洞窟に響き、紫の霧が悠太を包んだ。
視界が揺れ、幻覚が襲う。
村が燃え、子供たちが泣き、リナが血に倒れる幻影が浮かんだ。
炎の中で老女が叫び、キャラバンの天幕が崩れる。
「うっ、なんだこれ!」
悠太が膝をつき、欠片を握った。
痛みが胸を刺し、まるで心臓が締め付けられるようだった。
リナが糸を振り、光の縛鎖が狩人の腕を縛った。
紫の光が脈打ち、糸はまるで光が編まれた網のようだった。
「幻覚だ! 欠片に集中しろ!」
狩人が哄笑し、霧が濃くなる。
「外来者、腐れ! ゼルヴァスが目覚める!」
狩人の爪が空を切り、紫の軌跡がリナの肩を掠めた。
血が紫に染まり、リナが歯を食いしばる。
「くっ…悠太、塊を!」
悠太が欠片を凝縮し、紫の霧が固まった。
重い輝きの紫の球が狩人の胸に飛んだ。
光が尾を引き、紫の目の一つを潰す。
狩人が咆哮し、鉄の遺民の機械が動き出した。
錆びた歯車が軋み、鉄の刃が回転。
刃が洞窟の壁を削り、紫の火花が散った。
悠太が後退すると、刃が地面を抉り、岩が砕けた。
リナが糸で刃を縛り、悠太を庇った。
「バカ、避けろ!」
糸が刃を絡め、紫の光が機械を止めた。
悠太がリナを支え、欠片を握った。
紫の脈光が弾け、塊を連発。
紫の光が爆発し、機械が砕けた。
歯車の軋みが止まり、洞窟に静けさが戻る。
狩人が霧で幻惑し、幻影が再び襲う。
悠太の前に村の崩壊が浮かび、母親が子供を抱いて泣く。
炎が天幕を焼き、老女が地面に倒れる。
「…やめろ! 偽物だ!」
悠太が叫び、糸を織った。
光の縛鎖が狩人の足を縛り、紫の光が強く脈打った。
糸が安定し、狩人の動きを封じた。
リナが短剣で突き、狩人の胸を貫いた。
紫の光が爆発し、狩人が倒れる。
霧が薄れ、洞窟の闇に静けさが戻った。
悠太が息を整え、リナの肩を見た。
「お前、怪我してる! 大丈夫か?」
リナが視線を逸らす。
「…バカ、じっとしてろよ」
彼女が悠太の腕の傷に布を巻く。
指先が震え、紫の瞳が揺れた。
「…次は気をつけな」
悠太が笑った。
「サンキュ、リナ。やっぱ頼りになるな」
「…調子に乗るなよ」
リナが先に歩き、悠太が追いかける。
洞窟の奥で安定石を見つけた。
紫の結晶が影の脈から輝き、まるで小さな星のようだった。
手に持つと、温かく脈打つ。
鉄の遺民の記録、錆びた板に刻まれた地図も見つけた。
「神殿への道…廃墟を通る、45キロ先か」
リナが頷いた。
「廃墟に鉄の遺民の記録がある。神殿の結晶の情報もだ」
村に戻り、結界柱に安定石を嵌めた。
紫の光が柱を包み、霧が薄れ、腐敗の匂いが弱まった。
住民が集まり、子供が手を振る。
悠太とリナは顔を見合わせ、軽く笑った。
二人の絆は、戦いの中で確かに強まっていた。
神殿への旅は、まだ続いていた。