9.少年王は愛を手に入れる
少年王視点になります
愛の告白を交わした夜から、私とマチルダの間には、これまで以上の強い絆が生まれた。
しかし、同時に、私たちの置かれた状況の厳しさも、改めて痛感させられた。宮宰一派の力も強く、彼らは私がマチルダに心を寄せていることに気づき始めているようだった。
このままでは、マチルダが危険な目に遭うかもしれない。そして、私自身も、いつまでこの傀儡の状態を続けられるかわからない。私は、王としての権威を取り戻し、自分の手で国を治める決意を固めた。そして、何よりも、マチルダを守り抜く力を手に入れなければならない。
そのために、私は密かに動き始めた。私が5歳の頃からこれまで、私の面倒を見ながら政を行っていた宮宰の目を恐れて接触を避けていた、先王からの忠臣たちを探し出し、彼らに協力を仰いだのだ。彼らは、長年、宮宰のだけが力を付けていた事を苦々しく思っていた者たちだった。
宮宰にこれまで助けられてきた部分もあるが、マチルダとの結婚のためには主権を取り戻さなければならない。
私の決意を知ると、彼らはそれぞれの思惑はあっただろうが、力を貸してくれると約束してくれた。
作戦を練る上で、マチルダの知恵は不可欠だった。彼女は演奏会の傍ら、宮廷内の人間関係や金の動きを詳細に分析し、私に的確な助言を与えてくれた。彼女の洞察力は驚くほど鋭く、私は何度も彼女の意見に助けられた。
私たちは、綿密な計画を立て、宮宰一派の力を削ぐための準備を進めた。それは、危険な賭けだった。一度でも失敗すれば、私の命も、マチルダの身も危ない。しかし、私は覚悟を決めていた。愛する人を守るためならば、どんな危険も厭わない。
そしてついに、その時が来た。その日、私は忠臣たちと共に立ち上がったのだ。これまで、お飾りの王として振る舞ってきた私が見せた、予期せぬ抵抗に、宮宰一派は大きく動揺した。
激しい攻防が繰り広げられる中、マチルダは私のそばを離れなかった。彼女自身は武力を持たないが、その冷静な判断力と的確な指示で、私の行動を支えてくれた。彼女の存在は、私にとって何よりも心強い支えだった。
戦いは決して容易ではなかった。宮宰一派は、長年にわたり権力を握ってきただけに、その力は侮れないものだった。何度も危機的な状況に陥ったが、そのたびに、私はマチルダの言葉を思い出し、勇気を奮い立たせた。
「陛下ならば、きっとできます」
彼女のその一言が、私に諦めない力を与えてくれたのだ。
そしてついに、私たちは宮宰一派から主権を取り戻すことに成功した。長きにわたる傀儡政治は終わりを告げ、私はようやく、王としての真の権力を手にすることができたのだ。
勝利の喜びよりも先に、私はマチルダを確認した。彼女は、凛とした佇まいでそこに立っていた。その瞳には、安堵と誇りの光が宿っている。
「マチルダ…ありがとう」
私の言葉に、彼女は静かに微笑んだ。
「陛下が、ご自身の力で道を切り開かれたのです」
彼女の言葉は、私の胸に深く響いた。私は、彼女の支えなしには、この困難を乗り越えることはできなかっただろう。彼女は、私の愛する人であると同時に、最も信頼できる理解者であり、かけがえのない者だったのだ。
王としての権威を取り戻した今、私の最初の決断は家臣たちの反対を押し切り、彼女を私のそばに置くことを。
つまり、王妃とすることを発表した。
もちろん、家臣たちの反発は激しかった。
「身分の低い女を王のそばに置くなど、前代未聞である」
「王国の威信に関わる」
と、多くの者が私に諫言した。しかし、私は彼らに毅然とした態度で告げたのだ。
「マチルダは、私にとって、ただの女ではない。私の命を救い、私を真の王へと導いてくれた、かけがえのない存在なのだ」と。
私の強い意志と、これまでの私の行動を見てきた家臣たちは、最終的には私の決断を受け入れた。もちろん、中には不満を持つ者もいたが、大多数は、私が自らの力で困難を乗り越え、国を救ったことを認め、私に従うことを選んだのだ。
こうして、マチルダは、私の傍らに立つことを許された。
彼女は、決して驕ることなく、常に謙虚な姿勢を崩さなかったが、その知恵と温かい人柄で、次第に周囲の人々の信頼を得ていった。
約1年の婚約期間の間にマチルダの人となりは知れ渡り、王妃に足り得る人物であると彼女自身の努力で回りに認めさせた。
そして私が16歳、マチルダが23歳の時に結婚式を挙げる事が決まった。
ついにこの日が来た。
王宮の庭は、祝いの喧騒に満ちている。
色とりどりの旗が風に舞い、楽隊の奏でる祝祭の音楽が、人々の高揚感を さらに 高めている。
今日、私は、マチルダを私の妻として、この王国の王妃として迎えるのだ。
初めて彼女を見たあの日から、彼女の奏でるハープの音色に、その憂いを帯びた瞳に、私の心は奪われた。奴隷という身分でありながら、その内には誰よりも強い光を宿した彼女。
共に困難を乗り越え、私の傍で支え続けてくれた、かけがえのない人。
家臣たちの反対もあった。身分が違う、出自が卑しいと、多くの者が私に諫言した。
しかし、私の決意は揺るがなかった。彼女こそ、私の魂が求める唯一の人なのだから。
彼女の知恵と勇気がなければ、今の私はなかっただろう。彼女の 傍にいる時、私は初めて、孤独ではないと感じることができたのだ。
祭壇へと続く赤い花弁の撒かれた小道を、ゆっくりと進む。
目の前 に見えるのは、純白のウェディングドレスに身を包んだ、私の美しいマチルダだ。
陽の光を浴びて輝くその姿は、まるで天から舞い降りた天使のようだ。
彼女の表情は、少し緊張しているように見える。当然だろう。奴隷の身から一国の王妃へ。
それは、想像もできないほどの変化だ。しかし、その瞳の奥には、確かな決意と、ほんの少しの喜びの色が宿っている。
祭壇の前で、私たちは向かい合った。神官の厳かな声が響き渡る中、私はマチルダの手を 固く 握りしめた。その小さな手の温かさが、私の胸にじんわりと広がる。
「誓います」
私の声は、喜びと決意に満ちていた。今日から、私は彼女の夫として、生涯を共に歩むのだ。