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12 バッファーゾーン

アワは、セントラルエリアで頭を抱えていた。


ここ、D-6-aから出る最後の列車を逃したのだ。

次の列車が走る目途は立っていないらしい。


あんな別れ方をした手前格好が付かないが、またバルシスたちのところで次の列車を待つか、と立ち上がりかけたところで、1人の職員に肩を叩かれる。


「魔法族の方ですよね?」


「え、えぇ、まあ」


「これ、石の魔女様に、もしも魔法族の方がいたら渡すようにと」


受け取った手紙には、要約するとこんなことが書かれていた。


箱庭の魔力供給網に不具合が生じ一時的に、低魔力環境下でも生きていける人間の暮らすバッファーゾーンの外側へ魔力供給を停止する、そのため、魔法族は皆中央へ帰るように、と。

それから、列車はもうこれが最後なので、取り残された魔法族にはバッファーゾーンへ入るように、と。

万一遭難しても近々紫と幻の魔術師たちを大勢動員したバッファーゾーンの捜索があるため、その時に見つけてもらえやすいよう魔力の気配を消さないでおけ、この管理局の封蝋が付いた手紙を持っていれば保護してもらえる、と。



保護してもらえると言われてもなお、遭難者が絶えない、一度入れば出てこられないと脅されたバッファーゾーンへ入るは腰が引ける。


しかし、魔力の供給が止まるのならここへはいられない。

ならば入ってやろうではないか、捜索隊に救助されることを願ってバッファーゾーンへ。


自分の両頬をパンッと叩いて、アワは歩き出した。










バッファーゾーンではどうやって進むのか。


恐ろしく強い幻術がそこらかしこに掛けられ、方向感覚を欠如させる呪いや、最近の記憶を混濁させる呪いなどが仕掛けられたバッファーゾーンで、紫の魔術師でもないのにその幻術や呪いを解こうとするのは自殺行為だ。

幻術に飲み込まれたり、呪い返しに合い最悪命を落としかねない。


ならばどうするか。

簡単だ、幻術に抗わなければよい。


幻術は魔力を使って掛けるので、どうしても魔力の痕跡が残る。

その痕跡を、魔力を集めた目で慎重に見分けながら決して横切らないように辿っていくのだ。それが切れたらまた別の痕跡を辿って。


同じところを回らないよう、アワは木にナイフで小さな傷をつけて進んでいった。
















「まよった」


何度目かの夜で、アワはうっそうと茂る木の葉の隙間から覗く月を見上げてそうつぶやいた。


何回陽が沈んだのかもわからない。3回以上はある気がする。

気が付かないうちに記憶を混濁させる呪いを受けてしまったんだろう。


左手を持ち上げて、ルペラから贈られた腕輪の魔石を見る。

僅かに青色が見えるだけだ。


もともとアワの魔力はほとんどない。

この魔石に貯めた魔力を取り出して進んでいたが、これっぽちまで使い切ってしまったら魔力の気配も出せなくなる。



背中を預けた木には、ナイフで何度も傷がつけられていた。



アワが迷ったことに気が付いたのはこの傷のおかげだ。


一休みしようかと手をついた木が傷だらけで、すわ危険生物か、と観察するとナイフでつけられたような傷だったのだ。


嫌な予感を覚え傍の、傷をつけるなら選びそうだと思った木に触れる。

とたん、傷ひとつなかった木はナイフの傷だらけになったのだ。

傷をつけたのは一度に一つ。


なら、何度ここを回っていたのか……

アワは腹の底から恐怖が湧き上がるのを感じた。


幻術に掛けられていたのだ。



そこでアワは進むことをすっぱり諦め、捜索隊を待っていた。




まわりに漂う魔力はすべて紫色なので、アワの青色の魔力は目立つだろう。

少しづつ、できるだけ魔力が長持ちするように少しづつ魔力を放って気配を出し続ける。









「おにいちゃん、迷子?」


「うっわあああああああ!!?」


うつらうつらとしていたところに、急に背後から声をかけられる。


ばくばくと早鐘をうつ胸を押さえ、必死に取り繕ってもなおうわずってしまった声を出す。


「き、君、だれ?」


「私? 私はレイナ」


さらりと、暗いこの森の中で淡く発光するような銀髪を揺らして、紫の瞳を薄めて微笑む可愛らしい少女。




あぁ、ついに人が見える幻術にも掛けられたのか……

しかし、見る幻術が美少女とは……

知る人が知る人なら後ろに手が回りそうだ。


「迷ったんでしょ、知ってるよ。ずうっとここをぐるぐる回ってた」


「あ、うん。それはそう」


「私が助けてあげる」


アワが混乱しているうちに、その少女はアワの手首を掴んで歩き出した。


ひょいひょいと、不可侵の森を手慣れたように歩く。


触っても消えない幻術とは、これを掛けた魔術師はずいぶん酔狂なものだ。


ふんふんと、少女は鼻歌を歌う。


――4歩進んで右に2歩、見えた小石は呪いの種、それを回って左に一歩。

迷った老人左に回って、孫はその右通り抜ける。

子猫の石は触ってよくて、傍の小花は呪ってる。

10歩進んで、一つ戻るとびっくり不思議。


ぱっと、鬱蒼と茂った森が晴れて、今まで見えなかった野原の真ん中に小さな家がある。

これも幻術だろうか。


「おかあさーん、迷い人、迷い人! 連れてきたよ、褒めてぇ―」


少女の声を聞いて、家から少女と同じ銀髪の女性が顔を出す。


あの少女は幻覚ではなかったのか、と助けてくれた礼を言おうと家のほうへ進む。


「止まれ! 動かないで! 動いたら撃つわよ!」


女性は赤みがかった木の杖をこちらへ向け、脅してきた。


アワは驚きながら、恐る恐る両手を挙げる。


「レイラ、こっちへ来なさい! お前は誰?! 誰の差し金?!」


そんなこと言われてもただの遭難者ですよ、とむくれたい気持ちになるが、そんなものは無駄だと知っているので、懐から朱雀の嘴の杖とナイフを取り出して足元へ放り投げる。


「ただの旅人で遭難者だよ! それが僕の武器のすべてだから、回収して構わない」


女性は疑いの目を隠さずに、杖を持っていない左手を手招くように動かして、ナイフと杖を手元に収める。


その間に、杖の先端にはどんどん白い靄が集まっている。

あの靄は魔力だ、魔法を撃つ準備かもしれない。


これは、もしかしなくてもやばいのではなかろうか。


「正直に誰に送り込まれたか話しなさい!」


「だから誰からも送り込まれてないんだって!」


「嘘よ!」


杖の先端になんだか難解な、曲がりうねって発光する紋様が浮かびだす。


うん、これはやばい。そう確信する。


「本当だって!」


「じゃあその腕輪は何?!」


そう言われて、左手に着けた腕輪を見る。

ほんのり青い魔石があしらわれた、アワの魔力貯蔵庫。


「魔力貯蔵庫だよ、ただの……」


そこで、アワははたと思い至る。

いつかの屋台の店主が言っていたではないか。

これから魔女の気配がすると。見る人が見れば誰のものか分かると。


ルペラ、なんて余計なことをしてくれたんだ、と心の中で悪態を吐く。


「緑の魔女ルペラが旅立ちの時に贈った腕輪! 彼女とは断じて協力関係にない! 僕は本当にただの旅人で、この前の最後の列車に遅れて仕方なくバッファーゾーンに入り込んだ!」


そこで、セントラルエリアで貰った石の魔女の手紙を思い出す。


「手紙! セントラルエリアで貰った手紙があるから! それを取り出す!」


「不要よ!」


その女性が再び左手を動かして、アワが足元に置いた旅行鞄からひとりでに手紙が飛び出しその手に吸い込まれていく。


封蝋を確認した女性は、例の紋様がついに回転しだした杖の先端を向けたままアワに数歩近づいて、その靄を放った。


うわっ! とアワが避けようとすると、体が金縛りにあったように動かなくなり、力が抜けた足がもつれてびたーんと顔から倒れこむ。


腕が勝手に背中側に回って、動かせなくなる。


鼻から、何か生暖かいものが顔を伝っているのを感じる。


ぐり、とこめかみに杖を突きつけられて、顔がひとりでにそっちを向く。


紫檀でできた杖が白いもやを纏っていて、その向こうから銀髪とブルーグレーの瞳がこちらを覗き込んでいるのが見える。


ただ、その顔があまりに険しいので神秘的な雰囲気は恐怖を掻き立てるし、整った造形はぞっとする冷たさを孕んでいた。


突きつけられた杖が熱を帯びる。



「お母さん、お母さん、殺しちゃダメ! 私が悪い子だから、その人は悪くないから! だから、おねがい、ごめんなさい、ごめんなさぁい……」


先ほどの少女が、女性の背中に縋って泣きじゃくり、それを聞いた女性は、アワのこめかみに突き付けていた杖をどける。


どんだけ強く突き付けていたんだ、ジンジンするぞ、痣ができてるのではなかろうかとアワが現実逃避もかねて思考を巡らせていると、女性がふいっと杖を振る。


刹那、視界が暗転した。





















まぶしい、明かりを消してくれ。


薄く瞼を開ける。


「おかあさぁーん! 起きた! 起きたぁ!!」


とたん、耳をつんざく大声。


頭がキーンと痛い。


体もなんだか熱っぽい。


足音が2つ、小さくてパタパタしているものと、こつりこつりと静かなもの。



額に、ひんやりとした柔らかい手が当てられる。


つめたくって、心地が良い。



「軽い魔力酔いね、レイラ、青の魔石を持ってきて」


はあいという声と、パタパタと遠ざかる足音。


直ぐにその足音は近づいて、体の周りを温かくて心地のいい何かが覆う。


春の原っぱで寝っ転がっているようだ。


やがて眠気がやってきて、アワは蠱惑的に手招くそれに抗えず意識が再び沈んでいく。





























ハッと意識が浮上して、ぱっと体を起こす。


なにがあった? なにが、銀髪の少女に連れられて行ったところで、銀髪の魔女に杖を向けられて……


そうだ、魔法を使われて、体が動かなくなった後に意識を奪われた。


ともすれば殺されていたかもしれない状況に、アワは鳥肌が立つのを感じる。





「――まだ体が重いでしょう。魔力酔いよ。そこの青い魔石を握って寝ていなさい」


聞き覚えのある声に、アワは油が切れたブリキ人形のような動きでギギギ、と顔を向ける。


アワに魔法を撃って、殺そうとして、意識を奪った魔女がいた。


しかし、声色も顔も穏やかで、あの時の冷たい雰囲気はない。

騙されはしない、と目を離さずに、その魔女の動向を追う。



その魔女は、傍のテーブルに置かれていた水差しからコップへ水を注いで、アワへ差し出した。


……毒か?



「あの時は悪かったわ。最近、バッファーゾーンへ紫たちがたくさん来て私たちを探しているから、気が立っていたの。あなたにとっては、悪かったでは済まないわね。何を求める?」


油断させてサクッとやる作戦かもしれない。油断はしていけない。


「あなたは?」


「白の原色ペンタルア」


「白の、原色?」


「……原色は、」


「知ってる。」


説明を始めようとしたその女性、もといペンタルアの声に被せるようにして、それを遮る。


「原色がなぜこんなところへ?」


「意見の相違と対立よ」


ペンタルアの目が険しくなる。

この話題は危ないかもしれない。


「なぜ紫たちに追われている?」


「レイラの身柄を狙っている。白樹の子に立てるため」


顔も険しさを増す。

この話題も危ない。


「僕をどうする気?」


「先日の詫びを」


嘘を言っているようには聞こえない。

だが、ペンタルアは一度アワの命を奪おうとした。


恐らく、ペンタルアはリラよりもずっと魔法が上手い。


あの物を動かす魔法はリラも使っていたが、難解でねじれた発光する紋様を伴った魔法は使っているところを見たことがない。


リラが単にアワに見せなかっただけの可能性もあるが。


対するアワは水を持ち上げて動かしたり、火花を散らしたり、体が数秒しびれるだけの静電気を至近距離で発生させるので限界だ。

それも発動に時間がかかるし、予備動作が大きいので気づかれないよう使うのは至難の業だ。


魔法勝負に持ち込まれたら確実に負けて殺される。


かといって体術も、アワは身に着けていない。


アワができるのは、より少ない力で草を刈り取ったり、草原の中で草を倒さずに歩いたり、なるだけ長く楽に歩くくらいだ。


そうだ、詰んでいる。

どれだけアワがペンタルアを警戒したとして、彼女がその気になれば一瞬でアワの首はこの体と泣き別れだ。


では、表面上でもペンタルアが友好的に来ているのだから、こちらも友好的に接した方が良いかもしれない。


折を見て逃げ出そう。


追い付かれて捕まりそうだが、もしその、紫の魔術師たちに保護してもらえれば助けてもらえるかもしれない。

敵の敵は味方だ。



少なくともペンタルアのそばにいるよりかは安全だろう。




「分かった、僕を害さないで、そのうえでバッファーゾーンを超えさせて欲しい」


ペンタルアは、顎を軽く引いて頷いた。


アワはそっと差し出された水を受け取る。

少しだけ口に含んで、変な香りや変な味、しびれなどがないことを確認して飲み込む。


そういうものがない毒だったなら諦めるしかない。




存外喉が渇いていたようだ。

渡された水を、アワはごくごくと喉を鳴らして飲む。


ペンタルアは、いつの間にか居なくなっていた。










例の少女、レイラが湯気をあげる椀を抱えてやってきた。


ベッドのそばの椅子に座って、椀を膝の上に置く。

椀の中の麦粥を匙に少し掬って、ふうふうと冷まし、アワへ差し出す。


アワは面食らって、固まっていた。



首を傾げたレイラだったが、アワが食べない理由を思いついたのか、匙を椀に戻してぐるぐるぐちゃぐちゃとかき混ぜる。


しばらくかき混ぜて満足したのか、匙に粥を掬い、ふうふうと冷まして自分が頬張る。

そうして飲み込み、傍の水差しからコップへ水を注いで、それをごくごくと飲み干す。



満足げな笑みを浮かべたレイラは、その自分が口を付けた粥とコップをこちらへ差し出した。


毒見のつもりだろうか。

にしてももう少し美味しそうにかき混ぜられないのか。


怪訝そうな顔をしながらそれらを受け取ったアワは、ゆっくりと時間をかけて粥を平らげ、水を飲んだ。


腹が満たされると眠たくなる。


その眠気に誘われるまま、アワは眠りについた。







再び目が覚めたとき、レイラはふんふんと鼻歌を歌いながら足をぶらぶらさせて座っていた。


「起きたね。私はレイラ、あなたはだあれ?」


「あ、アワ」


見かけも子供だが、中身はそれよりも随分と幼いように感じる。


ふぅん、と返事をして、レイラはまた鼻歌を歌い出した。


「おかあさんは怖いでしょ、おにいちゃんはね、出来が悪かったからずうっと寝てるの」


「ずっと……寝てる……?」


うん、とレイラが頷く。


「だから私は眠らされないように、出来が悪いってばれない様に、お勉強をしないんだ。おかあさんは私に白を継いでほしいみたいだけど、おにいちゃんはそれで失敗したから。おかあさんが取った弟子のおねえさんもそう」


「怖くないの?」


うーん、とレイラは顎に指をあてて考える。


「あんまり。優しい時は優しいし、ここの外はもっとあぶないから」


あぶない、というのはペンタルアが吐いたレイラが逃げ出さないための嘘だろうか。


「危なくないよ、僕は外を旅してるんだ。まだ少ししか行ったところは無いけど。それに危ないところには入れないように目印があるよ」


レイラはきょとんと首を傾げる。


「ちがうよ、外に出たら、捕まって木になっちゃう」


「木になる?」


「うん、おにいちゃんも、おねえさんも、白くて大きな木になって根元で寝てるの、それになっちゃう」


人を食べる魔法植物でもいるのだろうか。


「でもおかあさんはほんとはおにいちゃんのこと大好きなんだ。だから、おにいちゃんの木が枯れないように願ってる。でも今回の騒ぎって、木が枯れたんだっておかあさんが言ってた。だから最近おかあさんはこわいよ」


レイラの言うことは要領を得ない。

親が子供にいたずらをしないように言い聞かせる、鬼が出るよ、だとか、おばけに捕まるよ、みたいな子供だましを本気にしているようにも聞こえる。


「じゃあ、木にならないようにちゃんといい子に勉強しないと。そうしたら、お母さんもそんなこと言わないよ」


「ちがうよ、勉強しちゃ頭が悪いってばれて連れていかれちゃう」


「勉強しないと連れていかれちゃうんだよ」


「ちがうんだって! ものわかり悪い!!」


レイラは声を荒げて、部屋の外へ走り出てしまう。


アワは、何かダメなことを言ったのか、と首を傾げるが分からない。

レイラのさっきの話は、勉強嫌いの子供が勉強をしない言い訳に聞こえたのだ。


あとは、ペンタルアがさすがに自分の息子に手をかけるような人ではないと信じたい、というアワの願望もある。










翌朝、ペンタルアはアワの荷物を持ってアワの寝ているベッドのそばに立っていた。


目覚めた時に見たのがそれだったで、アワは飛び上がらんばかりに驚いたものだ。



「もう体調もいいだろうから、レジデンスエリアとの境まで送っていく。準備して」


ばさり、とアワの外套をこちらへ放り投げて、旅行鞄を足元に降ろしたペンタルアは部屋の外へ向かう。


「廊下を右に曲がった突き当りの部屋にいる、準備ができたら声をかけて」



人目のないところで始末するつもりかもしれない、警戒は解かないようにしないと、とアワは外套を着込む。


ナイフと朱雀の嘴の杖も帰ってきている。







「準備できた」


ドアをノックしてそう言うと、しばらくしてペンタルアが出てきた。


アワの姿を横目で見下げて、くるりと背を向ける。


「付いてきなさい、レイラには、」


「でてっちゃうの?」


背後から聞こえてきた声に振り向くと、ドアから顔だけ覗かせたレイラがこちらを見上げている。


「また来てくれる?」


それは御免こうむりたい、とそのままを口に出す代わりに、アワはしゃがみこんでレイラと目線を合わせる。


「約束はできないよ、でも、もしもまた出会ったらその時は一緒に遊ぼう」


うん、とレイラが頷いてドアが閉まった。







野原と森の境目で、ペンタルアがこちらに紫檀の杖を向けてきたので、アワはナイフを取り出そうと構える。


「紫に見つからないように姿をぼやかすの、それから幻術を防ぐ。レイラに誓って傷つけない」


その言葉は信用できないが、彼女がこちらを害そうとしたなら抵抗なぞ意味が無いので、アワは半ば自棄で頷く。


ペンタルアがアワの頭を杖で優しく、2度触れる。



「声は出さないように」


ペンタルアが、森へ消えた。

アワもそのあとを追う。




ペンタルアは、鬱蒼と茂る薄暗い森をすいすいと進んでいく。


時折立ち止まって待ってくれるが、なんとか追いついてもまたすぐに距離が離れる。

アワは必死にそのあとを追った。










「送れるのはここまで。そこの木を超えたらレジデンスエリアよ」


数歩先の木を指さして、ペンタルアがそう言う。

ちらりと見上げるが、凪いだ顔からは何の感情も読み取れない。


「……ありがとう」


アワは小さく礼を述べ、その木を超えた。




途端にぱっと明るくなり、薄暗い森の中に慣れていた目が眩む。


次第に明るさに慣れると、広い草原にまばらに木の生える、レジデンスエリアの景色だった。


もう2度とバッファーゾーンへは行きたくないな、と草原が広がっているように見える後ろを見て、前を向いて歩き出す。


途中で馬車か何かに拾ってもらえたらいいなと、そう考えながら。





――――――





「行ったか」


あの少年には悪いことをしたな、とペンタルアは独り言ちる。


元より、アワやレイラが考えているように殺すつもりなど微塵もなかったが、記憶を奪う魔術を勘違いしたレイラの発言でアワにも勘違いをさせてしまった。


レイラは、2000年ばかり前の出来事で未だにペンタルアにおびえている節がある。


同じようなことにはさせないと、わざわざバッファーゾーンに隠れ住んでいるというのに。


やれやれと首を振って、レイラの待つ家へ帰ろうかと思った時、背後からの気配を感じ、ペンタルアは振り向きざまに杖を振り上げる。


紫の魔力を帯びた魔術が白い魔力に阻まれて霧散し、それを皮切りに三方から魔術が飛んできた。


紫の魔術師たちだ。どこかから痕跡を追いかけてきたのだろう。

ペンタルアは舌打ちをひとつ、そして飛んできた魔術に魔術を当てて打ち消す。


魔力量も魔力操作も魔術の腕も、ペンタルアは向こうの誰にも劣っていない自信がある。

伊達に原色の席に座っているわけではないのだ。


白の魔術に戦い向きのものは少ないが、それは紫だって同じ。


しかしそれでも、十数人を同時に相手取るのは難しかったらしく、ペンタルアはじりじりと後退を余儀なくされる。


ふっと景色が変わり、レジデンスエリアに入る。


ペンタルアは即座に目が眩まないよう保護を掛けて、紫たちが出てきた瞬間を狙って一人一人意識を奪っていく。




こちらが優勢になったことで気が抜けていたのかもしれない。


1人が放った魔術が明後日のほうへ飛んでいくのを横目で見て、その先にアワの小さくなった後姿を見つけてしまう。


とっさにそちらの魔術を撃ち落としたと同時に、ペンタルアは背後から放たれた紫の魔術を頭に受けて意識が暗転した。










――――――











レジデンスエリアへ帰ってきてどうするか。

アワには、リラの元へ向かう以外は思いつかなかった。



近くまで馬車に載せてくれた人に礼を伝えて、アワは見覚えのある道を歩く。

前はまだ雪が残っていた道だ。


今は、青々と草木が茂っている。

もうしばらくすると木の葉は色付き始めるのだろう。


遠くのほうに小川が見える。

リラの箱庭との境だ。


思っていたよりも早い帰りになってしまった。


リラはどんな顔をするだろうか。にこりと笑って嬉しそうにしてくれそうだ。






ピシッと何かにひびが入る音が聞こえ、アワは左腕の腕輪を見る。

魔石が、青色ではなく茶色に染まって割れていた。



なぜだろう、と疑問を抱いたがその疑問はすぐに消えていった。


そして瞼がひとりでに下がってくる。

とてつもなく眠いのだ。


こんなところで眠りこけるわけにはいかない。



視界の端に青色が映ったと同じくらいに、アワは夢の世界へ旅立った。


レイラは2000年前に、暴走した時間を捻じ曲げる魔術にかけられて成長することができなくなりました。

ペンタルアは、黒の魔術師をまとめ上げるネロとルドルヴィーにその責任を問い、解くことを求めました。


しかし2人はこれを拒否。

時間が関わる魔術は非常に複雑で、失敗したそれは原色と彩色をもってしても解くことが不可能だからです。


その出来事で、かねてより不信感を募らせていたペンタルアは姿をくらませ今に至ります。


ペンタルアは原色と彩色たちに悪気がないことは理解していましたし、不信感を抱くに至ったもろもろの出来事も仕方のないことだったと知っています。


ペンタルアは自分の我儘で迷惑をかける同僚たちに申し訳なく思いながらも、それでもただ許すことはできなかったようです。


あの頃はまだ若かった、今ならば我儘を押し通して問題を放棄することはしなかっただろう、皆には悪いことをした。とはペンタルアの言葉です。


明日からは18:00-19:00のあたりで更新します。

もう残りわずかですが、よろしくお願いします。

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