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6.少年王と奴隷の娘

少年王の視点になります


夕闇が迫る王宮の広間。煌びやかな燭台の光が、集まった貴族たちの華やかな装いを照らし出す。その中心に置かれた一台のハープの前に、見慣れない女が跪いていた。



まだ幼さが抜けきらず、『少年王』と呼ばれる私の目に飛び込んできたのは、その女の信じられないほどの美しさだった。絹糸のように輝く栗色の髪は肩を滑り落ち、憂いを帯びた瞳は、まるで夜空に浮かぶ星のように神秘的な光を宿している。奴隷と聞いていたが、その佇まいには気品すら漂っていた。



楽士が合図を送ると、女はゆっくりと指をハープの弦に添えた。 月のように清らかで、どこか悲しげな旋律が広間を満たした。それは、私がこれまで聞いたどの音楽とも違っていた。故郷の温もりを恋い慕うような、失われた何かを探し求めるような、そんな切ない音色だった。



私は、その音色と、音に合わせて優雅に動く女の指先、そして、時折見せる物憂げな表情から、目を奪われた。その女の名前はマチルダといった。他国から攫われ、奴隷の身に落とされた貴族の令嬢だと聞いた。信じがたい話だった。あのような美貌と、人を惹きつける才を持つ女性がいるのだろうか。



演奏が終わると、広間にはしばらく静寂が訪れた。やがて、我に返った貴族たちが、感嘆の声を上げ始めた。宮宰は満足げに頷き、私に視線を送ってきた。




「陛下、いかがでしたでしょうか? 珍しい才能を持つ女でしょう」




私はただ、ぼんやりとマチルダを見つめていた。

彼女は俯いており、その表情を窺い知ることはできない。

しかし、その背中には、言葉にならないほどの悲しみと諦めが滲み出ているように感じた。



その夜、マチルダの奏でるハープの音色は、私の脳裏から離れなかった。これまで、周囲の大人たちが用意した音楽しか知らなかった私にとって、彼女の奏でる音楽は全く新しい世界への扉を開いたようだった。

同時に、彼女の瞳に宿る憂いは、幼くして両親を亡くし、常に孤独を抱えていた王である私の胸に、小さな棘のように刺さった。



マチルダは、私より七つ年上だという。私にとっては、遠い世界の住人のようにも感じられた。

しかし、あの演奏を聴いた瞬間から、私は彼女の中に、何か特別なものを感じ始めていた。

それは、単なる興味や好奇心だけではない、もっと深く、もっと複雑な感情だった。



翌日、私はいてもたってもいられず、宮宰に頼んでマチルダを私的な謁見の場に呼んでもらった。彼女は昨日と同じように、静かに私の前に跪いた。顔を上げると、その瞳は昨日よりも少しだけ、警戒の色を帯びているように見えた。




「昨日の演奏、素晴らしかった」




私の言葉に、マチルダはかすかに頭を下げた。




「ありがとうございます、陛下」




その声は、ハープの音色とは裏腹に、控えめで、どこか諦めたような響きを持っていた。




「そなたは、なぜハープを?」




私の問いかけに、マチルダは少しだけ躊躇した後、ゆっくりと語り始めた。

その後も私の問いかけは終わらず、マチルダの事が知りたがった。



故郷のこと、家族のこと、そして、突然全てを奪われた日のことを。彼女の言葉は静かだったが、その一つ一つに、深い悲しみと、決して癒えることのないであろう痛みが込められていた。

 


話を聞くうちに、私は彼女がただ美しいだけの奴隷ではないことを知った。高い教養を持ち、物事を深く考える力を持っている。そして何よりも、その瞳の奥には、決して屈しない強い意志が宿っているように感じた。



私は、彼女の言葉に耳を傾けながら、自身の孤独を重ねていた。国の頂に立ちながらも、実質的には宮宰や他の者たちの傀儡に過ぎない自分。周囲には常に人がいるにもかかわらず、心を開ける相手は一人もいない。そんな私の寂しさを、マチルダは理解してくれるのではないか、そう感じたのだ。




その日から、私は折に触れてマチルダを呼び、話をするようになった。彼女の奏でる音楽を聴き、彼女の持つ知識に触れる時間は、私にとって束の間の安らぎだった。



最初は、彼女の美貌や才能に惹かれていた私だが、時が経つにつれて、彼女の勤勉さや忍耐力、そして、私の孤独をそっと包み込むような優しさに、ますます心を奪われていくのを感じていた。

しかし、同時に、彼女が奴隷であり、私がその国の王であるという、決して埋めることのできない身分の差が、常に私たちの間に横たわっていることも感じていた。

 



この特別な感情が、一体何なのか、まだ年若く経験の浅い私には分からなかった。


ただ、マチルダがそばにいると、胸の奥が温かくなり、同時に言いようのない切なさが込み上げてくるのだった。


お飾りの王として生きる私にとって、マチルダは、閉ざされた世界に射し込む一筋の光だった。彼女の存在は、私に、これまで感じたことのない感情を教えてくれた。



それは、まだ若い私にとって、初めて知る、 年上の女性への、淡く、そして熱い恋心だったのかもしれない。







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