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14 衝突と

「ネロがそう命じた。」


「どうして!」


叫ぶようにそう言ったエルキュールがネロに掴みかかり、フィロスカスが抱えたペンタルアとレイラ、そしてエルキュールを交互に見ておろおろとしている。


「ペンタルアは……! 私たちの、あなたの仲間ではないのですか! どうして、どうして仲間を害するなんてことができるんですか!」


ネロは襟首をつかまれてエルキュールに持ち上げられていたが、抵抗もせずにされるがままだ。


「原色の会は、仲良しの会じゃない。彩色の会と違ってね。」


ネロが襟首をつかんだエルキュールの手に自分の手を重ねて、下ろすように促す。


「ありがとう、もういいよ」


ネロのその言葉に紫の魔術師二人が頭を下げて、下がろうとする。

刹那、赤い靄が二人を拘束する。フェフィリアーナだ。


ネロはその様子を見ていたが、特に興味もないと言った風にエルキュールへ視線を戻す。


「ネロたちは、ネロは、白の大樹の存在を許さない。あの時、白の大樹を使うことに頷いたネロたちが間違っていた。誰かの犠牲の上に成り立つ世界ではあっていけない」


「だから? 白樹の子を殺し、ペンタルアまでをも手に掛けようとしたのですか?! 最も犠牲を強いているのは誰か理解しているのですか?」


ネロが首を横に振る。


「白の大樹も、だよ。これを機に箱庭の魔力生産を、白の大樹以外の方法で賄うように変える。それが本来あるべきだった姿だよ」


エルキュールが胡桃の杖を懐から取り出して、ネロへ向ける。

すでに杖の先端には紫の靄が集まり魔術文字が発光しながら回転していて、すぐにでも魔術を放てるようになっていた。


それにぎょっとしたフィロスカスは、なにごとかとそばに来ていた使用人を呼びつけてペンタルアとレイラを預け、エルキュールを押さえつけに掛かる。


「なにしているんですかエルキュール! あなたは馬鹿ですよ!」


フィロスカスも懐から飛龍の骨の杖を取り出して振り上げ、胡桃の杖の先端に集まっていた魔力を霧散させる。


「ネロ! あなたもです! あなたのせいでこの箱庭に住む全人類が危険に晒されているのですよ」


「ネロ、どうして私たちに何も相談をしてくれなかったのですか!」


エシュリがそう言って、一歩前へ進む。


「相談? 聞いていたエシュリがよく言うよ。おまけに、眠った子供を起こす方法はもう模索されてすらいない。相談しても、白の大樹はそのままだった。変化を嫌うからね、魔法族は」


エシュリが言葉に詰まる。


一連の様子を見ていたルペラはペンタルアとレイラの元へ駆け寄る。


瞳に魔力を集めると、ふたりの頭に紫の魔力がまとわりついているのが分かる。


「紫の、呪術ですよっ! ふぅ、なんでこんな重いんですかあなたは」


エルキュールを引きずってきたフィロスカスは、疲労困憊といった様子でしゃがみ込む。


「私は呪術には明るくありませんが、術者以外には解けないと聞いたことがあります」


その言葉に、ルペラも頷く。


「私も聞いたことがあるわ。そも、呪術ならば緑に出来ることはない、紫の範疇よ」


「えぇ、それでエルキュール、解けますよね? あいにくと術者は昏睡しています」


紫の魔術師二人は、フェフィリアーナによって意識を奪われていた。


「出来ますよ。エシュリ! 補助を、僕たちでふたりの呪いを解きます!」



場は混乱を極めていたが、徐々に落ち着きつつもあった。




エシュリも自身の紫檀の杖を取り出してエルキュールと呪いの解除に掛かり始めた時、パーン、と何かが弾けるような、割れるような音が響く。





ほどなくして頭上から茶色の何かが降ってきて、無色の当主のほうへ落ちていく。


ベンタイがいかん! と声をあげて無色の当主を押しのける。

ふたりにぶつかったその茶色いものはもう一度飛び上がり、そこでボルボスとフェフィリアーナに撃ち落された。


フィロスカスがあぁもう次から次に! と頭を掻きむしってそちらへ走る。


「エシュリ、エルキュール、ふたりを任せたわよ」


エシュリとエルキュールからの返事はない。

ふたりは滝のように汗を流しながら必死に、ペンタルアに絡みついた呪いを剝がしていた。


その様子をちらと見やり、ルペラもフィロスカスの後を追った。



「魔力濃度が下がったから、外世界の魔力に押し負けたんだわ、箱庭が壊れる……外世界の魔物と汚染物質が入り込んでくる……」


ルシアーナが瞬きもせずに空を見上げている。

ルペラもそれを倣って見上げると、空にひびが入っている。


先ほどの音は箱庭の天井が割れた音だったのだ。


フェフィリアーナが意識を失った無色の当主とベンタイ、その処置をするフィロスカスとルペラの下に駆け寄って、庇うように立ち一角獣の角の杖を高く掲げた。


赤い靄が周囲に立ち込めて、皆を囲う大きさの半円を作り上げる。

その半円の外周に赤く発光する魔術文字が渦巻きはじめ、円の内部の靄は晴れる。


フェフィリアーナが呻いた。


ボルボスがそばに歩み寄って、どこかから取り出した両手剣を地面に刺す。


「俺が発動を肩代わりしてやるよ、結界術は苦手なんだろ?」


フェフィリアーナは頷いて、杖を持っていない右手をボルボスの肩に載せる。


「なあ、前会った時から随分と変わったなぁ? 昔、戦場を駆けまわってた頃のお前を見たみたいだ」


魔術の発動をボルボスに任せたフェフィリアーナは余裕を取り戻していて、ふっと笑って答える。


「恥ずかしい話だけど、ネオフォルに脅されて目が覚めたの。戦場を駆けまわるのをやめたら憎しみに目が曇ってしまったみたい」


赤の魔術には、自分ひとりを護る結界術しかないはずだ。

それを無理やり大きくして皆を護れるようにしているのだろうか。

正気の沙汰ではない。さすが、原色と彩色と言ったところか。







ネオフォルのか細いうめき声が聞こえ、そちらを見やるとネオフォルが頭を抱えてうずくまっていた。それをディートリヒが支え、額を合わせている。


皆からの視線に気が付いたディートリヒは、呻くように叫んだ。


「全知の目が一度に大量の映像を送り付けたんだ! 僕も今からネオフォルの脳と繋いで処理を肩代わりする!」















「首謀者はね、ネロじゃないのよ。私なの」


その声に、ルペラとフィロスカス、ルドルヴィー、そしてネロがルシアーナのほうへ目線を向ける。


「なに言ってるの、ルシアーナ? あなたはただネロの考えに賛成しただけ。首謀者? 自惚れないでよ」


「いいえ、私が首謀者よ。私がその責を負うわ」


ルシアーナは小瓶を取り出して、中に入った薄桃の液体を飲み干した。


甘ったるい匂いが、周囲に立ち込める。


「あのっ馬鹿っ!!」


フィロスカスが悪態を吐いて立ち上がろうとし、ルペラがそれを手で制す。


「私が行くわ」


この甘ったるい匂いは、ベラドンナの毒だ。



吐かせようと押さえつけて、口へ手を突っ込もうとするが、ルシアーナはそれに抵抗する。


ルペラはルシアーナの頬を張った。


「お前が死んで罪を償えるとでも思ったの? 馬鹿も休み休み言いなさい、死んで何になるのよ。お前は生きて、それで初めて罪を償えるの。わかったら大人しくしなさい」


ルシアーナが面食らったように抵抗をやめ、ルペラはこれ幸いとその口に手を突っ込んで舌の奥をぐっと押し吐かせる。


げぼっとルシアーナが胃の中身を吐いた。

ほとんど何も入っていなかったようだ。

ルペラは舌打ちをする。


「星屑の花はある?」


タオルを持って駆け寄ってきた使用人が答える。


「ございますが、緑の魔術師以外は保管室に立ち入ってはいけない決まりになっております。」



「薬学馬鹿! 星屑の花を取ってきて!」


返事が無いので訝し気にフィロスカスのほうを見ると、フィロスカスは我関せずというようにベンタイと無色の当主の手当てをしていた。


「薬学馬鹿!!」


「お前だよフィロスカス」


ボルボスの声でようやく自分が呼ばれていたことに気が付いたのか、フィロスカスが顔を上げる。


「は? 馬鹿……えっ私?! いやそれよりも! ルペラ、あなた、ここで星屑の花の薬を調合するつもりですか?! 正気の沙汰じゃありませんよ! 完璧に設備が整った調薬室でやっても、私ですら成功率は七割ですよ! ルシアーナが死にますよ!」


星屑の花は万病を癒し、毒を消し、四肢すら生やす治療薬を作れるが、命を奪う猛毒にもなりうる。

そして星屑の花の難しいところは、致死量が人によって違ううえ、その人の状態によっても変わることだ。

それを正しく見極め、毒とならない量で調薬するのは困難を極める。


「私の成功率は九割よ! 放っておいても死ぬんだから、いいから取ってきて!」


「あ、いやでも二人の処置が……誰か! 止血だけでいいので変わってください!」


フィロスカスの声に、目を覚ましたペンタルアが答える。


「私が治療をする。あの緑の原色を助けてあげて」


白の魔術の大半は治療だ。ペンタルアがそれを施すのなら間違いがないだろう。


「ですが私たちは……」


「聞こえていたわ、任せなさい」


エシュリとエルキュール決死の解呪は成功し、ふたりは今レイラの解呪に掛かっている。

しかし、エルキュールはもう自分一人で座っていることもきついようで、使用人に支えられて何とか意識を保っているような状態だ。エシュリもそろそろ危ないだろう。


誰か案内を、とフィロスカスが星屑の花を取りに保管室へ駆けていった。


ルペラは近くの使用人に魔法で水を作ってもらい、それをルシアーナに飲ませる。


ふと、黒の魔力特有の重苦しい圧力を感じて、背後を振り返る。


ネロが、黒檀のずんぐりとした背丈ほどもある杖を地面に立てつけて、黒い靄に覆われていた。


ぶつぶつとその中で何かを呟いていて、次第に靄の中に黒く光る魔術文字が浮かびだす。それが回転しながら地面に円を描き、上へ回りながら昇っていく。それが何層も、何層も出来上がる。


ネロほどの魔術の使い手が詠唱を必要とするほどの魔術。

それはつまり、大魔術。


「最期の護り……」


ルドルヴィーにはその魔術の心当たりがあったらしく、はっとしてその靄の中に飛び込んだ。


「ネロ殿、私が発動を代わる、君は魔術固定をしてくれ。君なら、術者が死んだ後も残る固定ができる」


ネロが頷いて、ルドルヴィーも杖を取り出した。


「ルペラ、アナシアのこと、ごめんね」


ネロが死んでしまったら、アナシアにネロが施した魔術もすべて消えてしまう。

アナシアは、もう助からないだろう。




ふたりの詠唱が唄のように合わさり、黒の魔力の濃度がぐっと増した。






「ルペラ、星屑の花を……あの二人は何をしているのですか?」


「大魔術よ」


「大魔術?!」


フィロスカスの素っ頓狂な叫び声が上がる。


「煩い、集中できないから。薬学馬鹿はこっちを手伝って」


「え、馬鹿……あ、あぁ、はい」






ペンタルアの治療で意識を取り戻した無色の当主が、ベンタイの治療をしているペンタルアに語りかける。


「2人の代償を私が代わります。ペンタルア、身代わりの術を」


無色の一族は、大魔術の代償を肩代わりするための一族だ。


戦争時、大魔術は戦況を大きく変える手段として頻繁に用いられた。

しかし、大魔術を使える術者は限られているためそのたびに消費してしまうことはできない。

そこで、白の大魔術である身代わりの術で、術者の代償を無色の一族が代わる方法が取られた。

無色の一族が生まれ持った色以外に染まることができないのはそのためだ。


魔力は、生まれた時の色が最も純粋である。

そして、純粋な魔力を持っているほど他者の代償を受けるときの抵抗が少ない。



ペンタルアは首を振った。


「あそこまで大規模の大魔術をと、身代わりの術の代償まではあなた一人に払いきれません。2名は少なくとも必要です」








ネロとルドルヴィーの姿は、濃さを増す魔力でついにぼんやりとした影のみしか見えなくなり、魔術文字はもはや目視できないほどの速度で飛び交っている。


杖にすがって立っていたネロが、糸の切れた人形のように倒れこむ。

ルドルヴィーは身じろぎもせずに詠唱を続ける。





ぶわりと再び一気に黒の魔力が濃さを増し、ルドルヴィーの詠唱が終わる。


黒い透明な膜が、ネロの杖を基点に物凄いスピードで広がっていく。

ふたりを覆っていた魔力が晴れる。



ルドルヴィーは空を見上げて、ドサッと座り込んだ。











その日、3000年もの間生き残った人類の揺りかごだった箱庭は破壊された。

しかし、そのすぐ後に黒の大魔術で張られた結界が箱庭の跡地を覆い、魔物と汚染物質の侵入を阻んだ。


まず、赤の魔術に意識を奪う魔術はありません。フェフィリアーナが使ったのは、意識を奪う(物理)です。


それから、フェフィリアーナとボルボスが使ったのは魔術共有です。ひとつの魔術を複数人で発動させるものです。この場合、魔力の流れを一つにしなくてはならないので、術者同士での身体的接触が必要です。フェフィリアーナがボルボスの肩に触れたのはそのためです。


ディートリヒがネオフォルと脳を繋いで送られてきた映像の負担を分けたのも魔術共有です。

彼はネオフォルと額を合わせる必要はなかったのです。フェフィリアーナのように肩にでも触れればいいので。


ネロとルドルヴィーが使っていたのは、魔術共有ではなく複合魔術という、複数の魔術を一つの魔術として発動する技です。この場合は、最後の護りという大魔術と、魔術固定の複合魔術です。

これには身体的接触は不要ですので、ネロが途中で倒れても問題なく発動ができました。


身代わりの術を使わなかった時に代償を支払うのは初めに詠唱を始めた術者です。

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