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影の力、影の民

森の奥を進む。湿った苔が靴底に沈み、腐った木と鉄の匂いが鼻を突く。紫の霧が膝下を這い、冷たい感触がズボンを濡らす。リナの歩みは軽やかで、霧を避けるように進む。短剣が腰に揺れ、鞘の影の結晶が月光で光る。悠太は木の根につまずき、眼鏡を直すたびにリナが振り返る。彼女の銀髪が月光に揺れ、紫の瞳がちらりと彼を捉える。


悠太の頭は混乱でいっぱいだ。未知の世界、徘徊獣、リナの戦闘力――すべてが現実離れしている。彼は息を整え、リナに尋ねる。

「なあ、リナ。このシェイドリアって、どんな世界なの? あの獣とか、影とか…何もわかんなくて、頭整理したいんだけど」

リナは足を止め、振り返る。銀髪が肩に落ち、紫の瞳が悠太をじっと見つめる。彼女は軽くため息をつき、近くの倒木に腰かける。

「…質問が多いな。まあ、死にそうな顔してるし、教えてやるよ。少しは落ち着け」

彼女の声は冷たいが、どこか気遣いが感じられる。悠太は隣に座り、眼鏡を直す。リナの花のような香りがほのかに漂い、彼の緊張が少し和らぐ。


リナは地面に落ちた影の欠片を拾い、指先で転がす。欠片は黒紫のガラス片のように光り、彼女の指に触れると紫の霧が薄く漂う。

「シェイドリアは、影のエネルギーが支配する世界だ。木も、川も、風も――この世界のすべてに影が宿ってる。見てろ」

リナは欠片を宙に浮かせ、指を軽く動かす。影の糸が彼女の指先から伸び、欠片を包む。糸は蝶のように舞い、欠片が空中でゆっくり回転する。紫の光が揺れ、まるで生きているかのように脈打つ。悠太は目を丸くし、息を呑む。

「す、すげえ! それ、どうやってるの!? 魔法みたい!」

リナの紫の瞳が揺れ、口元に小さな笑みが浮かぶ。

「魔法じゃない。影の民の力だ。影は世界の呼吸。この欠片は、影の結晶の一部。感じて操れば、こんな風に動かせる」

彼女は糸を操り、欠片を悠太の目の前で浮かべる。悠太は手を伸ばすが、触れた瞬間、電撃のような痛みが走り、手を引っ込める。

「うっ! 痛っ! やっぱり俺には無理か…」

リナは欠片を地面に戻し、鼻で笑う。

「外来者は影に拒絶される。だが、訓練すれば共鳴できる。お前はすぐに諦めるタイプか?」

悠太は眼鏡を直し、苦笑する。

「諦めたくないよ。リナみたいにカッコよくやりたい!」

リナの頬がわずかに赤らみ、視線を逸らす。

「…ふん。カッコいいかどうかは知らんが、生き延びたければ覚えろ。この世界は甘くない」

リナは立ち上がり、森の奥を指差す。

「シェイドリアは命の流れそのものだ。影はエネルギー――木々を育て、川を動かし、命を支える。けど、乱用したり、負の感情が混じると『腐敗』する。あの徘徊獣は、腐敗した影の産物だ。昔、この森は『忘れられた森』と呼ばれ、影の民が調和を保って暮らしてた。でも、腐敗が広がり、村は減り、危険が増えた。今、結界で守られてる村が最後の砦だ」

悠太はゴクリと唾を飲み、彼女の言葉を噛み締める。

「腐敗…やばいんだな。で、俺みたいな外来者はどうなるの? 帰れる?」

リナの紫の瞳が曇り、銀髪が風に揺れる。彼女は低く答える。

「外来者の立ち位置? 影に拒絶され、無力な存在だ。影の民は外来者を警戒する。昔、影を乱して腐敗を広めた外来者がいたからな。お前を連れてきたのは…義務感だ。悪意がないのはわかったし、放逐すれば腐敗の餌食になるだけ。だから、村で訓練させてやる。長老が可能性を認めてくれれば、受け入れられるはずだ」

悠太の胸が締め付けられる。帰れない恐怖が襲うが、リナの言葉に希望が芽生える。

「…リナ、ありがとう。俺、頑張るよ。可能性、認めてほしい」

リナの口元が緩み、紫の瞳が柔らかくなる。

「ふん。生意気だな。だが、悪くない。さあ、行くぞ。村は近い」

悠太は彼女の背中を追いながら、彼女の説明と影の力に心が震える。リナが連れてきた理由が、ただの義務ではなく、悠太の可能性を信じてくれているように感じる。



木々の隙間から光が漏れる。小さな村だった。木造の家々が円形に並び、屋根には苔と影の糸が絡む。窓には影の欠片を固めたランプが吊るされ、紫の光がゆらめく。住民は革鎧や影の布を纏い、リナに会釈するが、悠太には訝しげな視線を投げる。悠太は縮こまり、リナの背中に隠れる。

「なんか…めっちゃ見られてる。嫌われてる?」

リナは肩越しに答える。

「外来者だからな。だが、長老が認めてくれれば、変わる。可能性を示せば、受け入れられるきっかけになるはずだ」

その言葉に、悠太は小さく頷く。リナの存在が、心の支えになる。


長老の家は村の中心にそびえる。木と石の二階建てで、入り口には影の糸が幾何学模様を織る。門の脇には影の結晶が埋め込まれ、紫の光が脈打つ。リナが扉を叩くと、低い音が響き、ゆっくり開く。

室内は暖かく、壁の影のランプが柔らかな光を放つ。床には毛織りのマットが敷かれ、焚き火の匂いが漂う。

長老は白髪の老女で、背は低いが、存在感が部屋を満たす。紫の瞳に影の力が宿り、杖には拳大の影の結晶が輝く。

「リナ、なぜ外来者を連れてきた?」

長老の声は低く、岩のように重い。リナは一歩進み、胸を張る。銀髪が肩に落ち、紫の瞳が長老を捉える。


「彼は無力だが、悪意はない。森に放逐すれば、腐敗の餌食になるだけだ。外来者でも、可能性があれば村で訓練させるべきです」

悠太は縮こまり、眼鏡を直す手が震える。

「えっと…俺、悠太です。急にここに来ちゃって…」

言葉が途切れ、リナがため息をつく。

「喋る前に頭整理しろ。長老の前だぞ」

悠太は顔を赤らめ、俯く。リナの気遣いに胸が温まる。


長老は悠太に近づき、額に手を当てる。氷のような冷たさが走り、影の霧がチリチリと痛む。

「影の拒絶は強い。外来者らしいな。だが…可能性はある。影と共鳴できる兆しだ。訓練次第で、受け入れられるきっかけになるだろう」

悠太は驚き、息を呑む。

「可能性…あるんですか? 俺、村にいていいんですか?」

長老は杖を叩き、結晶が光る。

「リナ、お前が教えろ。責任を持て。外来者が村を変える存在になるかも知れん」

リナは頷く。銀髪が揺れ、紫の瞳が悠太をちらりと見る。

「了解した。だが、こいつがサボったら見捨てるぞ」

悠太は苦笑いする。

「サボらないよ! …たぶん」

リナが小さく鼻で笑う。その反応に、悠太は距離が縮まった気がした。長老の診断が、村受け入れのきっかけになり、心に希望が芽生える。

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