動揺を誘う蒼き炎
希海が学校へ行っている間、伊奈と細木、そして大輔は応接間で神光人教団本部を襲撃するまでのスケジュールを確認していた。
「本部を消滅させるのは二週間後よ」
伊奈は向かいのソファーに座る大輔と細木に告げた。 大輔は何も考えずに頷いたが、細木は首を傾げた。
「何で二週間後なんスか?」
細木の問いに伊奈は「猶予を与える為」と簡潔に答えた。
精神病院を襲撃し、多くの命を奪った神光人は世間の批判に対して居直った。 ところが、居直ったところで「障害者は排除するべきだ」という邪悪な主張を受け入れる者など殆どおらず、過激な言動を繰り返す教団に疑問を持つ信者も増えて来た。
その結果、事件から一ヶ月経過した現在では三割程の信者が脱会し、教団内で不協和音が広がっていた。
伊奈は言った。
「信者の間でも教団に対して不信感を持つ者もいるわ。 自分達が信じる神が“邪神”である事に気付き、良心の呵責に苛まれている者が。
彼等の為に二週間の猶予を与えるの。 教団を脱会するまでの猶予を。
もし、彼等が悔い改めて教団を脱会すれば、死は免れる。 たとえ教団が破壊されたとしても彼等はアタシを怨まない。 よしんば、怨んだ瞬間に彼等は死ぬでしょうけど」
類を見ない凄惨なテロ事件を起こした神光人。 その残虐非道な行いが“社会悪”である事は明白だ。
信者達が教団を脱会するなら、彼等は生きて罪を償えば良い。 だが、教団の所業を肯定する狂信者には同情の余地は無いと伊奈は主張したのである。
「成る程っスね♪ さすがお嬢様、慈悲深いお方です」
調子の良い言葉を吐く細木。 彼は伊奈の意見に賛同したようだ。
ところが伊奈は細木の賛辞に「フンッ」と冷淡な態度を返した。
「……お前、この間も言ったでしょう? アタシは人間の神でもなければ仏でも無い。 人間に慈悲なんて持たないの。
今回はアタシも教団に復讐をしなければ気が済まない。 教団の信者は皆殺しにするわ。 ただし、教団から離れた者は復讐の対象に入らない。 だって、アタシが復讐する対象は教団そのものなんだから。 もはや信者では無い者に復讐する必要は無いのよ。
単純な理由でしょ?」
「その通りッス!」
細木は伊奈の説明にニッコリと頷いた。 伊奈がどれだけ言い訳をしようが、すぐに教団を襲撃しようとしない彼女はやはり慈悲深い。 細木はそう思ったが、伊奈は伊奈なりに二週間の猶予を設ける理由があったのである。
――
『一週間ゴ 神光人本部ヲ 跡形モ無ク消滅サセル』
伊奈は信者に決断を迫るべく報道各社に犯行予告を出した。
たった一行の簡素な文面……。 一見すると単なる“怪文書”のように思える。 差出人不明のFAXで送られて来た事からマスコミは「どうせ、暇人のイタズラだろう」と一瞥し、紙クズとしてゴミ箱へ投げ捨てた。
だが、翌日マスコミ各社は大慌てでこの紙クズをゴミ箱から拾い出す事となった。
なんと、東京郊外に点在する複数の教団支部が“謎の現象”によって消滅したのだ。 それも、文字通り“跡形も無く”。
この摩訶不思議な事件に世間は騒然となった。
『昨夜未明、神光人教団支部の上空に突如として青白い火の玉が現れた。 火の玉はまるで狐火のようであり、人魂のようにも見えた。
蒼い火の玉は上空にその姿を露わにすると、フワフワと建物目がけて落下し始めた。
目撃者達は突然の出来事に騒然となった。 逃げる事も忘れ、スマホで「パシャ、パシャ」写真を撮り、“バズる写真”をこぞってSNSに掲載した。
人々は蒼い火の玉が教団支部へぶつかりそうになっても、何の警戒もせずに写真を撮り続けていた。 中心が白く輝く蒼い狐火は全く熱を感じる様子でもなかったので、建物にぶつかれば消滅するものだろうとタカを括っていたのである。
ところが、火の玉が「フワッ」と建物に衝突した瞬間、人々は一様に腰を抜かした。
教団支部に衝突した狐火は「ジュッ――!!」という恐ろしい音を発すると、建物をたちまち凄まじい火炎で覆い尽くしたのである。
「――ひゃぁぁ――!」
泡を食った人々の目の前で教団支部を飲み込んだ蒼い狐火。 地面に押し潰されるように敷地全体にのっぺりと広がると、幾重にもなる蒼い火柱を夜空に立ち上らせた。
「ば、爆発するぞ――!」
人々はさすがに狼狽し、スマホを放り投げて逃げようとした。 ところが、青白い炎の海は白い煙を立ち上らせてたちまち消え去った。
すると、呆然とする人々の目の前に信じられない光景が広がった。
「ひっ!? な、何だこれは――!?」
人々は目を疑った。 目の前の敷地には先ほどまで神光人の教団支部が建っていたはずだ。
ところが、目に映る光景はマグマのように熱せられた赤い土塊のみ。 全ての建物が消滅し、敷地内には何も残っていなかったのである』
マスコミは「神光人に恨みを持つ組織による同時多発テロ」だと断じ、学者は「プラズマが発生しただけだ」と世間に説いた。
「これは人間の仕業ではない! テロ事件を引き起こした神光人に対する“神の天罰”が下ったのだ!」
この不可解な事件によって、教団内部に衝撃が走った。
信者達は人知を超える“恐ろしい何か”の逆鱗に触れたと恐怖し、次々と脱会して行った。 教団幹部は「蛇神様がこの危機を救ってくださる」と信者を落ち着かせようとしたが、色めきだった信者達の脱会に歯止めを掛ける事が出来なかった。
教団は動揺を隠せなかった。 内部は混乱し、信者達同士で争いも起こった。
すると機を見るに敏、警察は教団の混乱を見逃さなかった。 一斉に各地の教団支部へ強制捜査に入ったのである。
多くの信者達が警察によってでっち上げられた容疑で逮捕され、拘留された。 教団はいよいよ追い詰められて来た。
一週間が過ぎた頃、本部に所属する信者は一万人に減少した。 とはいえ、化けの皮が剥がれたカルト教団に、本部だけでもまだ一万人も信者が存在するのだ。 あまりの多さに「これも人間の業の深さね」と伊奈は嘆いていた。
マスコミは「あの“怪文書”は一週間後に教祖『大日孁月姫尊』が警察に逮捕される事を示唆している」と予想し「教団崩壊の“Xデー”は近い」と噂した。 ところが、予想に反して一週間が過ぎても教祖が逮捕されるどころか、強制捜査は信者達の抵抗に遭って中断してしまった。
本部に在籍する呪術師『真片薬大寺』という老婆が、奇妙な呪術を用いて警察の強制捜査に抵抗したのだ。
まるで“梅干し”のような顔をした真片は一見すると意地悪そうな婆さんにしか見えない。 ところが、彼女の能力は人知を超えていた。
軍の銃撃を蝶のようにヒラリと躱し、警察の突撃を壁のように跳ね返す。 手の平から火炎を放ったと思ったら、悍ましい毒虫を口から吐き出すというトンデモない“妖怪ババア”であったのだ。
警察と軍はたった一人の老婆の抵抗により、強制捜査を中断せざるを得なくなったのである。




