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復讐は自分でやりなさい  作者: ティーケー
心の声

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怨霊の悲しい叫び


 青葉は床に両手を突くと、(ましら)のごとく両腕をバネにして飛び上がった。 どうやら大輔(だいすけ)に向って“ドロップキック”を浴びせようしているようだ。


 (……お前の攻撃なんてお見通しだ)


 まるでミサイルのように飛んでくる青葉の両足など、大輔にとって欠伸(あくび)が出るほど遅鈍な動きであった。

 さらに、青葉が自分に向けた両足は自分の頭を砕き割る為に繰り出した攻撃ではない事も分かっていた。


 (さそ)いに乗った大輔は空気を切り裂いて襲いかかる“ドロップキック”を難なく(かわ)す。

 『――ボッ――!』と空気を切り裂く音が大輔の左耳を(かす)める。 左の頬にかすり傷が付く様子から、青葉が繰り出した蹴りの威力が尋常ではないことが(うかが)えた。


 「ヒヒヒ! 引っかかったな――!」


 得意げな声を上げた青葉は大輔の顔を掠めた両足を瞬時に広げると、まるで鎌のように右膝を折って大輔の首に右足を(から)めた。

 大輔の首に絡まった足は『ギリ、ギリ』と首を締め付ける。 しかし、大輔は抵抗する素振りを見せず、真っ直ぐ前を向いたままだ。

 青葉は大輔の泰然とした様子に気が付かない。 鬼の形相(ぎょうそう)で大輔の首を右足でガッチリ締め付けると、そのまま身体を回転させて大輔を床に転がした。


 「首をへし折ってやる!」


 もともと青葉は大輔を床へ転がして関節を破壊しようと考えていた。 一見軽率に見えた青葉のドロップキックは寝技に持ち込もうとする為の(おとり)であったのだ。

 計画通り大輔を転倒させて右足で首を締め上げる青葉。 わずか一秒に満たぬ速さで右足の上に左足の乗せ、大輔に首十字固(くびじゅうじがた)めを極めて気勢を上げた。

 

 まるで蛇のように絡みついて離れない青葉の姿は、確かに“蛇神様”の加護を受けた醜悪な魔物そのものであった。

 

 「悪霊をこの聖なる力で浄化させてあげましょう!」


 醜悪な魔物は救世主を自称した。 真片薬大寺(まひらやくだいじ)の邪悪な呪術によって得た忌まわしい力。 確かに真片の呪術は恐ろしい力を秘めていた。 それは、伊奈が世界中の人間から大輔の記憶を消したにもかかわらず、青葉は大輔を覚えていた事からも(うかが)えた。

 しかし、常人を(はる)かに(しの)ぐ力におごり高ぶった救世主は、憎悪の鎖に縛られた本物の悪霊の恐ろしさに気付いていなかった。


 (くっ、くっ、くっ……首の骨が(きし)む音が聞こえて来ます……なんて、心地良い音♡)


 そもそも悪霊なのに何故肉体を纏っているのか? そんな疑問すら考えが及ばない愚か者はもう間もなく悪霊の首が砕け折れると確信し、あらん限りの力を両足に()めた。


 一方、大輔は首を締め上げられながら『どうやってこの男に復讐をしようか?』と思いをめぐらせていた。

 すると、ふと悲しげな少女の声が彼の耳を掠めた。

 

 『……タスケテ……』



 ――


 

 青葉が大輔と遭遇してまだ三十分も満たない間に、高級マンションの一室は見るも無惨(むざん)に破壊された。

 床は大きく陥没し、下の階の天井まで破壊する穴を開けた。 穴の下には(おび)えた様子で上を見る住民の姿が見える。 壁は稲妻のように亀裂が走り、天井からは『パラ、パラ』とコンクリートの粉が落ちて来る。

 ダイニングに置かれている大型の冷蔵庫も地震のような衝撃に耐えかねてひっくり返っていた。


 『タ……スケテ……』


 大輔は平然とした様子で首を締め上げられながら、ふと助けを呼ぶ声を聞いた。

 その声はひっくり返った冷蔵庫の方から聞こえて来ていた。


 『オ願イ……タスケテ……』


 冷蔵庫から聞こえるか細い声。 声に重なり『……シク、シク……』とすすり泣く少女の声。 


 『お父さん、お母さん……ゴメンナサイ』


 両親の愛を信頼せず、偽りの愛に走った後悔の念。 冷蔵庫から滴る血が嘆き、中から(のぞ)く悲しい肉塊(にっかい)が大輔に懇願する。


 『ドウカ……ワタシ達ヲ解放シテ……』


 大輔の脳裏(のうり)走馬灯(そうまとう)のように生前の少女達の記憶が流れ込んだ。 どこで道を誤ったのだろう? 両親の笑顔に包まれて幸福な暮らしをしていた少女達の記憶に、大輔は涙した。


 「……ボクが解放してあげる。


 君達を縛りつける憎悪から……」


 首を締め上げられながら(つぶや)いた大輔。 瞳が黒く(にご)り、包帯の隙間から漆黒(しっこく)(もや)(あふ)れ出ると、両足を絡めた青葉の身体を抱えたまま平然と立ち上がった。


 「キエェェエ!? そ、そんな――!?」

 

 『全力で首を締め上げていたはずが、まるでこの悪霊には効いてない。 真片先生によって”聖なる祝福(しゅくふく)”を浴びて正義の力を身につけたにもかかわらず、目に映る包帯だらけの悪霊は何事もなかったかのように立ち上がり、スタスタと歩いている』


 (そんな、馬鹿なっ!? 私は救世主『月の子』となったはず! 全ての悪を浄化するこの力が何故こんなチンケな悪霊ごときに……)


 「クッ、キィィィ! 離せっ、離さんか――!!」


 青葉はにわかに戦慄(せんりつ)した。 大輔から逃れようと足を解こうとしても、何故か身体が硬直して身動きが出来ない。


 (――何故、身体が動かない――!?)


 青葉は気付いていなかった。 包帯から湧き出る暗黒の波動と、瞳から放たれる峻烈な憎悪の眼差しに彼の本能が怯懦(きょうだ)し、身を竦ませていたことを。


 修羅(しゅら)(にら)まれた蛇はもはや逃げる事は出来なかった。


 青葉は恐るべき修羅に抱えられ、自らが犯した大罪の箱まで運ばれた。



 ――

 


 『――ボコン――!!』


 再び床にたたきつけられた青葉は血反吐(ちへど)を吐いた。 その()まわしい血がすぐそばの冷蔵庫に飛び散ると、冷蔵庫の中の肉塊がざわめきだした。


 『コノ男ニ復讐(ふくしゅう)ヲ……』


 「ヒッ――!?」


 青葉の周りには無慈悲に殺害した少女達の幻影が取り囲んでいる。 まるで鬼のような顔をした少女達は、(まぎ)れもない悪霊となって自分達を殺した目の前の男に憎悪の眼差(まなざ)しを向けている。

 

 「な、何だコイツらは!? 私を愚弄(ぐろう)するというのですか!?」


 「(けが)れた肉体から魂を解放し、神光人へ転生して差し上げようとしている私に復讐をしようとは何事ですか!」


 どんな残虐な悪行をしても『神の為』なら全て救済の善行となる。 目の前の人間を無慈悲に殺害する大罪すら、神に祈れば魔法のように(あがな)われる。


 ――そんな馬鹿な事などあるはず無い――


 青葉久寿夫(くすお)はいままで行なってきた犯罪の数々を『正義の執行』と放言した。 病院を放火し、入院していた患者、職員達を火炎放射で焼き殺した。

 人間の焼ける匂い、鉄のような血の匂いと内臓が腐る鼻を(つんざ)く臭気。 酸鼻(さんび)を極める光景に恍惚(こうこつ)の顔を浮かべていた悪魔には罪の意識など微塵(みじん)も無い。

 

 『全ては“魂の救済”の為。 障害者達の魂を穢れた肉体から救い出し、神光人へと転生させる為の崇高な儀式である』


 それは快楽に身を委ね、歓喜の叫び声を上げて遺体を陵辱(りょうじょく)する魔物の言い訳であった。


 洗脳は確かに悪魔だ。 虫も殺せない善人を信仰という洗脳によって悪人に変える。 洗脳を解かれた者は今までの信じて来た神が実は悪魔の化身(けしん)であった事を知り、愕然(がくぜん)とする。 全ての行いが取り返しの付かない罪である事を知り、苦悶と絶望に狂い叫ぶ。

 

 ところが、青葉は洗脳などされていなかった。 彼は生まれた時から悪魔であったから。

 中学生の頃に厳格だった両親を毒物で殺害し、少年院へ入った。 その時から始まった目を(おお)いたくなる全ての犯罪は自分の性欲を満たす為のものであった。


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