転生したらキラキラネームを付けられそうだったので全力で阻止する勇者の話
変わらない日常、嫌気のさす人生そんな生活がずっと続いている。
「はぁ……」
平均的な私立学校に通う普通の男子高校生桐宮 天太はため息をつく。それは、今日の出来事に対する失望の表れだ。
(なんで!ラノベ同好会の部活がないんだ!)
1年前、私立高校の文化祭に参加した時の事、天太は自分と同じ趣味を持つ3年生に「ラノベ同好会へ入らないか」とそそのかされ入学を決意した。入試勉強を頑張り、入学後に思い描く同級生や先輩との楽しい学校生活を期待していた。
だが、いざ入学すると待っていたのは中学と変わらない日常だった。ラノベ同好会なる部活は去年の生徒会と教員会議の結果、部員の少なさと功績の無さを理由に廃部となっていたのだ。
そんな状況を認められず、何とかしようと入学して早々教員に掛け合い、かつて所属していた先輩や同級生の勧誘を必死に試みたが結果は惨敗。部員数5名の確保と言う条件すらクリアできずに終わってしまった。
それからは早かった。入学して数週間、既に天太はボッチと言う名の孤立を果たしていた。
(みんな、この気持ちを共有したくないのか!この感想を共有するという楽しさを!!)
車が行き来する交差点の中、天太は一人心の中で憂いていた。
ネットが普及した現代において同好会と言う物は作らずとも自然とできるのだ。実際、天太もその影響でライトノベルを好きになった。
ネット上で顔も知らない誰かと楽しむのも悪くはない、でもそれとこれとでは楽しさが違う、学校と言う青春を送れる環境だからこそ限りある時間と未熟ながらも努力できる楽しさを過ごしたいと考えている天太には到底受け入れられない現実だ。
(ぜったい楽しいはずなのに)
下校中天太はずっと考えていた、どうすれば教員を説得して部員を集めて思い描く楽しい学校生活を送れるのか、なぜそれが失敗してボッチになっているのか。
顔を上げ向かいの交差点を見ると同級生の女子たちが楽しそうに話しているのが目に入る。
(……いや、考えるだけ無駄か)
本当はわかっている。入学して早々、いきなり廃部になった部活を復活させようと言われたら誰だって距離を取る。しかも、功績も上げられずあまり目立たなかった部活をだ、それに相手が入学したての誰かもわからない新入生だと言うのなら尚更だ。
それが理由だ。現に向かいに居る同級生たちは今も楽しく話している。初めのコミュニケーションを間違えた自分とは違い少しづつ積み上げて行った結果、今の関係を築けた彼女たちとは違うのだから。
(これじゃ、残りの2年は教室の端で大人しく過ごすしかないな……)
今の自分自身を悲観する。新入生がいきなり部活を立ち上げようとして失敗したのだ、なんともみじめだが、まあ仕方がない。
青色に変わった信号を歩き出すと隣にいた松葉杖をもった子供も歩き出す。どうやら目が見えていないようだ。音を頼りにコンコンッと地面を叩きゆっくりと進んで行く。
(大丈夫かこの子、渡りきれるよな?)
歩く速度がゆっくりなので少し不安に思う。ここの信号は赤色の時は長いが青の時間は短いのだ。だが、いきなり声を掛ければ不審者に思われるかもしれない。ならばここは無視して先に行こう。
「それでさー、隣のクラスになちゃて」
「休み時間とか会いに行ってんの?」
途中、同級生とすれ違い何事もなく通り過ぎる。信号を見ると既に点滅し始めていた。
(やばっ!)
急いで渡りきり、後ろを振り返る。先程の子供がどうなったのかが気になるからだ。
「嘘だろ!」
子供はまだ道路のまん中にいる。そのことに周りの車両は気づいていないのか車が動き出す。子供の隣にいるトラックからは死角になっているのか気付いていない。
「おい!車が来てるぞ!」
(クソッ!間に合え!)
こちら側にいる通行人が気付いて声を上げるが、運転手には届かない。その言葉に自分が今どこに居るのかわからない子供は立ち止まってしまう。誰も目が見えない事に気が付いていない。子供の近くには誰もおらず、助けられるのは自分しかいない。
(あれくらいの早さなら怪我だけで済むはずだ)
動き始めたトラックの前に行き子供を助けようと全力で走る。
「うヴぇあっ!!」
次の瞬間、走っていた別の車にはねられ体が吹き飛ぶ。
(そ、そっちかよ……)
宙に浮いた体はトラックの方へと向かいフロントガラスにぶつかる。
「ひいぃ!」
突然の出来事に運転手は思わずブレーキを踏む。
あまりの出来事に静寂が流れる。子供が引かれそうになったと思ったら人が飛んできてトラックにぶつかり子供が助かった。話だけ聞けば頭がおかしくなったと思われる出来事だ。
こうして、私立学校に通う高校一年生 桐宮 天太は子供を守り、死亡したのだった。
――死亡原因・軽自動車にはねられトラックにぶつかった事――。
――天界――
「ん、ここは……」
目が覚めると濃い霧に包まれた何もない空間に突っ立ていた。ついさっき交差点で車にはねられて死んだのに、なぜか知らない場所にいる。これって……。
(ら、ラノベで見た異世界転生系のやつだ、これ)
「お、いたいた」
声のする方を見ると一人の老人がこちらに向かって来ていた。
(この人が神様なのか)
「君死んだから」
「あ、そ、そうですか」
(なんか、すごいフランクな感じなんだけど)
ラノベで呼んだような女神でもなければ神々しくもない変なおっさん……と言うには老けすぎてる爺さんが来た。喋り方も威厳を感じさせない気さくな感じだ。
「君、良いことしたから奇跡を起こす能力と勇者の力あげるね。じゃ」
そう言って爺さんはどこかに消えて行った。
(……え、なに、今の?なんかパッと現れてパッと消えたんだけど……なに?)
え、俺何されたの?なんか奇跡を起こす能力と勇者の力あげるって言われたけど、どうやって使うの?てかここどうやったら出られるの?
なにも説明されず力だけ与えられた。
「とりあえず、待ってたらいいのか?」
とりあえず待つことにした、その間今の状況とこれからの事を考えてみる。
(これ、絶対異世界転生だよな。さっきなんかくれたし、ってことはチート無双系のやつか。そうなるとさっきのはチート特典ってことだよな)
異世界転生。それは現実世界で死亡した人間がなんやかんやあって異世界へと転生する事。そしてチート特典とは、異世界に転生した際に最強とも呼べる力を与えられることである。例を挙げると常識を超える力や不可能と言われる力等がこれにあたる。
(チート特典だとすると、この先なんやかんやあってハーレムができるってことだよな)
転生系の法則にしたがうとなんやかんやあって問題を解決すると異性にモテモテになり、複数人から好意を持たれるはずだ。
(ハーレムか……)
頭の中で思い浮かべてみる。可愛い女の子たちに囲まれてちやほやされて、最終的には酒池肉林の限りを尽くす。
「さいっこうだな」
想像するだけで口角が上がり、自分でも気持ち悪い顔になっているのだろう。
「お、なんか透けてきたぞ!」
そんなことを考えていると体が段々透けて行く、おそらくこれから異世界へと転生されるのだろう。これからの新しい異世界生活、期待を胸にいざ転生!!。
(さあ、どうなった)
目を開けると金髪赤眼の美少女、いや美女が視界に映る。
母性溢れる豊満な胸と共に天太を抱いていた。
「あなた生まれたわ、わたしとあなたの愛に結晶よ」
「ああ」
隣には銀髪の碧眼の男がこちらを見ている、どうやらこの二人が両親らしい。
周りを見ると豪華な装飾をした家具が辺り一面に飾られている。
(き、貴族か!貴族の元に生まれたのか!)
正直まともな親と平民並みの生活ができればよかったがこれは、最高と言えるだろう。
(チート特典に加えて貴族生まれ、まさしく異世界転生のいいとこどりだな!!)
ここまでくると楽しいまである。前世では叶わなかった青春の楽しい生活も今なら叶う気がする。
この日、とある貴族の屋敷で赤子が生まれた。両親であるヴァレンタイン夫妻は大変喜んでいる。忙しい仕事の中、時間の合間を縫ってできた子だ。
「それじゃあ名前は」
(名前かカッコいいのにしてくれよダディー)
父親であるビスマルク・ヴァレンタインが口を開く。
「ジャン・ピエール・モハメド・ヴデル・スコッチ・ウォルター・ギルベルト・イヴァン・アームストロング・シーザー・シュトロハイム・アレクサンドル・ビクトリア・クロムウェル・ホーケン・アルベルト・エイリーク・フォン・ハインケル・ロン・ランペルージ・ヴィルヘルム・ヴァレンタイン」
(……なんて?ごめん、聞き間違いかな?もう一回言ってくれる?)
よく聞き取れなかったが少なくともやばい名前なのはわかる。
その名前に不満を持ったのか母親であるフェルト・ヴァレンタインが口をはさむ。
「えー、ワタシは絶対、チン・〇ン・マ=ン〇・パイパイ・ヴァレンタインが良いと思うな~」
(え、正気かコイツ。今、自分でなんて言ったか復唱してみろよ。喋ったとたんぶん殴ってやるからよ、二度と口のきけねえように)
どう考えても下ネタである、とても子供に付けるような名前ではない。
「ええ!生まれる前は僕の名前が良いって言ってくれたじゃないか!!」
「気が変わったの!」
(馬鹿なのか!こいつ等馬鹿なのか!!)
常軌を逸した話に混乱する。子供の名前で喧嘩をすることはよくある話だ、だが子供の名前を下ネタにしたりするのはおかしいだろ。
「僕の名前の方が絶対カッコイイって!」
「ワタシの名前の方が絶対カワイイって!」
(よく考えろ!どっちの名前も呼ぶとき恥ずかしいだろ!!)
大勢の前でチン〇とか長ったらしい名前を呼ばれる身にもなってほしい。
「僕の方がいいよな!ジャン・ピエール・モハメド・ヴデル・スコッチ・ウォルター・ギルベルト・イヴァン・アームストロング・シーザー・シュトロハイム・アレクサンドル・ビクトリア・クロムウェル・ホーケン・アルベルト・エイリーク・フォン・ハインケル・ロン・ランペルージ・ヴィルヘルム!!」
「ワタシの方がいいわよね!チン・〇ン・マ=ン〇・パイパイ!!」
(どっちも嫌だよ!!!!)
できうる限り最大の嫌悪感溢れる表情をしてみる。これが今できる精一杯の行動だ、通じなければ今日この場で俺の名誉は死ぬ。
「ほら!僕の方がいいって!」
「違うわよ!ワタシの方がいいって顔よ!」
(あ、あのクソジジイ!!なんちゅう所に転生させてくれとんじゃ!!!!)
死んだ。俺の名誉はたった今死んだ。もうやれることはやった後は潔く受け入れることだ名誉が無いクソみたいな名前で異世界ハーレムを築くだけだ……。
「ご主人様、奥様、落ち着いて下さいませ」
喧嘩する二人の仲裁に入ったのはメイドのアリス・ショコラである。
「「なに!」」
「お二方の名前は確かにかっこよく可愛いですが、それだけだと将来名前の由来を聞かれたときに坊ちゃまが悲しんでしまいます」
(め、女神だ!まるで、漏れそうなトイレの順番を譲ってくるような一光の女神に見える!)
天太の元へと舞い降りた一光の希望とも言える女神のようなアリスは双方の言い分を聞いたうえで天太のことを心配した。
ここまでで、天太の事を思ってくれたのはアリスただ一人である。
「そうか、そうだよな」
「ワタシ達、自分の事ばかりでこの子の事なにも」
(ありがとう!本当にありがとう!ひとまずこれでまともな名前になるはず……)
天太は感謝した。嘘みたいな状況の中でアリスただ一人がこの場の全てを収めてくれたのだ。これはもう女神と言うほかないだろう。
「ですので、間を取ってデ・カラマ・ヴァレンタインと言うのはどうでしょう」
「おお!」
「いいわね!その名前!!」
(ふざけんじゃねえ!お前までボケに回らなくていいんだよ!つか、お前がボケに回ったら誰がこんなアホみたいな状況止めんだよ!!)
ふざけんな!前言撤回!お前は女神じゃねえ!女神の皮をかぶった悪魔だ!!
一光の希望は見間違えだった、あれは俺の希望じゃなくて両親の希望だ。
(ま、待てよ)
天太はここで重要な事実に気付いてしまう。
(今、この場を支配しているのはこのメイドだ!コイツが敵に回ってしまった以上、俺の名誉は、、、死んだ!!まさか、初めからこの機会をうかがっていたという事か!)
そう、突如として現れた女神のつらを被った大魔王ことアリス・ショコラは初めからこの状況を予想し、自分が支配する状況を作ろうと目論んでいた……と天太は思っているが実際はただふざけているだけである。
(な、なんて卑怯な奴だ、こんなの勝ち目がない。さらば俺の異世界ハーレム……)
天太は絶望する。打破しようのないこの状況で自分の無力感を痛感する。だが、ここで天啓走る。
(そう言えば俺、貰ってたわチート特典)
思い出す、ここに来る前にクソジジ……神様から何をもらったかを。
(確か、奇跡を起こす能力だったよな!)
奇跡を起こす能力具体的に何がどうなるのかはわからない。だが、もしこの状況を変えられるのであれば……希望は、ある!!。
「冗談です、坊ちゃまのお名前はあ――」
(頼む!何とかしてくれ!!)
アリスは冗談である事を伝え、天太の名前をビスマルク達に決めてもらおうとした。だが、何としてでもこの状況を打破したい天太によって奇跡が起こる。
「――るじ様達では不安なのでイデン・ヴァレンタインと言う名前にしましょう」
「んーじゃあ、それにするか」
「そうね、これが一番しっくりくるしね」
(な、なんとかまともな名前になった……)
奇跡を起こす能力によってアリスのネーミングセンスと両親の感性が重なり、キラキラと言うよりヤバい名前は回避したのであった。
晴れてヴァレンタイン公爵夫妻の間に生まれた天太の名前はイデンとなった。