0 日の出
小説家になろう様初投稿です。
拙い文ですが、ご一読いただけると幸いです。
実は、手元ではすでに完結しております。
全16話です。
毎日一話ずつ投稿していこうかと考えております。
時間は夕方から夜あたりです。
短い間ですが、何卒宜しくお願い致します。
霧のようなものが一面に立ち込めていて、すぐそばにある人影が一体誰なのか分からない。
ただ、少しずつその人が遠ざかっている気がした。
明るい光の指すほうへ。
待って、と声を上げようとしても声は音となる前にあたりへ溶けていく。
ふと、その人がこちらを見ている気がした。
――目覚むと良い……日の出だ、ほら……
ベッドで眠っていた少年は、はっと目を覚ます。
息が上がっていて、夢を見ていたような気がするのに思い出せない。
少年はゆっくりと体を起こして、頭を両手で抱える。
誰かに、声を掛けられた気がした。
知っている気がする声だった。
そこで少年は気が付く、自分が今いる場所を知らないことに。
「ここ、どこ……」
木製のどっしりとしたクローゼットや机がベットの周りに置かれ、低い天井も相まって狭いはずなのに、不思議と圧迫感は感じない。
それどころか、使い込まれた、でも大切に使われてきたとわかる家具のおかげでどこか温かく居心地がいい。
ふと、布のタペストリーがかけられた壁の端が隣の部屋につながっていることに気が付く。
ベットを下り、その部屋に向かって進むと、天井まである本棚にびっしりと本が詰め込まれ、それに囲まれるようにデスクがある書斎のような部屋だった。
天井は低いが、それでもびっしりと本が並ぶさまは圧巻だ。
本棚のない壁に小さな窓があり、柔らかな朝日が落ち着いた色の絨毯を照らす。
そして、窓際の階段から下へ降りられるようになっている。
少年はそっと階段を降りる。
階段はかなり急で狭く、寝起きに降りるのには少し恐怖を感じるほどだ。
階段を下りると、薄暗い廊下につながっていた。
深い茶色の、よく使いこまれた床と、少しざらざらした白い壁。
ざらざらを撫でていると、廊下の突き当りに人の気配がする。
そっとそこを目指して進んでいると、急に明るい場所に出る。
大きな窓がある明るい部屋で、茶色の長髪の女性は椅子に座り、机に置いた籠に植物を広げていじっている。
ふと、女性が少年を見る。
「あぁ、起きたんだね」
それだけ言うと、女性はすぐに視線を手元に戻して、何も言わずに作業を続ける。
「あの、あなたは……? 僕はなんでここに、それから……」
「人に名を聞くならまずは自分が名乗るのが礼儀ってものよ、ぼうず」
少年の言葉に被せてぶっきらぼうに喋る女性。
その女性は少年を待っているのか、それっきり口を開かない。
「あ……僕、名前がわからないんです。名前だけじゃなくて、その……全部」
何か言ってくれないかと期待を込めた目線を女性に向ける少年を一瞥もせず草をいじり続ける女性。
居心地の悪い沈黙が辺りを包んだ。
「……それで?」
「え?」
思いがけない言葉に、思わず聞き返す少年。
「おまえが何を望んでいるのかなんて私は知らないわ。覚えていないのね、それで? まさか察せと言うの? どうやらおまえは何も言わずとも周りがやってくれるようなずいぶんと恵まれた環境にいたようね。でも残念ながら、ここは違う。それで? 何?」
こちらを見ることもなく、畳みかけるように言う女性。
何もそこまで言わなくてもいいじゃないか、と内心悪態を吐きながら少年は答える。
「あの、僕のことを教えて欲しいなぁ、と。あと、その、あなたが何者か知りたい、です」
ふん、と鼻を鳴らす女性に、いよいよ怒りが込み上げてきて思わず拳を握りしめる少年。
「おまえは私の畑に倒れていた。二日前のことよ。それ以外は知らないわ。私は、緑の魔女ルペラ。これで満足かしら?」
「あぁ、はい。ありがとうございます」
少年は拳を引っ込める。いちいち癪に障る言い方をしてくるが、この女性、ルペラの言う通りならば助けてもらった恩がある。そして覚えていない以上追い出されては何も出来ないし、なるべく穏便にしたほうがよいと思い至ったからだ。
「あの、すみません、緑の魔女って何ですか?」
途端にルペラが驚いたように目をむきながらこちらを見てきた。
ルペラと目が合うのは実に二回目である。
綺麗な緑色なんだな、性格は悪いのにな。とのんきに考えながら二人が口を開くを待つ。
「緑の魔女も知らない……まさか……いや、覚えていないだけか……」
ぱっと立ち上がったルペラは、少年が入ってきた方へ歩き出す。
それを何となしに目で追う少年。
「ついておいで。余計なとこは触るなよ」
そのまま部屋を出ていった女性を慌てて追いかけた。
薄暗い廊下の奥、右側にある扉を開けてルペラは入っていった。
少年もそのあとに続く。
部屋の中には、所狭しとたくさんの物が置かれていた。
ランプのような形の物、時計のようなもの、使い道が到底分からないような奇抜な形の物が並ぶ中、窓辺の机の上に置かれた水盆は目を引いた。
水の入っていない水盆は、石を削り出して作ったような見た目なのに、厚みは薄く、外側には緻密な模様が彫られていた。模様に合わせて青や緑の宝玉が埋め込まれてもいる。
「触るなよ」
背後から急に声を掛けられ思わず肩を跳ねさせる少年。
そんな少年に見向きもせずに、ルペラは水盆を少しずらして机の上に布に包まれた水晶玉のようなものを置いた。
「魔力測定器の簡易版。魔力伝導性がとても高いから触れば体内に流れている魔力がこれを経由して通るわ。触りなさい」
言われた通り、恐る恐る魔力測定器に触れると、透明な球体の中央辺りがぼんやりと青色に染まる。
「おまえ……はぁ、よくまあ厄介ごとを持ち込んでくれたわね。人間がどうやってこんなとこまで入り込んだんだか」
ルペラがため息交じりにそう溢す。
「これはね、魔法族が触れば光る。おまえは光らなかったでしょう? だから人間。たまに光らない魔法族もいるらしいけれど少なくとも私は会ったことがないわ」
ルペラが手を伸ばし、魔力測定器に触れた瞬間、強い緑の光が辺りを埋め尽くした。
「子供はもう少し弱いけど、魔法族はこのくらい光る。体内の魔力量が高いからよ。人間はほとんど光らない。体内に魔力を貯めておけないから」
そっと、ルペラは魔力測定器を撫でる。
「それに、魔法族の子供なんてそうそう居ないから、人間なら納得よ」
再び布に包み、後ろの棚にしまったルペラは、開けたドアのノブに手をかけながら声を掛ける。
「おまえ、お腹は空いてる?」
言われるまで気が付かなかったが、意識してみると急にお腹が減り始める。
ぐぅと鳴ったお腹をさすりながら、少年は苦笑い混じりに答えた。
「少し」
ふん、と鼻を鳴らしたルペラは元の広い部屋のほうへ歩き出した。
「なに呆けているの? 早く来て」
ルペラの料理は、作る工程を見ているとかなりがさつだった。
計量スプーンや計量カップらしきものはあるのに、彼女は調味料も材料もすべて目分量で入れるのだ。
にんじんやジャガイモも、土こそ洗い落とすが皮を剥かずに使っている。
彼女は、温かいシチューと、ベーコンを添えた目玉焼き、ずっしりとしたパンを用意してくれた。
シチューに入ったジャガイモをスプーンで掬い上げてじっと見ていると、声がかけられた。
「なに? まずかったの?」
「いえ、その、ジャガイモは皮を剥いてスープに入っていた気がして」
「あら、食べたくなければ食べなければいいのよ。毒が心配ならそれは平気、光に当ててないもの」
ずっしりとした大きな丸いパンをナイフで薄く切り取って、少年の皿に載せたように自分の皿に載せながらルペラは答える。
「毒……?」
「まさか口に皮が残るなんてくだらない理由で文句を言ったの?」
「文句じゃないです」
「まあいいわ。他にも何かあるなら今言いなさい。後から後から言われる方が鬱陶しいもの」
「文句はありません。けど、パンって白いパン以外にもあるんですね」
返事が返ってこないことに少し嫌な予感を抱きながら少年は、恐る恐るルペラの顔を見る。
ルペラは、目を剥いて驚いたような顔をしていた。
「おまえ、白パン以外を食べたことが無いの……? 人間なのに?」
「いえ、えっと……分からないです……」
「あぁ、磨いた小麦で作る白パンと、磨いていない小麦で作る茶色っぽいパン、ライ麦で作る黒パンがあるの。ライ麦が一番安いけど、たいして変わらないから茶色いパンをよく食べる……まあ、ライ麦の酸味が苦手なのもあるわ。白パンはわざわざ小麦の周りを磨いて削るから、白くてきれいになるけれど高いの」
薄く切ったパンにベーコンを載せながら、ルペラは答える。
「たまーに例外もいるけど、ほとんどの人間は私たち魔法族よりも金銭的に貧しい人が多いのよ。寿命が短いこともあって要職に就きにくいのもあるし、魔法が一切使われない物は安くなる傾向にあるからね。おまえがもしその一部の例外のところのお坊ちゃんだったら、さっきから少し不躾なのも頷けるわ」
それ以上話を続けるのは憚られて、少年はシチューを口に含んだ。
程よい塩味と、鼻を抜けるハーブの爽やかな香り。ほんのり甘いミルクの味も感じられて、それらがちょうどよく纏まっている。
「おいしいです、これ。それにちっとも冷めてない」
「あら、舌が肥えているでしょうお坊ちゃんに褒められると嬉しいわね。冷めてないのはこの机のおかげよ」
ルペラは、端に植物の刺繍が施された白いテーブルクロスごと机をこんこんと叩く。
「机ね、料理の温度を保つ魔導回路が仕込まれているの。だから冷めないし温くもならないわ」
ルペラの料理はおいしかった。
シチューもそうだが、ベーコンは煙に燻された香ばしい香りが鼻を抜けて、少ししょっぱい味はパンによく合った。パンもパンで小麦の甘みとうまみが強く、味の濃いベーコンに負けていない。
目玉焼きはかけられたハーブが爽やかで、ベーコンとともにパンに載せるのも良かった。
「これを洗ってきてちょうだい。そこのドアから出てそのまま進んでいけば小川があるから」
指差したキッチンの端には木箱や棚の隙間にドアが見える。
ルペラが渡したブリキのバケツには水につけられた食器やフライパンが入っていた。
「薄めた灰汁に漬けてあるから。落ちなかったら石鹸をとりにきて」
重たいバケツを持ちながら歩くには、小川までは少々遠く感じた。
小川の水はかなり冷たく、全て洗い終わる頃には指先は真っ赤になっていた。
行きよりも軽くなったバケツを持ち上げて、家を目指して歩き出す。
行きには気が付かなかったが、目に付く木々はどれも黄色や赤に染まり、風が吹き抜けるたびにはらりはらりと葉を落としている。
ふと、家の向こう側に大きな木が見える。
ドアのそばにバケツを置いて、少年はその木へ近寄る。
見上げるほど大きな木には、真っ赤な林檎がまばらに実を結んでいて、周りの木と同じように葉はもう色付き、はらはらと降り注ぐように落ちてくる。
木の根元には丸太を半分に割っただけのベンチが置かれていて、その上にも落ち葉が積もっている。
さくさくと芝を踏みしめながらルペラがそばに来る。
「何してるかと思ったら、林檎が食べたいの?」
ルペラは懐かしそうに目を細めながら林檎の木を見上げている。
「師が前この箱庭に来た時に植えて行ったのよ。もう200年は経つかしら。こんなに長く持つなんて思っていなかったわ」
ルペラが服のポケットから紫色の巾着袋を取り出して、中に入った物を摘んで少年に振りかける。
「もう少ししか残っていなけど、食べたいなら取って来なさい。数分の間空を飛べるわ」
確かに体が雲のように軽い。
ゆっくりと浮かび上がりながら枝を掴み、林檎をそっと一つもぐ。
再び体がふわりふわりと浮かび上がり、ルペラが緑色の石を光らせると、それに引き寄せられるように体が下へ降り出す。
地面を踏み締めた頃には体の軽さはなくなり、バランスを崩した少年は芝生に座り込んだ。
「あら、慣れていないせいなのか、おまえが貧弱なのか。怪我はない?」
はい、と返事をしてルペラが差し出した手を取る。
少年が立ち上がると、ルペラは木の下のベンチに腰掛ける。
「食べていいわよ」
ベンチの、開いた場所をぽんぽんと叩きながらそう言った彼女は、木を見上げる。
やはり、この木を見る彼女はどこか寂しそうだ。
ベンチは、二人で座ってもかなり余裕がある。三人か四人座れそうだ。
真っ赤に色づいたりんごはさくりとしていて瑞々しく、ひんやりとしていて甘い。
「あの、この木を植えた師ってよくここに来るんですか?」
「え? あぁ、この木を植えた時が最後よ」
「植えた時…?」
「200年くらい前よ」
200年前から生きているのがさも当然かのように言い放ったルペラに、少年はりんごを取り落としそうになる。
「200年前って生きていたんですか?! あなたって一体何歳なんですか!」
「まあ、女性に歳を聞くなんて。数えていないけれどざっと3000くらいかしら。それにしても、こんな常識も覚えていないの? 私たち魔法族は長命よ」
「その師って人も?」
「当然魔法族よ。師は超古代文明が滅亡後の終焉期に生まれたって言っていたから、相当長生きよね」
「超古代文明??」
「あぁ、すごく昔にあった、物凄く科学技術が発達した文明よ。とっくに滅亡したけどね」
ざぁっと冷たい風が落ち葉を巻き上げながら吹き抜けていって、思わず体を縮ませる。
「体が冷えるわね、もう家に入ってきなさい。あぁ、それと、洗い物ありがとう」
ルペラはさっと立ち上がると、そのままドアのほうへ歩き出す。
少年ももう一度林檎の木を見上げて、ルペラの後を追うように歩き出した。
「まぁ、まぁ! あなたって洗い物もへたくそなの?!」
家に入ると同時に、ルペラに驚いたような呆れたような声を掛けられた。
いいね等頂けますと私が喜びます。
この度は私の作品をお読みくださりありがとうございます。
もしよろしければ、次の話もお読みいただけますと嬉しく思います。
世に出すつもりはありませんでしたが、いざ書き上がってみると誰かに見て欲しいと言う欲が湧いてくるものです。
分かりにくい部分が多いかと存じますので、質問などございましたら気軽にお願いいたします。
物語に大きくかかわらないものであれば、あとがきのスペースを借りてお答えいたします。