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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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籠絡

 

 「(かあ)ちゃん、そんな心配しなくっても大丈夫さぁ」


 緒環明(おだまきあきら)は背後から声を掛けて来た母にはにかんだ笑顔を向けた。

 

 「そうは言っても、お前……。 教祖様が狙われているって言うじゃないか……」


 再び動揺した声を出す母。

 白髪交じりのウエーブの掛った草臥(くたび)れた髪。 小豆(あずき)色の“どてら”を羽織り、少し腰の曲がった女性は心労で刻まれた皺から見ても七十歳は超えている年齢に見える。

 だが、その年老いた姿よりも目に付くのは彼女の瞳――二度と光を見る事が出来ない固く閉じた瞳であった。


 「母ちゃん、教祖様は“月の子”だ。 ヤクザだろうがバケモノだろうが教祖様のお力には誰も(かな)わねぇさ」


 心配する母をよそに満面の笑みで答える(あきら)。 母は彼が笑顔を向けているとは分かっていないはずである。


 「そうかい……? それでも最近お前、何かおかしいよ。


 何処かケガをしているようだし、夜はいつもうなされているじゃないか」


 母は息子がケガをしている事を知っていた。 明は目が見えない母を心配掛けさせたくないと、あばら骨の刺すような痛みを耐えながら母に接していたのだが、母は息子のやせ我慢などとっくにお見通しであった。

 そして、夜には「ゴメンなさい、ゴメンなさい」とひたすら譫言(うわごと)を繰り返す息子に対し“例の忌わしい事件”に関与しているのではないかと疑っていたのであった。


 「母ちゃん、俺を疑っているのかい? 大丈夫さぁ、俺はあの事件には関与していないし、教祖様も関与してない。

 

 あれは破門(はもん)になった信者達がやった事さぁ。 ”月の子”になれなくて逆恨みした信者がさぁ」


 幾ら世事に疎い母といえ、息子が所属していた宗教団体が身震いする凄惨な事件を起こしたという事くらいは知っていた。

 息子は『破門になった信者が腹いせの為にやった事だ』と教団に責任が無いかのような言動を繰り返していたが、世間では『教団が開き直って障害者蔑視を認める発言をした』と教団の指示で精神病院を襲撃したと認知されていた。

 もちろん、母も世間のウワサを聞いてはいたが、可愛い一人息子の主張の方を信用して世間のウワサ話など耳を貸さなかった。


 「それに俺はもう教団を脱会したのさぁ。 破門した信者がやった事なのに、これ以上()()()()にされるのは溜まったもんじゃねぇからさぁ」


 明は母にそう言うと、母の元へ歩み寄りそっと母を抱き寄せた。


 「だから、俺が狙われる事なんてねぇから安心しなぁ、母ちゃん」


 腹に巻いた包帯からズキズキと痛みが走る。 母は息子の優しい(ぬく)もりに身を(ゆだ)ね、愛しい息子を疑ってしまった事を恥じた。


 「そうだね……お前がそんな事する訳無いものね。 誰に対しても優しかった子だから。

 お前には申し訳ないけど、神光人(みかりびと)を脱退して良かったと思うよ。

 

 お前は“月の子”なんかにならなくて良いんだ。


 お前は私の自慢の息子。 私はお前がいるだけで幸せなんだよ」


 母の言葉に明の脇腹にさらなる痛みが走った。 そればかりか、針を突き刺されたように胸も痛くなり、明は思わず母の身体を両腕から離した。


 「か、母ちゃん……。 俺、明日仕事が早ぇから、今日はもう寝るわ」


 「そうかい? それじゃ、明日はお母さんも早く起きてお弁当作ってやらないとねぇ」


 母は明の言葉に目を閉じたままニコリと微笑(ほほえ)んだ。 明は母の微笑(びしょう)に顔を()らして「いや、弁当は会社が用意してくれるって言うから大丈夫さぁ」と後ろを振り向いた。


 「お休み、母ちゃん」


 明はそう言って二階の自室へ駆け上がった。



 ――



 明の父は中学生の時に病気で亡くなった。 母は先天的な病気の為、もともと目が不自由であった。

 そんな家庭環境もあって、明は高校卒業と同時に社会へ出て建設作業員として働いていた。

 明は決してカッコ良い二枚目では無かったが、真面目な中年であった。

 身の丈5尺程度の小男で、角刈りの四角い頭。 ゲジゲジ眉毛(まゆげ)に子犬のような大きな瞳。 団子鼻の下には無精(ぶしょう)ひげを蓄えており、丸太のような太い腕は熊と見間違う程の剛毛(ごうもう)が生えていた。 いつもニッカポッカを履いており、頭には(ねじ)ったタオルを巻いている。

 良く言えば職人気質である事を誇示した(いさぎよ)い格好であったが、悪く言えば『無頓着で場の空気を読まない男』であった。 


 そんな真面目な男が何故カルト教団の信者となったのか?


 ある日、明は駅前で布教活動をしていた神光人(みかりびと)の信者に声を掛けられた。

 仕事を終え、ヘトヘトになりながら自宅へ帰ろうとした明。 すると、明に向って子猫のような声を出す若い女性が近づいて来た。


 (うっ、うわぁ……可愛い子だなぁ……)


 明は女性を見て思わず唾を飲んだ。

 彼女はまるで太陽の光を浴びる花のように美しい女性であった。 小柄な肢体(したい)は花びらのように可憐で(なま)めかしく、明に向って秋波(しゅうは)を送るふしだらな瞳は甘い蜜の香りを放っていた。


 「わぁ、すごいです! 貴方は“光のエネルギー”に満ちています!」


 女性は明に近づくなり目を輝かせながら叫んだ。 そして、白く柔らかい手でゴツゴツした明の手を優しく握った。


 「はぇ!? ひ、光……?」


 明はもうこの時点で女に誘惑されていた。 不可解な女の言葉に返事をした瞬間、彼は淫靡(いんび)な蛇女から出る誘惑の蜜を()めてしまったのである。


 「はい♪ 美しい光ですわ♡」


 女は動揺する明の声に可愛らしく返事をすると、周りの人間が不審がるほど大げさに手を広げ、明に向って美辞麗句(びじれいく)を並べ立てた。


 「ああっ! なんて私は幸運なんでしょう! まさか、“月の子”へ回帰される救世主に出会えるなんて!


 その犬のような素直な瞳に立派な眉毛。 (たくま)しい身体に凜々(りり)しいご尊顔(そんがん)。 まさに私が夢見ていた救世主のお姿ですわ!」


 まるでオペラの演技でもしているかのように路上で舞い上がる若い女性信者。 そんな異常な彼女の言葉など一体誰が信じるだろう?

 理性のある男なら「アホか」と一言告げてその場を立ち去るに違いない。


 ……ところが、明は信じた。 女性信者の出す甘美な蜜に魅了され、すっかり理性を無くしてしまった。


 邪悪という生き物は、常に目をこらして人の心を探っている。 心の隙間、心の闇が無いかどうかを。 詐術(さじゅつ)(ろう)し、奸計(かんけい)(めぐ)らし、洗脳の陥穽(かんせい)に落とす為。

 女性信者は駅の改札から出て来た明を――()()()()()()()()()中年男を遠目からジッと観察していたのである。 まるで品定(しなさだ)めをするかのように。


 女性信者は中年男が足を止め、道行く若い女性にイヤらしい視線を向けていたことに気が付いた。

 中年男に視線を向けられた女性は不審そうな顔をして中年男を(にら)み付ける。 すると、中年男は慌てて女性から目を逸らし、恥ずかしそうに下を向いた。

 そのだらしない姿を目撃した女性信者は、中年男の心に(うごめ)く欲望を見透かしたのである。


 「フフフ……。 アイツ、イケそうね♪」


 彼女は醜悪(しゅうあく)な笑みを浮かべて舌なめずりをした。


 ――明はいつも夢を見ていた。


 『いつか俺も結婚して幸せになりたい』と。


 女性の前で緊張してしまう性格を直そうともせず、ただ漫然(まんぜん)と甘い結婚生活を夢想していた。 何の努力もせずに、空からフワフワと女の子が落ちて来て自分の両腕に抱かれる事を願っていた。


 そんな中、突然現れた理想の女性。


 その瞬間、彼の敗北は決定した。

 この老獪(ろうかい)な小娘は、夢想家の中年男が(あらが)える相手ではなかった。


 こうして、哀れな男は邪悪な蛇女に(から)め取られて神光人(みかりびと)の信者となったのである。


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