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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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妄想の終焉


 自らが殺めた魂達が怨霊(おんりょう)となって見守っている中、青葉久寿夫(くすお)優雅(ゆうが)な生活は終わりの時を迎えていた。

 

 全身包帯を巻いた大輔は青葉の立ち上がらせると、稲妻のような手刀で青葉の両耳を削ぎ落とす。 青葉が絶叫を上げる間もなく、今度は片目を(つぶ)し目玉を(えぐ)りだした。


 「……“月の子”は銀色の瞳を持っているはずだけど? こんな汚い瞳で何が“月の子”なんだ?」


 大輔は血の(したた)る目玉を(てのひら)で転がしながらそう言って首を(かし)げると、無慈悲に目玉を握りつぶした。


 「ギィィエェェ――!!」


 目玉をくり抜かれた青葉は気絶する程の激痛であったはずだ。 ところが、尚も大輔を攻撃しようと、上段蹴りの構えを見せた。


 (何故、“月の子”であるワタクシがこんなザコに!!)


 「蛇神様! このワタクシに力を!」


 (むち)のようにしならせた青葉の上段蹴(じょうだんげ)りが大輔の顔面を襲う。 ところが、大輔は防御する素振りすら見せない。


 『ドン、ドン!』と重い音が幾重(いくえ)にも鳴り響く。 青葉は必死に大輔の体中に蹴りの雨を浴びせるが、大輔は何かを探すようによそ見をしておりまるで効いていない。

 

 「ゼェ、ゼェ……。 


 こ、こんなハズ……はっ!?」


 渾身(こんしん)の力で大輔を蹴り続け、さすがに疲れたのか両膝(りょうひざ)を手に付いた青葉。 ようやく彼は足りない頭で“大事なこと”に気付いたようだ。


 (あ、悪霊だから……肉体が無い……?)


 もっと早く気付いていれば、彼は無駄な抵抗をせずに“破邪(はじゃ)の祈り”を捧げていただろう。 真片薬大寺(まひらやくだいじ)から授かった偉大なる祈りを。


 「――ハァッ――!」


 青葉は大輔の背中に気合いの一喝(いっかつ)を響かせた。 大輔は特に驚く風も無く『ゴソ、ゴソ』と散乱したキッチンを物色して何かを探しているようだ。

 二人の様子を見守っている少女達の怨念(おんねん)は、青葉の叫びに顔を見合わせ『クス、クス』と笑った。


 青葉は「フゥゥ」と気持ちを落ち着かせ、何処(どこか)かで聞いた事のあるお(きょう)を唱えだした。


 「乃至無老死(ないしむろうし) 亦無老死尽(やくむろうしじん) 無苦集滅道(むくしゅうめつどう) 無知亦無得(むちやくむとく) 以無所得故(いむしょとくこ)……。

 

 是大神呪(ぜだいしんしゅ) 是大明呪(ぜだいみょうしゅ) 是無上呪(ぜむじょうしゅ) 是無等等呪(ぜむとうどうしゅ) 能除一切苦(のうじょいっさいく) 真実不虚(しんじつふこ)!」


 まるで忍者のように両手を組み、人差し指を天へ立てて“印”を結ぶ青葉。

 青葉が大輔の背中に向かってお経を投げている間、大輔はようやく探していた物が見つかったようだ。


 「まったく、何でキッチンに“ナタ”とか“ノコギリ”しかないんだ……」


 (あき)れたように「ブツ、ブツ」文句を言いながら青葉の方へ振り返った大輔。 青葉は目を(つぶ)り必死になってお経を唱え続けている。


 「……お前の最期の手段は神頼みか? しかも“般若心経(はんにゃしんきょう)”だなんて……」


 大輔は包帯越しから呆れた声を青葉に打つけた。


 その手に果物ナイフを握りしめながら。



 ――



 「仏教は素晴らしい宗教だ。 お前らのようなカルト宗教がパクッて良いもんじゃない」


 神光人が唱えるお経の(ほとん)どは、仏教や密教などのお経の()()ぎに過ぎなかった。 当然御利益などあるはずも無く、むしろ“悪霊”にとっては心地良い子守歌(こもりうた)であった。

 

 『コロセ!』 『コイツヲ!』 『(ころ)シテ!』


 大輔の様子に興奮した少女達の亡霊が(はやし)し立てる。 大輔は果物ナイフを握りながらゆっくりと青葉へ近づいていった。

 

 大輔はどうしてもナイフで青葉の胸を(つらぬ)かなければならなかった。


 (……あの時、ベッドの下に隠れていたボクに笑顔を見せた女の子。

 苦しかったはずなのに、悔しかったはずなのに……。 胸にナイフが刺さっているのにボクにあんなに優しそうな笑顔を……。


 …………許せない。


 ボクは……ボク自身が許せない。 何故、あの時、勇気を出してあの子を助ける事が出来なかったんだ?


 父さんの為?


 ……いや、違う。


 結局ボクは怖かったんだ。


 結局、ボクは……自分が可愛かったから、女の子を助けることも……


 ……父さんを助ける事も出来なかったんだ)


 大輔は伊奈に生かされてからずっと後悔していた。 少女を救えなかった事を。 父を救えなかった事を。

 後悔が悲しみとなり、怒りと変わり、抑えきれない憎悪となって身を焦がした。



 『――アイツを同じ目に遭わせろ――!』



 心の中で燃え上がる“修羅の炎”。 全身を纏う憎悪の黒炎を消し去る為に「復讐を遂げろ」と叫び狂う。

 

 「キィェェェ! ハイ! ハイ!」


 夢中になって祈祷(きとう)を続ける青葉。 真片から授かった人間離れした力をもってしても悪霊を成敗できず、もはや神や仏に祈るしか手段は無かった。


 「……ハイ……?」


 だが、こんな鬼畜に神や仏が力を貸す訳が無かった。


 青葉の胸を無慈悲な果物ナイフが貫くと、彼は目を丸くして祈りを止めた。


 「ハイィィ? あ、あいで……」


 (私は救世主……。 “月の子”は宇宙の英雄……。


 そのワタクシが何故、こんな目に……)


 大輔が青葉に突き刺した果物ナイフは辛うじて心臓から外れていた。 しかし、胸骨を砕き折り肺に達した憎しみの刃は、まるで悪魔の血を浄化させるかのように青葉の口から(おびただ)しい血を吐き出させた。


 「――ゴボァァ――!」


 床に遭いつくばる青葉の手足に亡霊がしがみ付く。


 『シネッ! シネ! ジゴクヘ落チロ! 


 ワタシ達ト一緒ニ!』


 怨霊は切望する。 この腐れ果てた男の死を。


 『出るだけ残虐に、出来るだけ無慈悲に殺して欲しい』


 復讐の渇望(かつぼう)が実体となって、青葉の手足を縛り付けた。


 「ウガァァ――! 離せっ! このクズ共が!」


 ダラダラと血を流しながらも大声で喚き、暴れ狂う青葉。 真片によって忌わしい呪術を施された影響だろうか、常人ではあり得ない膂力(りょりょく)を発揮し『ズリ、ズリ』と床を這いずった。


 怨霊を背に乗せ必死に自宅から逃げようとする青葉。 そんな中、大輔はいつの間にかキッチンから姿を消していた。



 ――



 『(のろ)イコロス! 喰イコロス! オマエノ(たましい)ヲ……』


 (こ、このままでは死んでしまう……。 英雄が……救世主が何でこんなクズ共に……)


 腐敗した少女の霊達。 すでに半分白骨と化した姿の彼女達は男の魂を喰らい尽くし、現世に髪の毛一本すら残すことを許さない。

 だが、そんな峻烈(しゅんれつ)な恨みなど悪魔には蚊が刺したほどの痛痒(つうよう)しか感じなかった。


 青葉は妄想の英雄であった。 幻想の中の救世主であった。


 青葉にとって障害者は”(けが)れた人間”であった。 精神を病んだ少女などただの”(なぐさ)み者”にすぎなかった。


 「はぁ? 老人を(だま)す? いや、騙しているんじゃなくて救済してるんですよ。

 何の取り柄も無いジジイが凡人から神光人へ転生する為なら安いもんでしょ?」


 老人から高額なお布施(ふせ)をさせ「詐欺(さぎ)だ」と糾弾されても悪びれる事無く反論した。 全ての殺人や詐欺は“穢れた人間”が救世主へ転生する為の大切な儀式だと本気で思っていたのだ。


 『ズリ、ズリ』と廊下を這いつくばって玄関先に見える光に手を伸ばす青葉。

 

 『あの先には真片先生が待っている。 神光人(なかま)達が待っている。


 あぁ、あの出口にさえ辿(たど)り付けばワタクシは救われるのだ』


 胸に刺さった果物ナイフは柄の部分が折れていた。 しかし、恨みの籠もったナイフは冷たい金属で悪魔の血を吸い続ける。

 夥しい血を流しながらも“狂信”の力によって生きながらえ、自宅を脱出しようとする青葉。


 「ひ、光あれ!」


 ついに青葉は玄関を這い出て(まばゆ)い光を見た。


 「……あれ?」


 光の向こうには、全身包帯姿の悪霊『結城(ゆうき)大輔』が立ちはだかっていた。


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