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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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哀しき妄想の過ち


 緖環明(おだまきあきら)神光人(みかりびと)へ入信させた若い女性は、彼の(そば)から忽然(こつぜん)と姿を消した。

 彼は女に『(だま)された』と分かったが、気付いた時にはすでに遅かった。


 多額のローンを組んで買った何の変哲(へんてつ)もない『(つぼ)数珠(じゅず)』。 ()()()()()()()で母親の分を合わせて二セット750万円(税別)であった。

 当然、母はダメ息子の愚行(ぐこう)を叱りつけるものだと思われた。 ところが、母は「お前が決めた事だから」とあろうことか貯金まで切り崩して息子の尻拭(しりぬぐ)いをしたのであった。


 「か、母ちゃん……。 俺、母ちゃんの為に立派な“月の子”になるから」


 ……つくづく救えない馬鹿息子である。 初めは若い女の色香(いろか)に騙されて入信した明。 ところが、教団の幹部であった『青葉久寿夫(くすお)』や『真片薬大寺(まひらやくだいじ)』の人間離れした能力に衝撃を受け「俺もあの方達のような特別な人間なんだ」と思い込むようになった。

 

 いわずもがな、緖環明はただの“オッサン”であった。 人の良い、真面目で力持ちの建設作業員であった。

 ところが、彼は“覚醒”した。 宇宙の救世主『月の子』の末裔(まつえい)である光の戦士『神光人(みかりびと)』となったのだ。 人間へ転生した”光の戦士”は”蛇神様(へびがみさま)”へのたゆまない信仰によって”月の子”へ回帰する。

 ”月の子”となった人間はもはや人間ではない。 宇宙救済の英雄となるのだ。


 「そうだ、俺は英雄になるんだ!」


 妄想(もうそう)の世界へ身を置いた明。 もはや、あの(なま)めかしい女信者の事などどうでも良かった。 救世主となれば、女神のような女性とも結ばれる。 母にも楽をさせてあげることが出来る。

 明は子供が夢想するアニメのような世界を信じた。 そして、心に眠っていた英雄願望と承認欲求を燃え上がらせた。 彼は教団の中でも指折りの狂信者となったのであった。



 ――



 「障害者は“悪”なのです」


 明は青葉からそう教わった。 しかし、明の母は目が不自由な老婆(ろうば)――つまり、青葉の言う“障害者”である。

 明は当初、青葉の差別的な言動に身震いを禁じ得なかった。


 『俺の母ちゃんは“悪”なんかじゃない!』


 そう思って密かに青葉に反発した。 ところが、人なつっこい笑顔を(たた)えて心地良い声で(ささや)く青葉によって、明は段々洗脳されて行った。


 青葉は言った。


 「障害のある肉体から魂を解放させてあげるのです。 そうすれば、来世で彼等は神光人として転生するでしょう」


 そればかりではない。 青葉は不審がる明の背中を後押しし、こう(うそぶ)いた。


 「貴方のお母様は魂を解放させる必要はありません。 ご子息である貴方が”月の子”へ回帰すれば、”月の子”の奇跡の力でお母様の目はたちまち開き、再び光を見ることが出来ますから」


 明が”月の子”となって母を救うためには、すでに”月の子”である青葉の命令を忠実に守り、遂行(すいこう)しなければならない。 ”(とく)”を積み、”カルマ”を昇華(しょうか)させ、”光の戦士”とならなければならない。

 ”徳”を積むためには罪深い悪人を殺害しなければならない。 すなわち、身体に欠陥(けっかん)があるにもかかわらず、神光人に帰依していない(けが)れた肉体から魂を解放させるのだ。

 この(とうと)い行いこそ神光人の使命であり、“月の子”に回帰する為の“徳”を積む方法なのだ。


 「そうか……。 青葉さんは不幸な人を救おうとしているんだ」


 明は青葉の(てのひら)で転がされた。 すっかり青葉を信用し、青葉と共に布教活動に邁進(まいしん)した。 青葉に指示されて身体が不自由な善良な市民を襲撃し、()まわしい殺人まで犯した。

 それもこれも、不幸な人を救済する為。 “月の子”となって母の身体に取り憑く穢れを浄化する為なのだ。


 明は仕事を辞めて、教団の職員となった。

 建設作業員であった時と比べ、報酬(ほうしゅう)は劇的に増えた。 母を外へ連れ出して、高級レストランで食事をご馳走(ちそう)してあげる事も出来るようになった。

 念願の彼女も出来た。 彼女は場末(ばすえ)のキャバレーで働く若いアム・セグラ人であった。 愛しの彼女は湯水のように明の金を浪費し、明に高額なバッグや宝石を買わせた。

 母親は「あの女に騙されているんじゃないのかい?」と明を心配したが、明は「ちょっとお金がかかるけど結婚まで考えてくれているんだからさぁ」と一笑(いっしょう)()した。

 ところが母の見立ては正しかった。 アム・セグラ人の女は結婚を(ほの)めかして男の財産を食い潰す結婚詐欺師であった。

 明は初めての彼女に夢中になり、盲目(もうもく)になったのだ。

 目の見えない母の方が、真実を見る能力があったと言う事は皮肉なことである。



 ――



 「明君、貴方は少し理解力に(とぼ)しいですが、もはや立派な神光人です。

 貴方には私が主導する“解放の儀”に同行する名誉を与えましょう」


 ある日、明は青葉に呼ばれ『兵藤(ひょうどう)記念病院』を襲撃するメンバーに選ばれた。


 「病院を襲撃する!? な、何故なんですか……?」


 明は泡を食って青葉を問い詰めた。


 「(けが)れた肉体から魂を解放させなければならないからです。 しかも、あの憎き『森中伊奈(もりなかいな)』も病院へやって来ます」


 国民的アイドルである森中伊奈が病院へやって来る? 何故、森中伊奈が病院へ来るタイミングで病院を襲撃しようと言うのか?


 「森中伊奈は穢れた身体から魂を解放させる事を拒む“小悪魔”だからです」


 なんと、青葉の話しでは森中伊奈は人間の身体に化けた邪悪であると言うのだ。


 森中伊奈は“篤志家(とくしか)”として病院に資金提供したり、ロボットを寄贈(きぞう)したりしていた。

 ところが、彼女の目的は精神病院に入院する患者を塩漬けにして死なせないようにする為なのだと青葉は主張したのである。


 「なっ、なんてこった。 あの“伊奈ちゃん”が……」


 明は衝撃を受けた。 明にとって森中伊奈は写真集を買い(あさ)り、コンサートまで通っていた()しのアイドルであったのだ。


 その伊奈がなんと“月の子”である自分達の(かたき)であるとは……。


 「穢れた肉体に縛られている魂は即座に解放しなければなりません。

 それを彼奴(きゃつ)は忌まわしい悪魔の手先となって、無垢な魂が月の子へ転生する事を邪魔しているのです。

 私達は邪悪な”小悪魔”を暗黒へ回帰させ、縛られた魂を解放させる為に戦わなければならないのです!」


 動揺する明を前に、青葉は蕩々(とうとう)()(ごと)を並べ立てた。 そして、明の瞳を真っ直ぐ見据(みす)えたかと思うと、矢庭(やにわ)に明の両肩を『ポンッ』と叩いた。

 

 「明君、それが私達神光人の使命。 “(かな)しきヒーロー”の宿命なのです」


 「か、哀しき……ヒーロー……」


 『ヒーローとは陰ながら邪悪を憎み、人知れず正義を遂行する(むく)われぬ戦士。

 普段はサラリーマンや主婦として一般人の仮面を(かぶ)り、いざ悪を前にすると颯爽(さっそう)と仮面を()ぎ取り、敢然(かんぜん)と悪に立ち向かう。 圧倒的な光の力で邪悪を滅ぼし民衆を護るのだ。

 民衆はそんなヒーローを賞賛する。 子供達はヒーローに(あこが)れ、子供を救われた母親はヒーローに礼を述べる。

 ところが、ヒーローは「礼には及ばぬ」と一転して哀しげな瞳を称える。 そして、風のように民衆の前から姿を消し一般人へ戻るのだ』


 明は理想のヒーロー像を思い描いた。 そんな”哀しきヒーロー”がまさに今の自分であったのだ。

 明は感激し、武者震いが止まらなかった。


 「さぁ、明君。 仲間達と共に頑張りましょう! この世界を”小悪魔”から救うために!」


 青葉はニッコリと(ほが)らかな笑みを浮かべて手を差し出した。


 「はい! 頑張ります!」


 明は緊張した面持ちで青葉の手を握った。 これから行なわれる凄惨(せいさん)な虐殺など、今の明には想像する事も出来なかった。


 明は地獄の扉を自らの手で開け放ったのだ。 悪魔の手招きに誘われて。


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