カルトの本質
宗教法人『神光人』は周知の通り、選民思想、優生思想を盲信する邪悪なカルト教団である。 もともとは北米で活動をしていたカルト教団であったが、“ある事件”をきっかけに日本へ拠点を移して来た。
神光人は人種差別問題をエサに日本に居住するアム・セグラ人達に近づき、彼等を取り込んだ。 選民意識が強いアム・セグラ人は神光人が標榜する優生思想と極めて親和性が高い。 アム・セグラ人は瞬く間に神光人の信者となり、各地で信者数を増やして行った。
彼等は自分達の事を『人間へ転生した“月の子”の末裔』だと主張した。
『“蛇神様”を信じる者は“月の子”へ回帰し、宇宙を救済する神光人となる』
神光人の主張は中学生が夢想する自己顕示欲に満ちた英雄願望そのものであった。
ところが、こんな子供だましの妄言でも信じる者が後を絶たなかった。 アム・セグラ人のみならず日本人の信者数も爆発的に増加した。
彼等の勧誘手口は単純であった。
まず、荒唐無稽な神話を紡ぎ上げ、それを真しやかに吹聴した。 怠惰な人間にこの壮大な物語の主人公が自分であるかのような錯覚を抱かせ感情移入をさせると、心の中に眠る“光の戦士”と言う名の自尊心を呼び起こした。
「貴方様こそ、“月の子”の生まれ変わりです」
平凡な小市民はこの一言で“特別な人間”となる。 “光の戦士”へと目覚め、めでたく物語の主人公となるのだ。
自分の頭がめでたい事など気が付かない。 英雄となった彼等はもう他の“イッパン・ピープル”とは頭の出来が違うのだ。
実にくだらない洗脳手法だが、その手法こそカルト宗教の王道である。 古今東西脈々と受け継がれている古典的な悪の手口なのだ。
誰しも自分の運命が、特別なものだと期待する。 今にきっと誰も体験したことの無い素晴らしい未来が待っていると夢を見る。
しかし、現実は平凡で退屈なものである。
その現実に誰もが項垂れ、肩を落とす。 だが、その平凡な現実の中で気付くのである。
「自分は特別ではない」と。
平凡な人生を精一杯生き、自分なりの幸福を得ようと努力する。 そして、やがてその“小さな幸福”が自分にとって特別なものだったと知るのである。
一方で、現実を受け入れない者も少なからず存在する。
「こんなはずじゃない。 目が覚めれば自分は特別な人間になるのだ」と。
彼等は何の努力もせずに特別でありたいと願う。
彼等は常に机の前に座っている。 「いずれ幸福になるはずだ」と。
机に両肘を乗せ、両手で頬を押さえたまま夢を見る。 物語の主人公となる事を。
そんな堕落した者に醜悪なカルトは忍び寄る。
「何の努力もしなくても、すでに貴方は特別な人間なのです。
さあ、一緒に凡人の魂を救済して差し上げましょう♪」
ニンマリと微笑む悪魔が手招きすると、彼等は現実という机からフラフラと離れる。 まるで笛の音に誘われるネズミのように。
そして、目の前に渦巻く洗脳の闇へと消えて行くのである。
――
さて、そんな堕落した信者達を率いる神光人の教祖とはどんな人物なのだろうか?
教祖は殆ど表舞台には出て来なかった。 したがって、信者達でも幹部クラスの者でなければその姿を見た事が無かった。
『大日孁月姫尊』という不遜な名を名乗る教祖には“化身”とかいう理解しがたい存在がいた。 その化身と名乗る男が教祖の代行となって表舞台に顔を出していた。 男はギリシャ彫刻のような美しい肉体を持つ男前のアム・セグラ人であった。
このアム・セグラ人は日本人女性のみならず、世界中の女性を魅了にした。 お陰で女性信者が爆発的に増えると、下心を持った男達も次々と神光人の信者となった。
女がいる場所に男が群がる事は世の常である。 神光人は顔だけしか能が無い教祖代行のお陰で世界各国に支部まで出来る程の勢力となったのである。
このように世界各地に支部を構える神光人を、森中伊奈はどうやって壊滅させるというのであろうか?
伊奈は「“呪術”を用いて信者達を皆殺しにする」と細木に示唆した。 伊奈が使おうとしている呪術は、単純に言うと自身に向けられた憎悪を返す“呪い返し”である。
ただ、その呪い返しの効果が凶悪である。 伊奈に憎悪を返された者は例外なく死亡するのだ。
鬼になるのでは無い。 死亡するのである。
信者達に「教団本部を壊滅させた犯人は森中伊奈である」と特定させる必要は無い。 伊奈が教団本部を壊滅させたという事実があれば、信者達の憎悪は自然と伊奈へ向く。
そして、信者達の憎悪が伊奈へ向けられた瞬間、たちまち彼等の心臓は灰となり絶命するのである。
伊奈はこの残酷な呪術を“月の聖別”と呼んだ。
呪術を用いた聖なる者は、憎悪を向ける穢れた者を確実な死に至らしめる。 穢れた者が鬼となる前に。
教団本部を壊滅させられた事で憎悪を抱いた者達は、世界中の何処にいようとその憎悪を伊奈へ向ける。 そして、伊奈に憎悪を返されて死亡するのだ。
一方で教団本部が壊滅しても何の痛痒も感じない者はどうなるのか? もちろん、この恐ろしい呪いを免れる事が出来る。
神光人の信者達が全員洗脳されている訳では無い。 単に家族が入信しているから仕方無く入信していたり、欲望のはけ口として教団を利用したりする者も多数在籍している。
そういった者達は本部が灰燼となっても“どこ吹く風”である。 家族や親友、恋人が巻き込まれない限り、赤の他人である信者達が死んだところで本部を壊滅させた者を恨んだりはしない。 教団から身を引き通常の生活に戻るか、また新たな欲望のはけ口を探すだけである。
つまり、伊奈によって殺害される者は殆どが洗脳された信者達――狂信者達――なのだ。 伊奈の呪術は狂信者と一般信者を選別する手段としても都合の良い呪術なのである。
教団からしてみれば、本部が壊滅させられたのに恨みを抱かない信者など裏切り者に思えるだろう。 だが皮肉なことに、そんな不信心者だけが絶対的な死から逃れる事が出来るのである。




