悪霊と対峙する悪魔
青葉はいつものようにSNSで少女を誘惑し、自宅へ招き入れようとしていた。 自殺願望のある少女は青葉の甘言に弄され、儚い優しさを求めて青葉の自宅へと向っていた。
『――ピロ、ピロ、ピロ――♪』
玄関から可愛らしいチャイムの音が聞こえると、青葉は心が躍った。
愛する教団が凡庸な市民によって糾弾されている事に怒りを募らせていた青葉は、玄関前に立っている獲物を供物として教団の発展を祈る残酷な儀式を執り行おうとしていたのである。
「こんにちは、お待ちしておりました!」
偽りの仮面に満面の笑みを浮かべて玄関扉を開け、少女を出迎えようとする青葉。
ところが玄関先に立つ者の姿を見ると、たちまち仮面に亀裂が走った。
「……だ、誰ですか? 貴方……」
目の前に立つ者は少女ではなかった。
――全身包帯を巻いた不気味な男――
包帯の隙間から覗く瞳は背筋が寒くなるほど黒く、冷たい瞳であった。
「……コンニチハ、オ待チシテオリマシタ」
青葉の言葉をオウム返しにする男。
男の声を聞いた青葉は痛みに顔を歪ませた。 まるで喉が潰れたように嗄れた少年の声……。 その声を聞いた途端、頭の中に針が刺さるかのように痛みが走ったのだ。
「ウッ!? な、な……?」
思わず両手で頭を抱え苦悶の表情を浮かべる青葉。 包帯姿の少年は青葉を一瞥すると、断りも無くヅカヅカと部屋の中へ入って行った。
「ちょっ――!?」
青葉が気付いた時には、少年はすでにリビングへ抜けるドアを開けて中へ入ろうとしていた。
その時、青葉は背中を覆うたゆんだ包帯から見える痛ましい火傷の跡を見て、思わず足を竦ませた。
「ま、まさか……」
(全身を包帯で巻いている理由が隙間から見える火傷の跡を隠す為……?
コイツはまさか……)
そう思うと、青葉は息を呑んだ。
(……恐らく私達が火を放った病院で死んだヤツに違いない)
猛火に焼かれた犠牲者が、平然と目の前に現れて真っ直ぐ歩けるはずもない。
そう……目の前にいる少年はすでに死んでいる。
つまり青葉は『病院で焼死した犠牲者が“悪霊”となって自分の目の前に現れた』と確信したのである。
青葉の恣意的な脳内がそう判断した瞬間、一転して彼の心に喜びが溢れてきた。
少年は背後で考えを巡らす青葉の事などまるで気に留める様子も無く、立派なダイニングテーブルのイスに腰掛けた。
すると、廊下へ続く扉から気味の悪い笑みを浮かべた青葉が現れた。
「ふっ、ふふふ……。 ようこそいらっしゃいました“悪霊”さん」
青葉は少年のいるダイニングテーブルへゆっくりと歩を進める。
そして、イスに座る少年と向かい合わせになった時、膝を曲げながら右足を上げると矢庭に奇声を放った。
「――アチャァ――!!」
青葉の奇声と同時に大きなテーブルが跳ね上がる。
青葉は向かいに座る少年の顔面目がけて、テーブルを前方へ蹴り飛ばした。
――
立派な木製テーブルを前蹴り一つで跳ね上げた青葉。 少年の顔面目がけて飛んで行くテーブルの動きに合わせ、発止と飛び上がる。
(テーブルに悪霊が巻き込まれた瞬間に壁の奥まで吹き飛ばす。 そして、間髪入れずに鉄槌を加え、浄化してあげましょう!)
青葉は少年に飛び上がりながら右拳に力を込めた。
ところが青葉の予想は見事に外れた。
『――バキバキバキ――!!』
少年の目の前に迫ったテーブルが、青葉の目の前で音を立てて粉々に破壊されたのだ!
「――ゴホッ、ゴホ――!?」
粉々になった木片と舞い散るホコリが青葉の視界を遮った。
すでに拳を振り上げていた青葉は、泡を食って拳を引こうしとした。 ところが、砕け散った木片の間から矢庭に『ニュッ』と“ミイラ男”の腕が飛び出し、青葉の拳を掴んだ。
「ひゃぃ!?」
奇妙な叫びを上げて狼狽する青葉。 包帯が巻かれた手にガッチリと腕を掴まれ空中で腕を解こうと藻掻いた刹那、青葉は床に叩きつけられた。
『――ボコン――!!』という衝撃音でフローリングの床が陥没すると、その衝撃でパラパラと天井と壁に亀裂が走った。
「グヘェ!」
口から鮮血を吐き出し混乱する青葉。 意識を失いかける程の凄まじい衝撃が背中に走る中、青葉の耳に信じられない言葉が聞こえて来た。
「……少し力を入れただけなのに……」
「ガハァ――! ……あ、悪霊……め……」
床に背中を叩きつけられ、呼吸もままならない青葉が呟く。
『あの忌々しい障害者達が収容されていた病院は、正義の炎で浄化したはず……。 だが、浄化が出来ずに悪しき魂を悪霊に変えた“穢れ”は、この世の救世主である“月の子”に向って醜悪な牙を剥いた』
「この私に向って……。
私を……。
私を誰だと思ってイル!」
青葉の混乱した瞳にたちまち瞋恚の炎が宿った。 妄想を怒りに変え、虚栄心を憎悪に変えた偽物の救世主。
怒髪天を衝いた偽りのメシアは陥没した床から瞬時に起き上がると、目の前で泰然とする“悪霊”に向って奇声を放った。
「キィィエェェ!!」
――
大輔は床に叩きつけた青葉が勢い良く飛び上がり、奇声を上げたことに少しばかり驚いた。
(コイツ……何か呪術でも使っているのか?)
底が抜けるほどの威力で床に叩きつけられても、存外効いている様子が無い青葉の態度。 目をひん剥いて狂ったように大輔に向って来る男に、大輔は常人には決して持ち得ない異常な力を感じていた。
奇声を上げて突進してくる青葉に対し、大輔は両手を突き出し防御の構えを見せる。
「――!? (あの構え……)」
すると、青葉は何かに気が付いたのか面食らった様子で突進を止めて後ろへ下がった。
「……フ、フフフ。 キサマ、もしかしてあの時のガキか……?」
青葉はキツネのようなイヤらしい目を細め、“あの時の光景”を思い出した。 火を放った病院の五階で“穢れた少女”を浄化したあの時の事を。
『不意に逆毛の少年が現れて相棒の小男を蹴り飛ばした時の少年の構え。 そして、青葉に殴りかかって来た時の的確な動き。 咄嗟に腕を取った青葉の頭に浴びせた強烈な蹴り』
(このガキ、武術を習っているな?)
あの時、青葉は大輔の様子を見てそう思っていた。 そして、今ここに佇む包帯姿の少年はあの時の少年と同じ構えをしている。
青葉は相棒の小男と病院を脱出した後、自分と対峙した少年が死んだ事をテレビのニュースで知った。 その報道が真実であるなら、ここにいる少年はあの時少年の忌まわしい亡霊――すなわち、悪霊である。
「フフフ……。 やっぱり君は悪霊でしたか」
青葉は自分の考えが間違っていなかった事を確信した。
(恐らく健常者だったガキは障害者と違って“穢れていない”為に浄化することが出来なかったのだろう。
だから、悪霊としてこの世に未練を残したまま私の前へ現れた……)
差別と偏見、妄想に満たされた青葉の脳内は、理解しがたい恣意的な結論を紡ぎ上げた。
「ウッ、ウッ……可哀想に……君は巻き込まれたんだね……」
青葉は突然泣き出した……。 大輔は嗚咽を漏らす青葉の様子に唖然として首を傾げている。
すると、青葉はまたしても自分勝手な妄想を展開させた。
『穢れた障害者の魂を浄化させるという正義の巻き添えに遭った不幸な少年。 悪霊となって救いを求める少年の魂を、聖なる光で浄化させる事こそ“月の子”の使命』
もはや常人では理解出来ない“メサイヤ・コンプレックス”の権化は、悲しみで震える口角を徐々に持ち上げると、憐憫の涙で濡らす顔を醜怪な笑みへと変えた。
「アハハハハ――!!
良いでしょう! “月の子”であるこの私が“不慮の事故”に巻き込まれたアナタの魂を浄化して差し上げましょう!」




