表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

森の洞窟へ

小村での戦いから一夜が明け、悠太とリナは流浪の民のキャラバンの天幕に囲まれていた。

朝の紫の霧が薄く漂い、荷馬車の周りで子供たちが馬に干し草を投げる。

色あせた布の天幕が風に揺れ、木枠には鉄の遺民の刻印が刻まれた水瓶が置かれていた。

馬が小さくいななき、子供の笑い声が霧に溶ける。

老女が荷馬車の陰からぼろ布の地図を広げ、震える指で森の奥を指した。

「安定石だ。村の結界を保つには、あれが必要だ。森を20キロ進んだ洞窟にある。鉄の遺民の機械が眠ってる場所だよ」

リナが地図を覗き、紫の瞳を細めた。

「洞窟か。20キロなら一日で行けるが、腐敗が濃いエリアだ。徘徊獣や使徒がうろついてるな」

悠太が老女の隣で地図を見た。

黒紫の川と洞窟が描かれ、影の神殿への道が廃墟を通る線で示されていた。

「安定石ってどんなの? 結界にどう使うんだ?」

老女が咳き込み、鉄の遺民の刻印が輝くペンダントを握った。

「影の脈から生まれた紫の結晶だ。光を閉じ込めて、結界柱を強くする。神殿への道の手がかりも、洞窟の鉄の遺民の記録にある。だが、黒の深淵の霧が濃い。気をつけな」

悠太がポケットの欠片を握ると、紫の脈光が指先で揺れ、鋭い痛みが腕を突いた。

まるで冷たい刃が骨を抉るような感覚だった。

「黒の深淵って…なんで徘徊獣や使徒が襲ってくるんだ?」

リナが短剣を手に、立ち上がった。

「ゼルヴァスの意識だ。昔の影の王が外来者の術で腐って、黒の深淵になった。封印されてるけど、その意志が霧になって獣や使徒を操る。心核や安定石を壊して、影の民を滅ぼそうとしてるんだ」

老女が頷き、声を震わせた。

「使徒はゼルヴァスの復活を企む。安定石を狙ってるよ。洞窟には気をつけな」

悠太が息を呑み、欠片を握り直した。

「…わかった。リナと一緒なら、なんとかなるだろ」

リナが鼻で笑い、視線を逸らす。

「…バカ、調子に乗るな。遅れたら置いてくぞ」

彼女が悠太の荷物を軽く持ち直すと、悠太が慌てて追いかけた。

「お前が持つと重いって。俺が持つよ」

「…黙ってついてきな」

リナの声はそっけないが、口元に小さな笑みが浮かんだ。

悠太は彼女の銀髪が揺れる背中を見つめ、頼りになると感じた。

キャラバンの子供が手を振る中、二人は森の奥へ踏み込んだ。


交易路を外れ、森の深部へ進む。

紫の霧が膝まで這い、黒くひび割れた樹木が白骨のようにそびえる。

腐敗の黒い疫気が地面から漏れ、まるで土が毒を吐いているようだった。

風が欠片を運び、紫の脈光が宙で瞬く。

悠太が欠片を握ると、痛みが胸まで響き、まるで心臓に冷たい火が灯るようだった。

「この森、ほんと気味悪いな。神殿まで40キロ以上あるんだろ?」

リナが短剣を手に、周囲を警戒した。

「50キロだ。廃墟を通って3~4日。洞窟は20キロ先、腐敗した川を渡る。鉄の遺民の機械が残ってるが、使徒が目を光らせてる」

森の奥で水の音が響いた。


腐敗した川が現れ、黒紫の水が渦を巻く。

水面は油のような光沢を帯び、死んだ魚が白い腹を浮かべていた。

魚の目は濁り、腐敗の黒い疫気が水面から立ち上る。

まるで川が毒の息を吐くようだった。

岸辺の木々は根元から黒く溶け、幹がひび割れて骨のように折れていた。

腐敗の匂いは鼻を刺し、まるで焼けた革と腐った果実が混ざったようだった。

悠太が鼻を覆った。

「うっ、めっちゃ臭い! 腐った油みたいだ。これ渡れるのか?」

リナが枯れた枝を拾い、川に投げた。

枝が水面に触れると、黒紫の泡が弾け、シューッと音を立てて枝が溶けた。

泡が弾けるたび、疫気が濃くなり、悠太の喉が焼けるように痛んだ。

「腐敗の毒だ。触ると皮膚が焼ける。影の糸で橋を作るぞ」

リナが腕を振ると、影の糸が光の縛鎖のように伸び、対岸の岩に絡んだ。

紫の光が脈打ち、細い橋が形作られた。

糸はしなやかで、まるで光が編まれた帯のようだった。

「すげえ! リナ、どうやってるんだ?」

「イメージだ。欠片を心で縛れ。風の流れを掴むんだ。失敗すると痛むぞ」

悠太が欠片を握ると、紫の脈光が指先で揺れた。

痛みが腕を刺し、まるで冷たい針が骨を突くようだった。

光の縛鎖をイメージしたが、糸が揺れ、すぐに崩れた。

「くっ、ダメだ! 痛くて集中できない!」

リナが悠太の手を掴み、指の位置を直した。

「落ち着け。欠片に逆らうな。流れに身を任せろ」

彼女の指は冷たく、力強かった。

悠太はリナの声に集中し、紫の光が光の縛鎖となって伸びた。

細い糸が川に届き、橋を補強した。

「…できた! やったぞ!」

リナが小さく頷く。

「悪くない。さっさと渡れ」

二人が糸の橋を渡ると、黒紫の水が下でうねり、泡が弾けた。

水面の死骸が揺れ、疫気が鼻を刺す。

悠太がリナの背中を支えると、彼女が一瞬振り返る。

「…バカ、余計なお世話だ」

「いや、落ちたらヤバいだろ」

リナの口元が緩み、紫の瞳が揺れた。

橋を渡り終え、森の奥へ進む。

腐敗の疫気が濃くなり、遠くで徘徊獣の咆哮が響いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ