2 センターエリア
アワはルペラに連れられてこの箱庭の最も重要な中枢都市、センターエリアに来ていた。
ルペラの住んでいるところはルペラの物以外の家がないどころか、人がほとんど来ない。
徒歩から始まり、乗合馬車を乗り継いでようやくここまで来た。
一方、このセンターエリアと呼ばれる場所に近づくにつれて人は多くなり、道は石で綺麗に舗装されている。
必死にはぐれないようルペラの後を追っていると、着いたのは大きな駅だった。
「どこまで?」
「行政区Aの南地区」
「二人で1600ルビ、ほらチケットだ。8番ホームで待っててくれ」
ホームには、たくさんの汽車が並んでいて、たくさんの人が行き交っている。
やがて、ルペラとアワがいる8番ホームにも汽車が来る。
金属でできた大きな汽車は近くで見るとかなり迫力があり、思わずアワが見とれているとリペラから声がかかる。
「ちょっと、いつまでもそこで呆けた顔しているつもり? 早く来なさい」
目まぐるしく変わる景色に、アワが大きな窓から目が離せなくなっている間、ルペラは本を読んでいた。
外を見るのにアワが飽きてきて、今度は汽車の中を観察し始める。
周りは金属で作られ冷たい印象だったのに、中は木で作られていて温かみを感じられる。
ふと、周りの人がちらちらとこちらを見ていることに気が付く。
耳を澄ますと、何かぼそぼそと喋っているのも聞こえてくる。
ルペラのほうを見ると、本から目を離さずに少年に答える。
「あんな、ぐだぐだ悪態を吐くしか能がない有象無象なんて気にしなくていいのよ。自分に才能がないって自覚して劣等感を抱いて他人に嫉妬なんて、ずいぶん哀れよね。ふっ、あまりに哀れで泣けてくるわね」
微塵にも泣けてくるなんて思っていなさそうな、それどころかあざ笑うかのようにルペラが喋る。
ひそひそ声はピタリと止んで、辺りがぴしりと凍り付いたような気がした。
アワは余計にいたたまれなくなって、椅子の端に小さくなって逃げるように窓の外を眺めることにした。
目的の駅である行政区A南駅までの間、ずっと空気は凍り付いていて、それなのにその状況をまるで気にしていないようなルペラだけがのんびりと本を読んでいた。
アワはあれほど居心地の悪い空間はもう2度と経験したくないと思いながら、帰りもあるのかと今から気分が沈んでいた。
「ここからはまた乗合馬車よ。まずはあなたが人間か魔法族か調べるために魔力の調査に行かないと」
馬車は相変わらずゆっくりと揺れながら目的地へと連れていく。
でも、あの凍り付いた空気じゃないだけで、とても居心地がよい。
調査所だという施設に着くと、ルペラは受け付けのような場所で何かを話し込んで、こちらに帰って来る。
「私は行く場所があるから、ここで調査されておいて。多分結構掛かるから。この建物からは出ないでちょうだい」
それだけ言うとルペラはまた建物の外へ出て行ってしまう。
ガラス張りの窓から、乗合馬車に乗っていくところが見えた。
新薬の販売許可申請を提出した後、ルペラはまたアワを置いてきた例の調査所に戻ってきた。
商業関係の申請を出す施設はかなり込み合っていて、書類を渡すだけだというのにかなりの時間が掛かってしまったという。
ルペラは結果の書かれた書類を受け取り、待合室の端に居心地が悪そうに座るアワのそばに行く。
「ずいぶん待たせたわね、おまえ、自分の調査結果は聞いた?」
「いえ……」
あらそう、とルペラが受け取った書類を読んでいく。
ほどなくして、驚いたようにルペラの眉が上がり、そして顰められる。
「可哀そうに、そしてようこそ魔法族の世界へ。おまえ、魔力許容量異常症の魔法族だわ」
アワが何かを言う前に、ルペラが再び口を開く。
「明日は人間を雇用する許可申請に行こうと思っていたけれど、その必要はなくなったわね、おまえも立派な魔法族の一員だから、明日は中央大図書館にでも行こうかしら。おまえは何も知らないもの、そこでいろいろ私たちが生きる世界を学びなさい」
ルペラがひとつため息を吐く。
「それにしても、本当にかわいそうに。無魔法症ではないみたいだから、外付けで魔力貯蔵庫を用意すれば魔法を使えるのはせめてもの救いかしら」
口調は相変わらずきついものだったが、ルペラの目はいつになく優しい目をしていた。
いつも冷ややかに見下してくるあの緑の目が、心配そうに揺れるなんて、優しそうに細められるなんて、知らなかった。
行政区の中の宿に泊まり、次の日は再び汽車で行政区から出て学術区へ向かう。
ルペラはその道中、ずっと何かを考えこんでいた。
それは汽車を降りてからも同じで、そこまで遠くないからと歩いて図書館へ向かう間、今日初めてルペラが口を開いた。
「おまえ、魔法族として生きたいなら黄の魔術師に弟子入りしたらいいわ。あそこは、魔力を外から持ってきても問題ない。他の色では外から魔力を持ってくるのは何かと不都合だし」
ちらりとルペラはアワの顔を見て、すぐに視線を戻す。
「私は人間と暮らすことを勧めるわ。魔力許容量異常症って短命が多いから人間社会にも馴染めると思うの、それに、やっぱり魔力異常持ちが魔法族の中で生きていくのはね」
ルペラは遠くを見つめながら、そうつぶやく。
中央大図書館の、その名に恥じぬ美しい建物にアワが圧倒されていると、アワがあとからついてきていないことに気が付いたルペラから声がかかる。
「ちょっと、図書館の外で図書館を眺めて本は一冊も読まずに1日過ごすつもりなの? とっとと来たら?」
図書館に入ると、ルペラは本棚を物色して時折本を取り出し積み上げていく。
そして、アワへ一冊の本を渡してきた。
「簡単に歴史を纏めた子供向けの本よ。歴史を知っていればあとは何とかなるでしょ。色によって常識は違うし、人間と魔法族じゃもっと違う。必要になってから学んだらいいわ。私は魔法薬学の本を見るから、おまえはここから動かないで」
終わったらこれも読むのよ、と積み上げた本を指さし、それだけ言ってさっさとルペラは別の本棚のほうへ向かう。
わざわざ本を選んでくれるなんてずいぶん優しくなったな、とその後姿を眺めた後、アワは渡された本を開く。
ようやく最後の一番長い本を読み終わると、ルペラが近くで待っていた。
「ずいぶんと熱心に読んでいたじゃない。子供が覚えることはこれで覚えたわね」
「はい、たぶん」
読み終わった本を返却用の棚に移動させるアワを、椅子に腰かけたルペラはじっと眺めている。
「そろそろ出発しないと今日中に家へ着かないわ、行くわよ」
本を移動し終えた後、ルペラはさっと立ち上がり、駅へと足早に向かう。
慌ててアワはそのあとを追いかけた。
「また来ますか?」
「どこに?」
「この図書館に、です」
「わざわざ連れて行けと?」
ルペラの冷ややかな目を見ると、まだ知りたいことがあるんです、という言葉は思わず飲み込んでしまった。
優しくなったと思ったのはやはり気のせいだったのかもしれないな、とアワは頬杖をついて窓の外を眺める。
帰りの汽車も馬車も、どこかぼんやりとしたアワを見て、ルペラは目を細めた。
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