訓練
朝のシェイドリアは、紫の霧が朝日を浴びて淡く輝き、忘れられた森の木々が静かにざわめく。訓練場は開けた湿地で、地面は苔に覆われ、足元に散らばる影の欠片が黒紫のガラス片のように陽光を吸い込む。
欠片は親指大から拳大まであり、触れると冷たく、微かな振動が肌を刺す。空気は湿り、腐った木と鉄の匂いが漂う。遠くで獣の遠吠えが響き、緊張感が漂う。
悠太は汗で濡れた青いカーディガンをまくり、眼鏡が曇って視界をぼやけさせる。疲れた顔に決意を浮かべ、膝に手を置いて息を整える。
対するリナは、黒い革の軽装に身を包む。銀色の髪は腰まで伸び、朝風に揺れると溶けた銀のように輝く。紫の瞳は星空を閉じ込めた宝石のようで、厳しい指導者としての鋭さと隠れた優しさが交錯する。肩や腰の影の糸の装飾が紫に光り、腰に差した影の短剣は結晶が埋め込まれ、キラリと陽光を反射する。
「集中しろ、悠太。影はただの物質じゃない。世界の呼吸だ。心を空にして、流れを感じろ」
リナの声は厳しく響くが、紫の瞳に情熱が宿る。
彼女は短剣を手に影の欠片を拾い、指先で転がす。欠片から紫の霧が漂い、影の糸が絡む。
悠太は欠片を握るが、電撃のような痛みに顔を歪め、すぐに落とす。
「うっ！ また痛い！ リナ、これ何！？ 毎回電流みたいで、指焼けるよ！」
眼鏡がずり落ち、汗が滴り落ちる。恐怖と挫折感が胸を締め付ける。
リナは腕を組み、銀髪が肩に落ち、紫の瞳が彼を射抜く。
「大げさだな。外来者は影に拒絶される。それを乗り越えろ。昨日、獣から私を助けた時の勢いはどこ行った？」
悠太は眼鏡を直し、苦笑する。リナの言葉に、昨日の戦闘での小さな成功が蘇る。
「そりゃ、助けたかったから…でもさ、リナ。この影って、そもそも何？ 糸とか塊とか、どうやって使い分けるの？ 」
リナは軽くため息をつき、近くの倒木に腰かける。銀髪が朝日に輝き、紫の瞳が悠太をじっと見つめる。彼女の声は冷静だが、教える情熱が滲む。
「…質問が多いな。まあ、教えてやる。影の基本を頭に叩き込め」
リナは地面から拳大の影の欠片を拾い、指で転がす。欠片は黒紫のガラス片のように光り、触れると紫の霧が漂う。彼女は欠片を宙に浮かせ、指を動かすと影の糸が伸び、欠片を包む。糸は蝶のように舞い、欠片が空中で回転する。
「影はシェイドリアの命の流れ。木、川、風――すべてに宿るエネルギーだ。形態は大きさや使い方で変わる。小さな欠片は糸になり、軽い動きや拘束に使う」
彼女は糸を操り、近くの小枝を縛る。糸は紫の光を放ち、小枝をピタリと固定。悠太は目を丸くする。
「す、すげえ！ 糸で縛るなんて、忍者みたい！」
リナの口元に小さな笑みが浮かぶが、すぐに続ける。
「大きな欠片は塊になる。力強い攻撃や防御に使える。見てろ」
彼女は拳大の欠片を手に、指を握ると欠片が液体のようになり、短剣の刃に紫の霧がまとわりつく。リナが短剣を振ると、霧が刃の形を強化し、近くの岩に斬りつける。岩が真っ二つに割れ、紫の光が爆ぜる。悠太は息を呑む。
「うわっ！ めっちゃ強い！ それ、武器そのものじゃん！」
リナは短剣を収め、紫の瞳で彼を見つめる。
「武器も作れる。影の民は、影を剣、盾、槍に変える。熟練者は鎧すら織れる。だが、影は意志と共鳴する。訓練が足りなきゃ、腐敗を引き起こすだけだ」
悠太はゴクリと唾を飲み、興奮と不安が混じる。
「腐敗って…あの徘徊獣の原因？ 俺、失敗したらやばいんだ…」
リナの紫の瞳が曇り、銀髪が風に揺れる。彼女は低く、しかし強く言う。
「その通り。影を操れない者は、腐敗に飲み込まれる。外来者は特にそうだ。これまでこの森に落ちた外来者は、影に拒絶され、すぐに徘徊獣の餌食になった。生き残った者は、影を少しでも共鳴させた者だけだ。お前が生きるには、影を習得するしかない」
悠太の胸が締め付けられる。眼鏡の奥で瞳が揺れ、恐怖が背中を這う。
「すぐに…死ぬ？ マジで？ 俺、そんな才能ないよ…」
リナは倒木から立ち上がり、悠太に近づく。紫の瞳が彼を貫き、銀髪が肩に落ちる。
「才能は関係ない。努力だ。昨日、お前は影の欠片を投げて私を助けた。あれは共鳴の兆しだ。外来者でも、訓練で影を織れる。お前が諦めなければ、可能性はある」
その言葉に、悠太の心に火が灯る。恐怖が薄れ、リナの信頼が希望になる。
「…リナ、信じてくれてるんだな。よし、死にたくないから頑張るよ！ 影、絶対操れるようになる！」
リナの口元が緩み、紫の瞳が柔らかくなる。
「ふん。生意気だな。だが、悪くない。さあ、始めろ。痛みを恐れるな」
悠太は頷き、欠片を握る。電撃の痛みが走るが、リナの言葉を思い出し、耐える。痛みが体を貫くが、彼女の銀髪と紫の瞳が、心の支えになる。リナの説明が、影の力の奥深さと、習得の重要性を頭に焼き付ける。
昼近く、訓練場は霧が薄れ、木々のざわめきが穏やかになる。
悠太は何十回も欠片を握り、痛みに耐える。リナが隣でデモンストレーションを繰り返す。
「影は流れだ。川を想像しろ。抵抗せず、流れに乗れ。心を空にして、影の息遣を感じろ」
彼女の短剣が影の糸を操り、欠片を宙に浮かべる。銀髪が軽く揺れ、紫の瞳が集中で輝く。悠太は深呼吸し、彼女の動きを真似る。
「川、ね…よし、イメージしてみる。リナの言う通り、心を落ち着けて…」
欠片を握り、目を閉じる。痛みが走るが、意識を集中。頭に川のせせらぎが浮かび、影の流れが指先から体に染み込む感覚が訪れる。
突然、痛みが和らぎ、欠片が紫に光る。悠太の手の中で、欠片が霧状になり、指の間を滑るように動く。
「…え、できた！？ ほら、見てリナ！ 動いてるよ、これ！」
悠太の声が興奮で上ずる。欠片が小さく浮かび、紫の光が脈打つ。成長のワクワク感が胸に溢れ、まるでゲームで新スキルを覚えたような喜びが弾ける。
リナの紫の瞳が驚きに揺れ、銀髪が風に軽く舞う。彼女は短剣を収め、悠太の手に近づく。
「…初めてにしては上出来だ。影が応じた。お前の努力が実ったな」
悠太は笑顔で拳を握る。
「マジ！？ リナが褒めてくれるなんて、超嬉しい！ これで死なずに済むかも…ワクワクしてきたよ、この感覚！」
リナの口元に笑みが浮かぶ。彼女は悠太の手の欠片を触り、指先が軽く触れ合う。温かさが伝わり、互いの距離が縮まる。
「…調子に乗るな。だが、悪くない。外来者でこんなに早く共鳴するなんて…お前、可能性あるぞ」
悠太の胸が熱くなる。リナの信頼が、成長の喜びを倍増させる。
「可能性、ね。リナがそう言ってくれるなら、もっと頑張れる！ 武器とか作れるようになりたい！」
リナの頬がわずかに赤らみ、視線を逸らす。
「…武器はまだ早い。まずは糸を安定させろ。焦ると腐敗を呼ぶぞ」
休息中、川辺で水を飲む。川面に影の糸が揺れ、紫の光が反射する。悠太が尋ねる。
「リナ、影の民って子供の頃からこんな訓練するの？ 俺みたいに痛がったりした？」
リナの紫の瞳が曇り、銀髪が風に揺れる。彼女は川を見つめ、低く語る。
「…ああ。だが、私の場合は家族を失った後だ。村が徘徊獣に襲われ、両親は結界を守って死んだ。私は一人で生き残り、影を磨いた。痛みは、喪失感に比べれば何でもない」
悠太は息を呑む。リナの声に深い悲しみが宿る。
「…そんなことが。リナ、強いな。俺、ただ本開いてここに来ただけなのに…リナの過去、聞いてごめん」
リナの瞳が揺れ、わずかに微笑む。
「謝るな。お前の必死さは、昔の私に似てる。…お前がいるから、訓練が楽しい」
悠太の胸が温まる。リナの優しさが、絆を深める。
「リナ…ありがとう。俺も、リナと一緒だとワクワクする。成長してる実感があるんだ」
リナの頬が赤らみ、紫の瞳が柔らかくなる。
「…バカ。調子に乗るなよ。でも…期待してる。お前が影を織れる日を」
