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5 魔法

「出力、だいぶ弱めだけど分かる?分かりにくかったら、もう少し強くするよ」


石の塔の2階。丸テーブルを間に挟んでリラとアワは、右手を緻密(ちみつ)な幾何学模様が描かれた石板に載せて向かい合って座っている。


石板の中央にはめ込まれた白色の魔石は、青色が混ざっては白に戻ってを繰り返しながら二人を淡く照らしている。


「右腕が、薄くて柔らかい布で撫でられているような不思議な感触がします」


リラは頷きながら手元の紙切れに何かを書きつける。


「右腕以外は何も感じない? ――じゃあ、少し魔力を増やすわね。眩暈(めまい)とか、寒気とか不快感を感じたらすぐに右手を離して」


白の魔石に混ざる青が増える。


この石板は、流した魔力の色を白に変換する装置らしい。

曰く、幼い子供以外が自分の持つ魔力の色と違う色を体内に取り込む行為は危険らしい。

白色だけは大丈夫らしいが、白色の魔力の特性は他の色を白色にしてしまうものだというのに本当に大丈夫かとは思う。


右腕だけに感じていた、柔らかい布のような感触が、全身に広がる。


「全身が覆われたような感じがします」


リラがにこりと笑う。


「君にとっての魔力は、周りを覆うものなのね。人によって魔力から感じる感触は違うのよ。それで、それを触ったり、1か所に集めたりはできそう?」


「無理そう、です」


「できるわよ、やってみて」


できるかどうか聞く意味はあったのか、と思いながらなんとかその布に触れてみようとする。

しかしその柔らかくてさらりと肌を撫でる布は、触ろうとするとまるで逃げるようにするりと離れていく。


「想像よ。目を閉じて、周りを覆う布が自ら動くところを想像するの。ほら、左手のほうに集まりだした、そう想像して」


薄い布を左手に載せるところを思い描く。その布を掴む。


左手は、一瞬薄くて軽い何かを触ったような感触がして、すぐに消える。

その感触を追いかけようと手を伸ばす。

触れたと思うと離れていく。陽炎を追いかけているような、そんな気持ちになる――



「――い、おーい?あぁ、聞こえる?」


頷いて立ち上がろうとすると、そのままでいいよ、とリラに制される。


「驚いたわ、君の集中力はすさまじいのね。二時間くらい休みなく魔力操作をしていたからだいぶ消耗したんじゃないかしら?慣れてないなら尚更よ。今日はもうおしまい」


ことり、と冷たい紅茶の入ったグラスがテーブルに置かれる。


リラはしばらく休んだら降りておいで、と一階のほうへ降りていった。


紅茶を一口飲む。

口に含むと苦みが口いっぱいに広まって、氷が入っているからか薄い。

ルペラの淹れる紅茶とは全く違う。ルペラの淹れたものは、砂糖を入れずともほんのり甘くて、喉をとろりと通っていく。苦みはその時に、ふわりと香るくらい。

これは、ホットとアイスの差だろうか。


からり、と紅茶に入れられた氷が音を立てた。












「ま、まだですか?! もう10分以上経ってますよ絶対!」


「うーん、今は3分くらいかしら。あと2分よ、頑張れ!」


「噓ですよ! 嘘っていってください!!」


「ほらほら、心が乱れてるのかな? 水球が暴れてるわよ」


アワはその日、頭ほどの大きさの水を球状にして持ち上げる練習をしていた。

落としてしまっても良いように、今日は庭での練習だ。


風がざぁあっと吹き上げていく。

浮かび上がった歪な水球は風に煽られて波打つ。

ぽたりぽたりと雫が、下に置かれたたらいへ落ちていく。



「――2,1!お疲れ様。正直、5分も持つなんて思わなかったわ。2~3分で落とすかと思ってた。よく頑張ったわねぇ」


歪な球のような形で何とか浮かび上がっていた水は、ざばっとたらいに落ちていく。

アワは、肩で息をしながら芝に座り込んだ。


「うーん、まだ消耗が激しいわねぇ。あぁそうだ、魔石を頂戴?」


左手に握っていた、大きめな白い魔石を渡す。

アワは魔力が少ないので、魔法を使うには外から魔力を持ってくる必要があった。

今回は、魔石から魔力を取り出して使っていたわけだ。


初めは純白でほのかに光っているようにさえ感じた魔石は、今は濁って、純白とは言い難い。


「残量は2割ってとこかしら。まあ、始めて数日にしちゃ上出来ね。ここからさらに精度と効率を上げていくわよ。まあ、猶予は冬が終わるまでだから、ほどほどにはするけれど。

目標は、さっきくらいのことなら完璧な球を作れて、このサイズの魔石の残量は8割くらい?」


指でつまんだ魔石をひらひらとアワの目の前で振りながら喋るリラ。


魔石は、足りない魔力をリラから吸い取ろうとしているようで、白かった魔石はだんだん青色に染まっていく。

リラはそれに気が付くと、ハンカチを取り出して布越しに魔石を摘み直した。

魔力を吸い取るのをやめたのか、今度は青色がどんどん薄くなり、最後には真っ白になる。

一番初めのあの白さには到底及ばないが、少なくとも濁りはなくなっている。


「面白い? これが白の浸食性よ。不思議よね」


魔石は適当にハンカチに包まれてポケットに突っ込まれる。


「白色の魔力は何もかも飲み込んで白色に染めてしまうのよ。でも白色は1番拒絶反応が起こりにくいから。もしも白色に侵食性がなかったら、リラたち魔法族は結晶病でとっくに滅亡していたと思うわ」


それは図書館で読んだ本に書いてあった。

帰りましょう、とリラが手招きする。


「結晶病ってなんですか?」


あぁ、と元気なさげな返事を溢すリラ。


「リラたち魔法族は幼い頃は他の色にすごく染まりやすいから心配ないのだけど、大人になるにつれてね、自分の魔力の色じゃない色の魔力を拒絶するようになるの。それの末期症状ってところ、かしら」


リラが、再びポケットからあの魔石を取り出す。

素手で触っているので、白色はどんどん青色に染まっていく。


「他の色が混ざると、普通はこんな綺麗に混ざらないのよ。茶色にどんどん近くなっていく。それで、そんな状態が続くと体の一部が魔石になっていくの。黒のようで茶色のようで、禍々しい色の魔石」


魔石は、もうこれ以上魔力を吸い取れないらしい。

リラが素手で触っているのに、青色がどんどん白色に変わり始めた。


「じわじわと手足から固まっていって、少しずつ動けなくなって、やがて臓器まで侵されて、物も食べられなくなる。餓死するのが先か、心臓や脳が結晶になってしまうのが先か。治療法はつい最近までなかったのよ。今でも、内臓が結晶化し始めたらもう手の施しようがないけれど。そうなったらいっそ、一思いに殺してあげる方が優しいのかもしれないわね。死を喉元に突き付けられたまま、少しづつ体が使い物にならなくなっていく恐怖を抱え続けた果てに死ぬのよりも……結晶化って痛いらしいわよ」


魔石はもう、混じり気のない純白だ。


リラが、立ち止まる。


「全身が完全に結晶化してしまったら、ほんの僅かな衝撃で全て崩れて粉々になってしまうの。遺体すら残らないなんて、まるで結晶化で亡くなった人は人じゃないんだって言っているようね」


魔石を光にかざしているリラの顔は、いつもの優しさが滲んでいる明るい笑顔ではなく、後悔しているような、何かを懐かしむような、そしてどこか悲しさを感じる微笑みだった。

青い瞳は魔石ではなく、どこか遠い何かを見つめているようで。

アワは、かける言葉が見つけられないでいた。


「ごめんなさいね、しんみりさせちゃって。君はたぶん結晶病を発症するリスクは低いわよ。もともと人間にはない病気なんだけど……ほら、あなたは魔力作用度が低かったでしょ?あれが低いと発症しにくくなるの。人間はほとんど0だからね。魔力の影響を受けやすいかどうかってこと」


いつもの明るい笑顔を浮かべて、重くなり始めていた空気を追い払うように明るく話すリラ。まるで、先ほどの表情が嘘だったように。


アワは、一瞬疑問を頭に浮かべ、センターエリアで検査をしたことを思い出し納得する。

見せてもらった検査結果には、確かにそれらしき言葉が書かれていたし、ルペラからリラにも見せていいか、と聞かれていた。


「お昼ご飯にしない? ほら、疲れたでしょう。あれだけ頑張ったんだから今日はもうしんどいでしょうし、午後はゆっくりしていいわ」













すっかり夜も更けて、そろそろ寝ようかとアワは離れの灯りを消していく。

この離れは、誰かが泊まるときに寝るだけに使う部屋なのだろう。

建物に入ったらすぐに2、3人掛けのソファとテーブルがあって、寝室が二つ。

そこまで広くもないが、家具や飾られた装飾品に温もりがあって居心地がいい。


寝室に入ったところで、シーツを洗って布団を干していたのだと思い出す。


昼ご飯を食べた後、リラは大掃除をするぞ! と意気込んで、カーペットやらシーツやら布団やらを片っ端から引っ張り出して洗っていた。

それはもちろん離れも例外ではなく……シーツと布団をこちらに戻すのを忘れていたようだ。


リラの住んでいる石の塔は、一階の灯りは消されているが二階から光が漏れている。

まだ起きているようだ。

仕事の邪魔をしてしまうのは忍びないが、眠れないのだから仕方ない、とアワは塔へ向かった。







塔のドアを開けた瞬間、ガラスが割れる音と水を溢した音が、二階から聞こえてくる。

何事か、とアワは慌てて階段を駆け上った。



中央に置かれた机に項垂れたリラと、床には壊れた水盆の破片とこぼれた水。

あの水盆は、独り立ちにあたり師匠がくれたものだ、と大切そうにリラが撫でていたもの。





「っあぁ、君か、どうしたの?」


こちらの視線に気が付いてか、リラが顔を上げる。


「大切な水盆が……」


「手を滑らせてしまったの、大丈夫よ。危ないから近寄らないでね。こんな時間にどうしたの?」


にこりと優しそうに笑って、こちらへ歩いてくるリラ。


「昼間洗った布団とシーツを持っていくのを忘れてて、どこにありますか?」


「あぁ、忘れてたわ! ごめんなさいね、少し待ってて、ぜんぶ三階に持って行っちゃった……今持ってくるわね」





魔法で浮かばせたシーツと布団を従えて階段からリラが下りてくる。

リラは、大きなものを運ぶ時はもちろん、洗濯や皿洗い、掃除にも魔法を使う。

曰く、便利なものがせっかくあるのに使わないなんて失礼よ!だそうだ。


「離れまで運ぶ?」


「いえ、持てます」


「そう、じゃあ一階までは運ぶわね」


一階へ降りようとしたリラの背中に、アワは問いかける。


「なにかあったんですか?」


立ち止まってこちらへ振り向くリラ。


「少し元気がないようで……大切な水盆を割ってしまったからですか?」


そうよ、とリラは今度こそ降りていく。


アワは、あわててそのあとを追いかけた。





――――――





アワが夕食を終えて離れへ帰った後、リラは二階で水盆を覗いていた。


リラたち青の魔術師は、自らの魔力を全知の目と呼ばれる存在へ渡す対価に、見たい光景を見せてもらう。青の言う占いとは、このことを指す。

その全知の目へ魔力を渡すための媒体は水であったり、水晶であったり、各々の方法がある。

元は、媒体はすべて水だったという。終焉期の余波が弱まり暮らしに余裕がでてくるにつれて、自らに合う媒体を選ぶものが増えていったらしい。


普段ならば、水盆に魔力を送って少し待てば、全知の目は見たい光景を送ってくれる。


しかし、ここ最近、全知の目は何の反応も示さなくなっていた。

まだ魔女を名乗る前、初めて全知の目に一瞥を貰った時から、こんなことはなかった。

確かに、全知の目に見放されて反応を貰えなくなってしまう魔術師もいる。

だからリラも、初めは見放されてしまったのかと焦りを覚えた。

全知の目に見放されるとはつまり、水の魔女ではいられなくなるということ。

その焦りは青の原色からの知らせで、焦燥へと変わったが。


青の原色は、全知の目が誰の呼びかけにも答えなくなっている、このことは青の中での問題であり、余計な不安を煽らないため他の色には伝えてはいけない、と言っていた。

誰か呼びかけに答えてもらえるものがいるのなら、魔女を名乗る前の子供でも良いから青の原色の元を訪れるように、とも。


そのあとも、全知の目は沈黙を貫いている。


最後に全知の目がリラの呼びかけに答えたのは、失せ物探しの時だった。


普段は呼びかけに答えてくれる全知の目がうんともすんとも言わない、そのことへ確かに得体のしれない恐怖を感じるのだ。


何も映らない水面を見るたびに、その恐怖は蘇る。


水盆を床に叩きつけてしまったところで、物に当たってしまった罪悪感と、先生への申し訳なさ、どうしようもないやるせなさが湧き上がってきた。


そこへタイミング悪くアワが来てしまったわけだが。





「答えてよ、どうして黙ったままなのよ……」


ぽつりとこぼれたささやきは、誰の耳にも届くことなく夜の闇に溶けていった。


白色と黒色の魔力は特別です。

魔法族は本来、生まれてから50年くらいの間は魔力の色が安定せずに、安定する直前に1番そばにある色に落ち着きます。

しかし黒色と白色だけは例外で、生まれた時から生涯その色です。後から染まることは決してありません。


また、特性も他の色とは違います。

他の色は、他の色と混ざるとだんだん茶色に近くなっていきます。これが結晶病の原因だろうと言われています。

作中でリラが言っていましたが、白と黒だけはそれがありません。


白色は他の色を白色へ変えていってしまい、自分の持つ魔力とは他の色の魔力が混ざることで起こる魔力酔いも非常に起こりにくいです。一度に大量の白の魔力を取り込んだ時はその限りではありませんが。


黒色は、決して他の色とは混ざりません。

まだらのようになるだけです。



いいね等頂けますと作者が喜びます。

この度は私の作品をお読みくださりありがとうございます。

もしよろしければ、次の話もお読みいただけますと嬉しく思います。

分かりにくい部分が多いかと存じますので、質問などございましたら気軽にお願いいたします。

物語に大きくかかわらないものであれば、あとがきのスペースを借りてお答えいたします。

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