表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/10

キャラバン

村を後にして数時間、悠太とリナは腐敗した森の入口を抜け、土の交易路を進んでいた。

紫の霧が足元を這い、黒くひび割れた樹木が白骨のように立ち並ぶ。

風が吹くたびに影の欠片が宙を舞い、まるで紫の火花が散るようだった。

悠太がポケットの欠片を握ると、鋭い針が皮膚を刺すような痛みが走り、熱い鼓動が腕を駆け抜けた。

欠片は意志を持つように震え、まるで囁きが耳元で響くようだった。

吐き気を抑え、悠太はリナの背中を追った。

彼女の銀髪が霧に揺れ、腰の短剣が紫の光を跳ね返す。

遠くで徘徊獣の咆哮が響き、腐敗の黒い吐息が鼻を刺した。

空気は重く、濡れた革のような匂いが肺にまとわりついた。

「目を離すな、悠太。この森は腐敗が濃い。徘徊獣がいつ出てきてもおかしくない」

リナが短剣を握り、紫の瞳で周囲を鋭く見渡した。

彼女が腕を振ると、影の糸が光の絹のように空を切り、道を塞ぐ枯れた枝を裂いた。

糸はしなやかで、まるで紫の光が編まれた帯のようだった。

切り口から紫の輝きが漏れ、地面に淡い光の筋を刻んだ。

悠太は息を呑んだ。

「リナの糸、めっちゃすごいな。どうやって作るんだ?」

リナが視線を逸らし、耳元がわずかに赤くなる。

「…バカ、感心してる場合じゃない。欠片を心で掴むんだ。風の流れを想像しろ。失敗すると体が裂けるような痛みがくるぞ」

悠太が欠片を握り直すと、紫の火花が指先で弾けた。

熱い波が腕を駆け、まるで血が沸騰するようだった。

糸を織ろうとした瞬間、欠片が暴走し、鋭い刃が腕を抉るような激痛が走った。

「うっ、くそっ、痛っ!」

「集中しろって言ったろ! ほら、こうだ」

リナが悠太の手を掴み、欠片の握り方を整えた。

彼女の指は冷たく、力強かった。

悠太は一瞬心臓が跳ね、すぐに意識を欠片に集中した。

紫の光が光の絹となって指先から流れ、細い糸が木の枝に絡んだ。

糸は揺れながらも形を保ち、紫の輝きが淡く脈打った。

「…できた! まだ頼りないけど!」

リナが小さく頷く。

「初めてにしては悪くない。さっさと歩け」

彼女が悠太の荷物を軽く持ち直すと、悠太が慌てて追いかけた。

「お前が持つと重いだろ。俺が持つよ」

「…余計なお世話。黙ってついてきな」

リナの声はそっけないが、紫の瞳にほのかな温もりが宿っていた。

悠太は彼女の背中を見つめ、頼りになると感じた。

リナの指導が、彼に一歩踏み出す勇気を与えていた。


交易路の土には荷馬車の轍が刻まれ、流浪の民の足跡が残る。

道端には壊れた荷馬車が転がり、色あせた布や干し魚が散らばっていた。

錆びたナイフが刺さり、鉄の遺民の刻印が紫の光で揺れる。

悠太がナイフを手に取ると、冷たい金属が手に馴染んだ。

「流浪の民って、いつもこんな道を移動してるのか? 腐敗で危なくない?」

リナが肩をすくめた。

「危ないに決まってる。徘徊獣や腐敗の霧にやられる。でも、止まったら終わりだ。小村が10キロ先にあって、そこで食料や布を交換する。影の民は結界に頼るしかないから、流浪の民の情報が命綱なんだ」

悠太が荷馬車の残骸を見た。

木の車輪が折れ、布には黒紫の染みが広がる。

馬の骨が近くに転がり、腐敗の匂いが漂った。

「鉄の遺民ってどんな奴ら? このナイフ、なんか特別っぽいな」

「昔の技術者だよ。影を嫌って、機械で戦った。歯車や剣、影を弾く武器を作ってたらしい。腐敗で隠れ里に逃げたけど、50キロ先の影の神殿の周りには残骸が残ってる。森を抜けて3~4日、道が悪いから情報がないと迷うぞ」

悠太がナイフを振ると、紫の光が刃に揺れた。

「神殿って、心核があるとこだろ? どんなとこなんだ?」

「影の脈の中心だ。紫の結晶でできた遺跡で、でかい。使徒がうろついてるから、近道の情報がないと危ない。…ほら、のんびりすんな」

リナが歩みを速め、悠太が笑ってついていく。


森の奥から響く咆哮が、空気を重くした。

突然、交易路の先に叫び声が響いた。

紫の霧が濃くなり、黒紫の煙が地面から湧き上がる。

まるで土が黒い吐息を吐いているようだった。

悠太が目を凝らすと、荷馬車が倒れ、流浪の民の老女が地面に蹲っていた。

彼女のペンダントには鉄の遺民の刻印が輝き、ぼろ布の服が腐敗の染みに汚れている。

「助けて…小村が…獣に!」

リナが短剣を構え、悠太に目配せした。

「悠太、行くぞ。小村は森の南端、10キロ先だ。流浪の民の交易拠点で、影の神殿への近道の情報がある。放っとくと全滅する」

悠太が欠片を握ると、鋭い痛みが全身を刺した。

「神殿への道、危ないんだろ? 使徒って何だ?」

「深淵の使徒だ。ゼルヴァスの手下。ゼルヴァスは昔の影の王で、外来者の術で腐った。封印されてるはずだが…使徒が動いてるなら、復活を企んでる」

老女が震える声で続ける。

「血眼の群将が…人間の言葉を喋る! ゼルヴァスの名を叫んで…!」

リナの瞳が鋭くなった。

「黒の深淵の尖兵だ。ゼルヴァスの意識が霧になって、獣を操る。ほら、行くぞ!」

悠太が老女の手を支え、荷馬車に寄りかからせた。

「落ち着いて。俺たちで助けるから」

老女が涙目で頷き、悠太の手にしがみついた。

リナが先に走り、悠太が追いかける。

交易路の先に、小村の炎が赤く揺れた。

小村は壊滅寸前だった。

木造の家屋が燃え、市場の屋台が倒れて交易品が散乱する。

色あせた布、干し魚、木の器が黒紫の霧に染まり、地面には血と灰が混じる。

住民が逃げ惑い、子供が母親にしがみついて泣いた。

馬がパニックでいななき、荷馬車が炎に包まれる。

徘徊獣の群れが襲いかかっていた。

小型獣、八匹、狼のように素早く、紫の爪が月光を反射して光る。

爪が地面を削るたび、紫の火花が散った。

中型獣、四匹、熊のような巨体で、咆哮が家屋の壁を震わせる。

牙が紫の光を放ち、唾液が地面に滴った。

村の中心には血眼の群将が立っていた。

黒い毛皮に赤い目が十個輝く巨狼だ。

影の糸で高速移動し、口から黒紫の霧を吐く。

住民を吊るした糸が紫の光で脈動し、まるで心臓の鼓動のようだった。

群将が人間の言葉で哄笑した。

「弱者は滅びな! ゼルヴァスの復活を止められん!」

赤い目が悠太を捉え、不気味な声が響く。

「外来者よ、お前も腐るぞ!」

悠太が欠片を握ると、鋭い痛みが全身を刺した。

まるで骨に火花が散るようだった。

リナが糸を振り、小型獣を縛った。

紫の光の絹が網のように広がり、獣の爪を絡めとる。

糸は紫の輝きで脈打ち、獣の動きを封じた。

だが、群将の爪スラッシュが空を切り、紫の軌跡がリナの腕を掠めた。

血が紫に染まり、リナが歯を食いしばる。

「くっ…悠太、動け!」

悠太は恐怖で足が震えた。

子供の泣き声が耳に刺さり、欠片を握り直した。

紫の火花が指先で弾け、風の流れをイメージする。

糸が形を作り、子供を庇うバリケードとなった。

紫の光が地面に輝き、住民が逃げる隙が生まれた。

だが、集中が乱れ、糸が揺らぐ。

バリケードが崩れ、紫の光がちらついた。

「くそ…まだダメか!」

リナが叫んだ。

「集中しろ、悠太! もう一回だ! 子供を守れ!」

悠太はリナの声を頼りに欠片を握り直した。

紫の火花が指先で踊り、熱い鼓動が腕を駆け抜ける。

糸が再び形を作り、バリケードが子供を覆った。

紫の光が安定し、住民が市場の裏に逃げた。

悠太は胸が熱くなり、拳を握った。

「…やった!」

リナが息を吐き、短剣を握り直す。

「…悪くない。ほら、次は群れだ!」

彼女が悠太の背中を押し、戦闘が本格化した。

小型獣が素早く飛びかかり、紫の爪が空を裂く。

爪が屋台を削り、木片と紫の火花が散った。

悠太が糸を振ると、紫の光の絹が弧を描き、獣の足を絡めた。

糸は獣の毛皮を照らし、動きを鈍らせた。

中型獣の咆哮が市場を震わせ、屋台が倒れた。

干し魚や布が飛び散り、地面が血と灰で汚れる。

群将が黒紫の霧を吐き、視界が塞がれた。

霧は喉を焼き、まるで肺に黒い吐息が詰まるようだった。

悠太が咳き込み、リナが叫ぶ。

「息を止めろ! 霧は毒だ!」

リナが糸で小型獣を縛り、短剣で突いた。

紫の光が血を散らし、獣が倒れる。

だが、群将の爪スラッシュが再びリナを襲い、肩から血が滴った。

「リナ!」

悠太が叫び、欠片を凝縮した。

紫の霧が固まり、塊が形作られる。

重い輝きを放つ紫の球が、群将の赤い目に向かって飛んだ。

光が尾を引き、目の一つを潰す。

群将が咆哮し、影の糸で高速移動。

悠太の腕をかすめ、紫の軌跡が地面を焦がした。

地面が熱を持ち、腐敗の匂いが鼻を刺した。

「外来者、死ね!」

群将の声が響き、人質の住民が悲鳴を上げる。

子供が母親にしがみつき、老人が地面に倒れた。

悠太は歯を食いしばり、リナを庇うように立った。

リナが糸を振ると、紫の網が群将の足を縛った。

糸は紫の光で脈打ち、群将の動きを一瞬止めた。

「悠太、今だ! 塊で仕留めろ!」

悠太が欠片を握り、熱い鼓動に耐えた。

紫の塊が再び形作り、群将の胸に命中。

紫の光が爆発し、衝撃音が市場を震わせた。

群将が倒れ、赤い目が消える。

残りの徘徊獣が怯え、紫の霧の中に逃げた。

村は静けさを取り戻し、燃える屋台の煙が紫の霧に混じった。

戦後、住民が集まり、子供が悠太に抱きついた。

母親が涙を流し、感謝の言葉を繰り返す。

流浪の民の老女が息を整え、荷馬車に寄りかかった。

「ありがとう…この小村は交易の要だ。影の神殿への道は森の奥、40キロ先の廃墟を通る。使徒がうろついてるから気をつけな」

リナが肩の傷を押さえ、頷いた。

「神殿までの道、詳しく教えて。腐敗した川や荒野はどこだ?」

老女が荷馬車からぼろ布の地図を取り出す。

「森を抜けて3~4日だ。廃墟に鉄の遺民の記録がある。神殿は影の脈の中心、紫の結晶で輝いてる。だが、使徒の獣が守ってる。腐敗した川は廃墟の手前、気をつけな」

悠太が老女の腕の傷に布を巻いた。

「大丈夫か? ゆっくり休んでくれよ」

老女が微笑み、鉄の遺民のナイフを渡す。

「これをやる。神殿の周りには鉄の遺民の防壁や武器の残骸がある。役に立つさ」

悠太がナイフを受け取り、紫の光が刃に揺れた。

刻印が微かに温かく、まるで過去の戦士の意志が宿っているようだった。

リナが悠太の腕の傷に気づき、布を差し出した。

「…バカ、怪我してんじゃん。じっとしてろよ」

彼女が悠太の腕に布を巻く。

指先が傷に触れ、悠太が小さく息を呑む。

リナの紫の瞳が一瞬揺れ、すぐに視線を逸らした。

「…痛かったら我慢しろ。次は気をつけな」

悠太は笑い、布を握った。

「サンキュ、リナ。やっぱお前、頼りになるな」

「…調子に乗るな。さっさと行くぞ」

リナが先に歩き、銀髪が紫の霧に揺れる。

悠太が追いかける。

市場の屋台の残骸を抜け、交易路の奥へ進む。

二人の掛け合いは軽やかだが、戦いを通じて互いを信頼する絆が確かに生まれていた。

腐敗の霧が濃くなる中、影の神殿への旅は続いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ